602 生徒会室にて
「失礼しまーす」
ノックしてドアを開けて生徒会室に入ると、中にはお兄さまがいた。
1人だけだった。
私に背を向けて、窓から学院の景色を見ている。
「早かったな、クウ」
振り返らずにお兄さまが言う。
「うちのクラスは撤収がスムーズにおわったので」
「そうか。他の連中はまだでな。遠からず来ると思うから適当な席に座って待っていてくれ」
言われた通り、適当な席に座った。
お兄さまは背中を向けたままだ。
「お兄さま、長年のお務めがおわって黄昏中ですか?」
「そんなところだ」
「へー。お兄さまにもそういう気持ちってあるんですねー」
「おまえは俺を何だと思っているのだ」
「いえ、はい……。事務的に流していくタイプかなぁと思っていたので」
私がそう言うと、お兄さまはしばらく黙っていたけど……。
「ふ。そうだな」
肩をすくめ、身を返すと、私の斜め前の席に座った。
「クウ、学院生として初の学院祭はどうだった?」
「楽しめましたよー。疲れましたけど。ユイナちゃんの件では、本当にご迷惑をおかけしてしまって申し訳ありませんでした」
「気にするな。聖女ユイリアとの交流は、帝国としては最大限に行っておきたいところなのだ。むしろ有り難かった」
「それならよかったです」
「しかし、ついに領土返還の調印式らしいな。東側では」
「それって、トリスティンと獣人軍の?」
「そうだが――。クウは、聞いていなかったのか?」
「はい。なんにも」
初耳だ。
もうそんなところまで話が進んでいるのか。
「クウに秘密にする意味はないし、聖女ユイリアは当然クウが知っている認識でいたのだろうな」
「この2日、ユイナちゃんとは色々ありすぎて、難しい話をのんびりしている時間もなかったですしねえ」
私は苦笑した。
何しろ嵐のような2日間だった。
「――いずれにせよ、上手くいくと良いな。獣人軍の将軍は、去年、うちのお茶会に来ていたナオ・ダ・リムなのだろう?」
「はい。そうです」
「まさか獣王家の者だったとはな。おまえからは謎の竜騎士と聞いていたが」
「あの時はしょうがなかったんですよー。勘弁してくださいよー」
「くくく。それはアレか。なんでもするから、というヤツか?」
「……お兄さまともあろう者が、なに俗なことを言ってるんですか。どこで覚えたんですか、それ」
「ははは。さあ、どこだったかな」
まったく。
「まあ、最初の頃のツーンとした感じよりはいいと思いますけど。あ、でも、なんでもはないですからねっ!」
「なんだ、ないのか?」
「ありませんっ! あるわけないですよねっ!」
「それは残念だ。あればひとつ、おまえには願いたいことがあったのだが」
「……なんですか?」
「なんだ、聞いてくれるのか?」
「気になるから聞いてみただけですー」
「俺に祝福をくれないか?」
「え? 祝福、ですか? ……それくらいならいいですけど。あれ、でも、前にあげませんでしたっけ?」
「今、あらためてほしいのだ」
「わかりました。いいですよ」
「感謝する」
「はい。じゃあ、地面に膝をついてもらえますか? 形もちゃんとするなら、頭からですよね」
たぶん。
言われるままお兄さまが膝をついた。
そうすると、私でも頭の上に手を置くことが出来る。
「じゃあ、行きますね――。
今まで生徒会長、お疲れ様でした。
これからもお兄さまの前途に光あらんことを。
――ブレス」
お兄さまの体が光に包まれたところで、がちゃりとドアが開いた。
現れたウェイスさんが私たちを見て、
「おっと失礼」
と、ドアを閉めた。
……どうしたんだよ、兄キ。
……そうですね。何か中であったのですか?
ブレンダさんとメイヴィスさんの声も聞こえる。
……いや、それはだな。カイストがクウとだな……。
……お兄様とクウちゃん?
お姉さまもいるようだ。
……なんだなんだ!?
……あら。青春の1ページですか?
……仕方ありませんわね。どこかで時間でも潰しましょうか。
妙な誤解をしているようだ……。
無言で立ち上がったお兄さまが、そのままドアを開けた。
「おまえたち、何をしている?」
「あら。お兄さまこそ、何かされていたようですけれど」
「何もしていない。さっさと入れ」
生徒会のみんながぞろぞろと部屋に入ってくる。
みんながニヤニヤと私を見る。
いや、うん。
祝福していただけなんですけれどね!
ウェイスさんも邪魔して済まなかったとか言わなくていいですからね!
とにかく誤解を解くと、みんなまで頭を下げて、どうか我々にも祝福して下さいとか言ってきた。
まあ、しましたけどね!
ともかくその後は、学院祭での事件の確認を行った。
平和におわったかに見えた学院祭だけど、実際には、生徒の手によって呪具が持ち込まれようとしていた。
帝都の呪具はまだ一掃できていないようだ。
現在、全力で、入手ルートの解明を行っているそうだ。
私の貸し出した魔道具が、呪具の発見に大いに役立ったらしい。
ヒオリさんとフラウと3人で研究して作ったものだ。
よかったよかった。
その他にも喧嘩等、いろいろあった。
賑やかな学院祭の裏側で生徒会の人たちは頑張っていたんだね。
警備用に貸し出していた魔道具は、すべて返してもらった。
効果の高い品もあるので、そのまま好きにしていいですよと言うには、ややリスクが高かったからだ。
悪意ある者の手に渡ると大変だし。
これらの魔道具については、陛下に献上する予定なので、また必要があれば国から貸し出してもらう予定だ。
そうした仕事の話がおわった後は、みんなで軽く打ち上げを行った。
私は部外者なのでお暇しようとしたけど――。
結局、引き止められて、そのまま楽しませてもらった。
最後の方――。
これで生徒会は引退となるお兄さまを中心とした5年生の人たちが握手を交わしていた場面は、とても印象に残った。
お兄さまはひとりひとりに礼を言って、これからもよろしく頼む、と、力強く言葉を続けていた。
みんな、うなずいていた。
ウェイスさんなんて泣いてしまっていた。
これでお別れって訳じゃないのにね。
なんにしても。
お兄さまは、いい生徒会長をしていたようだ。
本当に。
お疲れ様でした。




