607 騎士科の順位戦
魔術科の実技がおわると、同じ場所で騎士科の順位戦が始まる。
こちらは魔術科と違って生徒同士が直接ぶつかり合う。
参加するのは騎士科1年生150名の内、上位と認められた30名だ。
残りの120名は、C、D、Eのクラスに普段の実技成績から順位をつけられて割り振られるようだ。
ただし、Eクラスに配属される者たちに順位はつかない。
みんなまとめて「ひよこ」ということだね。
だいたい毎年、1年生は約50名、全体の3分の1の生徒が基礎を学ぶEクラスになるとのことだった。
今日の参加者は対戦によって1位から30位までキッチリと決まる。
1位から10位までがAクラス。
11位から30位までがBクラスとなるそうだ。
参加者には、獅子男のギザと、エルフ少女のサクナもいた。
2人は早くも睨み合っている。
ギザは意外にも静かだ。
がーはっはっは! 俺様最強!
とか叫ばないあたり、メイヴィスさんの教育が効いているようだ。
さすがだ。
さあ、30名による試合が始まった。
保護魔術のかかった木剣を使って、1対1で打ち合う。
それを15組が同時に行う。
それを、何度も繰り返すようだ。
なかなかに過酷だ。
ギザとサクナは睨み合っていたこともあって、いきなり最初の第1戦目からぶつかることになった。
「サクナーがんばれー! そんなデカいだけの気持ち悪いタテガミ男なんて、ギタギタにしちゃえー!」
アヤが叫ぶ。
観客はそれぞれに友人を応援している。
早くも盛り上がっていた。
ギザとサクナの一騎打ちは、サクナのフェイントから始まった。
サクナは、持ち前の素早さを生かしてギザを翻弄し、なんとか一本となる打撃を与えようとするけど――。
結局は、巨体を活かしたギザの圧迫に抗しきれず――。
無念の一本を頭部に受けてしまった。
「あー! サクナー!」
アヤが悲鳴を上げる。
「残念」
私は短くコメントした。
私が見る限り、サクナの剣の腕は、まだ未熟だ。
ただ、体のキレは素晴らしかった。
今後の訓練で、どんどん成長することだろう。
次回の順位戦に期待だ。
勝利したギザは観客席を見回して――。
あ。
メイヴィスさんがいた。
私と同じようにメイヴィスさんを見つけると――。
「姉御ー! やりましたぜー! きっちり勝って見せましたぜー! 俺の勇姿見て下さいましたよねー!」
剣を振り上げて、尻尾をぶんぶんさせる。
なんか、うん。
飼い犬みたいなアピールだ。
ギザに放置されて、サクナはすごすごと去っていった。
戦いはまだ続くのだ。
気を落とさず、次に向かってほしい。
結果――。
騎士科1年生の首席となったのは、ギザではなく、中央騎士団に所属する騎士の息子という生徒だった。
彼は冷静に全体を見て、弱い相手、強い相手、と、うまく緩急をつけて体力配分しつつ戦いを続けて――。
最後の一戦で難敵のギザと戦って――。
――ギザはその頃には、全力で戦い続けてヘロヘロだった。
お互いに体力全開なら、たぶん、ギザが勝っていた。
だけど、それを作戦で覆したのだ。
見事に彼は勝利した。
そして、大歓声の中、堂々、首席となった。
サクナは――。
ギザに負けてから調子を取り戻せず――。
最下位という結果になった。
普通に戦ってさえいれば、そんな結果にはならなかったと思うけど。
うーん。
すっかり落ち込んでしまっているね……。
アヤが力づけるため、駆けていったけど……。
なんとか気を取り直して、また頑張ってほしいものだ。
「さて、おわりましたね。クウちゃんはこれから用事はありますか?」
エカテリーナさんが聞いてきた。
「私は、工房に戻って店番かなー」
「それはちょうどよかった。私もご一緒してよろしいですか? またいろいろと見せて下さい」
「うん。いいよー。ちょうど新作のアクセサリーもあるし」
「それは楽しみです」
「別の友達も来るかもだけど、いい?」
「ええ。構いません。クウちゃんの友達であれば、ぜひ紹介して下さい」
というわけで、エカテリーナさんと帰った。
お店にはお客さんがいなかった。
お店のカウンターにはエミリーちゃんとフラウがいて、エミリーちゃんが魔道具の作り方を教わっていた。
魔道具の作り方は学院でも上辺は習うけど、具体的な部分は製作者達の秘技とされることが大半だ。
それをエミリーちゃんは、惜しげもなく教えられている。
しかも古代竜の長に。
ヒオリさんいわく、魔道具製作のプロでも垂涎ものの知識のようだ。
エミリーちゃんは将来、本気で大物になりそうだ。
私は一旦、奥の工房に入って、新作としてお店に出す予定のアクセサリーをあれやこれやと箱に入れた。
それを持ってきて、エカテリーナさんに見せてあげる。
エカテリーナさんは良い反応をしてくれる。
私としても、新作アクセサリーの売れ行きを予測する機会として、実に見せ甲斐のある楽しい一時となった。
「あーでも、悩みますわね……。すべて下さいと言いたいところですけど、さすがにそれは使いすぎですし……」
「あはは。今なら2割引きにはしてあげるよー」
「本当ですか? では、ええと……。どれにしましょう……」
なんて商談していると――。
カランカラン。
鈴が鳴って、ドアが開いた。
開いたドアの方を見て、エカテリーナさんは固まった。
「こんにちは、クウちゃん」
現れたのはメイヴィスさんだった。
うん。
はい。
エカテリーナさんがもっとも苦手とする先輩ですね、知っています。
「よっ! 師匠! 今日も元気そうだな。お、友達と一緒か?」
つづいて、ブレンダさん。
さらにはアリーシャお姉さまがお店に入ってきた。
「あら。でも、わたくしたちもご一緒させていただいて構いませんわよね。わたくしたちも友達ですし。それに――」
「クウちゃん! 来ましたー!」
お姉さまたちの脇を抜けてセラが走り込んできた。
と――。
セラは、いつものように私に抱きついて来ることなく――。
私の目の前で足を止めた。
そして、冷たい目で、テーブル席について商品を見ていたエカテリーナさんのことを見下ろす。
「あら。エカテリーナさんでしたよね。どうして貴女、わたくしのクウちゃんとこんなところで――。2人でいるのですか?」
「あの、セラ。ここ、こんなところじゃなくて私のお店だからね? エカテリーナさんは商品を見に来てくれたお客さんだからね? 何か変なことをしたらセラの方を追い出すからね?」
「そ、そんな! クウちゃーん! ……エカテリーナさん、貴女、クウちゃんに何を吹き込んだのですか!」
「なにも吹き込まれていないからね! セラは落ち着いてね!」
とにかくテーブルの椅子に座らせた。
ふう。
それで落ち着いてくれたようだ。
「すいません、わたくしとしたことが……つい……。エカテリーナさん、大変に失礼しました」
「い、いえ……。わわ、わ、私は気にしておりませんので……」
ほらもう。
エカテリーナさんがしどろもどろになっちゃった。
それを見てアリーシャお姉さまたちが笑う。
悪意のある笑いではない。
むしろ楽しい笑いではあるんだけど……。
エカテリーナさんは、ますます小さくなってしまった。
困ったものだ。
「クウはいつでも楽しそうでいいわね」
「はは。本当だね」
遅れて入ってきたアンジェとスオナが、まるで他人事のように言った。
まあ、でも。
賑わしいのは、確かに楽しいことだ。




