606 クウちゃんさまは見学者
7月2日になった。
今日は学院で、魔術科の実技試験と騎士科の順位戦が行われる。
魔術科と騎士科は、AからEの5段階にクラスが分かれていて、実力に合わせて所属が決まっていく。
私たち普通科には、そういうのはないので――。
今日はお休みだ。
のんびりしていてもいいけど、私は試験を見学するために学院に行く。
なんといっても、セラたちが出るしね。
応援せねば!
学院の中庭でアヤとエカテリーナさん、あと何人かのクラスの女の子と合流して試験会場に向かう。
試験会場は学年ごとに分かれている。
実技は、まずは魔術科から行われて、次に騎士科となる。
魔術科の実技は、生徒が順番に魔術を披露していくだけなので、そんなに時間はかからないようだ。
1年生の魔術実技には30名の参加者がいた。
魔術科の1年生は50名なので、すでに半分以上の生徒が魔力に覚醒して魔術を使えるということだ。
すごいね。
試験が始まる。
みんな、それぞれに頑張ってきた成果を披露していく。
大半の子は基本の攻撃魔術だ。
火の矢、石の矢、風の矢、水の矢。
水の魔力を持つ子の1人は、まだ未熟ながらも回復魔術を披露していた。
未熟とはいえ、回復魔術は世間での需要が高い。
大きな拍手が起きていた。
入試の時に注目されていたキザな男子生徒のナッシュくんも、もちろん試験には参加していた。
ナッシュくんは今回も大いに自信があるようだ。
「ふ。見てくれたまえ! この僕の、この3ヶ月間の成果を!」
ナッシュくんは入試の段階で、すでに複数の火の矢を発動させていた。
今回は何をやるのだろう。
楽しみだ。
前髪をかきあげてから両手でワンドを握り、丁寧にしっかりと、力強い口調で呪文を唱えていく。
最近、私が暴れすぎたせいで、私のまわりではすっかり無詠唱の下位扱いされている呪文の詠唱だけど――。
ヒオリさんまでもが、学院の授業も無詠唱を基本にしようかとか言い出しているくらいだけど――。
実際には、魔力とイメージの同調において呪文はかなり有効だ。
呪文とは、まさに枠組みだ。
融通を利かせ難いという欠点はあるけど――。
しっかりと詠唱する時間さえあれば、無詠唱よりも正確に強力に魔力を解き放つことができるのだ。
ナッシュくんが呪文の詠唱を完了した!
「ステイ! ファイヤーランス!」
おお。
燃え盛る火の槍が、ナッシュくんの頭上に現れた。
「シュート!」
そして、ワンドを前に突き出すと同時に槍が飛んで、見事、正面に置かれた的に直撃して的を破壊した!
うん。
素晴らしい。
確実に上達している!
大きな火の槍を出したのも大したものだけど、何より静止状態からの射出を制御させたのは立派だ。
ナッシュくんは現在、セラたちと共にAクラスだそうだけど、これは二学期もAクラスで決まりだろう。
ちなみに魔術科のクラスには定員数がない。
実力さえあれば、みんなAクラスになってもいいようだ。
次はセラの番だった。
さあ、果たして、セラはどんな魔法を見せてくれるのか。
セラは無詠唱だ。
手を胸の前に組んで、目を閉じて、集中する。
光属性――。
基本の攻撃魔法と言えば、ホーリーアロー。
みんなが放ってきたのと同系統のものもあるけど――。
セラは、攻撃魔法は使わない気もする――。
セラが目を開いた。
組んでいた手を、天に掲げる。
そして、叫んだ。
「フェアリーズ・ロンド!」
おお。
試験場に現れた無数の光が、まるで踊るように円を描いて舞い始めた。
「うわぁ」
思わずアヤが声をもらす。
「素晴らしいですよね……。何の魔術なんでしょうか……」
エカテリーナさんも他の子たちも、うっとりとしていた。
たしかに――。
幻想的で美しい光景だった。
魔法自体は、光の1レベル魔法「ライトボール」を複数生成すると共に分裂させて制御しているようだ。
無詠唱魔法はイメージ次第で応用自在なのが楽しいところだ。
難しいところでもあるけど。
やがて魔法がおわり、セラは一礼した。
拍手が起こる。
拍手がおわった後、先生の1人がセラにたずねた。
「セラフィーヌさん、今の魔術は一体、どのようなものなのですか?」
「はい。以前、わたくしのお友だちが、妖精さんと川で遊んでいて、その時の様子をイメージして作りました」
「そうなのですか……。それで、効果の方は……?」
「効果、ですか?」
セラが首を傾げる。
「ええ。回復、祝福――強化系でもなさそうでしたが……」
「ありません」
セラが笑顔で答えた。
「ないのですか?」
「はい。フェアリーズ・ロンドは楽しむ魔法なんです。強いて言うなら照明の代わりでしょうか」
「……なるほど。わかりました」
ふむ。
試験内容的には、見た目だけの魔法でも問題はないばすだ。
きちんと技量は示せた。
だけど気のせいか先生たちの態度は微妙だった。
やはり光の魔法だからこそ――聖女を彷彿させるような特別な効果を期待してしまっていたのだろうか。
見学していた男子生徒の1人が、「なーんだ、祝福じゃねーのか」なんてぼやいていたから――。
もしかしたら祝福がほしかったのかも知れないね……。
セラに学内で光の魔法を求めることは、禁止されているはずだし。
ともかくセラの実技はおわった。
次はアンジェ。
「ファイアーストーム!」
問答無用で放ったのは、入試の時と同じ火と風の混合魔法だった。
今回も力押しかな――。
と、思ったけど違った。
そこから見事にコントロールしてみせたのだ。
広がる炎の嵐を収束させ、まるで銛のように変化させてから――。
「やぁぁぁぁぁ!」
気合の声と共に射出して、まっすぐに的を突き破ったのだ。
素晴らしい!
ただアンジェは少し不満のようだ。
「ナッシュとかぶっちゃったわね」
「ふ。そうだね。Aクラス同士、気が合ったようだ」
まあ、でも。
それで評価が下がることはないだろう。
アンジェも見事だった。
さあ、そして、スオナの出番だ。
スオナは、入試では見事な水の龍を描いて、操ってみせた。
今回は何をやるのだろうか。
スオナが呪文を唱える。
すると足元に、水の魔力を帯びた円形の紋様が生まれた。
これは――。
魔法陣だ。
「ほお……。これは……。上手く作りましたね……。スオナくん、私が入っても問題はないかな?」
同じ水の魔力を有する先生が、近づいて、かなりの興味を示した。
「はい。ぜひお確かめ下さい」
「では――。おおおおお……」
魔法陣の中に入った先生が、恍惚の声を上げる。
どうやら回復系の魔法陣のようだ。
他の先生たちも、おそるおそるながら交代で中に入って、その効果が確かなことを実感している。
「ふむ。しっかりと安定した良い魔術だね。お見事。さすがだね」
先生たちの評価は上々のようだ。
「ありがとうございます」
スオナは頭を下げて、実技を終えた。
アンジェにセラ、それにナッシュくんたち魔術科の他の生徒も、スオナの魔法陣には感心していた。
魔法陣を展開するには高度な技量を必要とするようだ。
さすがはスオナ。
地味でも確実に実力を見せつけたわけだ。




