598 スオナとガイドル
控室に戻ると、休む間もなく、ローゼントさんやお兄さま、お姉さまが先の戦いは何事かと駆けつけてきた。
ざっくり事情を説明して、お暇させてもらう。
私はまだ忙しいのだ。
まずは、スオナのところに行かないと。
それにしても……。
さすがに、アストラル・ルーラーと精霊の服なしで、本気武装のリトとゼノを相手にするのはキツかった。
剣だけで押しきれなかったとは、まだまだ私も未熟だ。
外に出ると、リトとゼノがやってきて、せっかくの戦いをあんな風におわらせるとは何事かと文句を言ってきたけど……。
私はまだ忙しいのだ。
また今度ね!
ということにしておいた。
スオナの姿は、すぐに見つけることができた。
セラとアンジェと一緒だった。
コロセウムから少し離れた練習場の脇で、私を待ってくれていた。
「やっほー」
挨拶を交わしてから本題に入る。
マンティス選手の奇襲に負けてしまったセラが、ものすごく愚痴りたいという顔をしていたけど……。
それは放課後でお願いした。
今はスオナだ。
「スオナ、大丈夫? ガイドルと話はできそう?」
「ああ。お願いするよ」
「魔法はいる?」
「……本音ではほしいけど、今回はやめておくよ。僕がちゃんと自分の口で話すべきだろうし」
「うん。わかった。ただ、何かあるといけないから私はそばにいるけど……」
本当は2人きりにするべきなんだろうけど。
さすがに、ね。
「しっかし、お相手のヒト、まさか優勝しちゃうとはねえ」
「ブレンディ先輩は瞬殺だったね」
私は笑った。
「そうね」
アンジェは肩をすくめた。
「あ。もしかして残念だった?」
「まさか。先輩には悪いけど、ホッとしちゃったわ」
「なら、健闘したで賞もなし?」
「健闘したっけ?」
「あはは」
していないか。
うん。
この後、人気のない裏庭の片隅、木陰のベンチを会談場所に決めて、一旦3人とはお別れした。
次はガイドルの姿を探す。
いた。
コロセウムの外で、友人たちに祝福されている。
意外なことに……。
っていうのは、失礼だけど……。
ガイドルにも、ちゃんと友人はいるようだ。
大儲けしたフリオが特に喜んでいた。
さらにはディレーナさんも来て、ガイドルの優勝を褒め称えていた。
私はしばらく待った。
やがてガイドルが、優勝の余韻を味わいたいという理由で、友人たちと別れて1人になった。
「やっほー。優勝おめでとう。すごかったねー」
そうして私は声をかけた。
「ああ。来てくれたか……。そうだな……。本当に運だけだが、何故か不思議なことに優勝できてしまった」
「まあ、たしかに幸運にも恵まれてはいたけど、頑張ってたよ」
「感謝する。それで――」
「うん。スオナなら、もう待っているよ」
「……そうか。……感謝する」
私はガイドルを、スオナの待つ場所に連れて行った。
スオナは裏庭の隅で――。
1人、背筋を伸ばしてベンチに座っていた。
腰にまで届いた艶やかな長い黒髪を背中に流して静かに佇むその姿は、まさに深窓のご令嬢だ。
本人の気質は学者肌で、穏やかには程遠い人生を過ごしてきて、橋の下にも住み着けるようなタイプだけど。
ガイドルが緊張した面持ちで近づく。
気づいたスオナがそちらを見る。
ただ視線は、ガイドルの顔ではなく足元だったけど――。
私は『透化』して、少し離れた場所で見守る。
2人とも私が見ていることは知っているけど――。
姿は見えない方が話しやすいだろう。
ガイドルは、スオナの1メートルほど手前で足を止めた。
ガイドルが立ち止まるのを見て、スオナがベンチから身を起こす。
2人は正面から、立って向き合った。
「今日は来てくれて感謝する」
ガイドルが頭を下げる。
「いえ――。それで、ご要件は――」
スオナは緊張していた。
ただ、震えてはいない。
「見てほしいのだ。俺の――。気持ちを――」
見る?
聞いてじゃなくて?
なんだろか。
自然体に立つガイドルが、そのままの姿勢で静かに目を閉じた。
精神集中しているのだろう。
やがて、ゆっくりとまぶたを開いて――。
こう言った――。
「笑いの心は自然の心。
笑えば大地の花開く」
え。
「――大地に咲く花に、貴女には、なってほしいと願います」
その言葉には、聞き覚えがあった。
私は知っている。
それは年末に――。
聖都で行われた「平和の英雄決定戦」で――。
フォーン大司教が披露した、伝説の――。
まさか――。
やるというのか――。
あの難易度SSSクラスの――。
芸の頂――。
あれを――。
今――。
この場所で――?
いや、まさか。
さすがにそんなわけが……。
でも、しかし……。
今の言葉は間違いなく……。
私は自分の言葉を思い出す。
そういえば私、以前にガイドルに言った……。
芸はどうかって。
平和の英雄決定戦を参考にして、アピールを考えてみては、と。
真に受けたのかぁぁぁぁぁ!
いや、うん!
真に受けたというか、それ自体はいいと思うんだけどぉぉぉぉ!
今ここでやるのかぁぁぁぁぁぁぁ!
私は戦慄して、ただ、その様子を見守った。
「大地の息吹よ。
水の息吹よ。
光の息吹よ――。
今、我が身に宿りて、その形を成さん」
ガイドルが直立の姿勢を取った。
足をそろえ、伸ばした腕を腰につけ――。
そこからゆっくりと、膝を左右に広げていく。
脚で「O」の字を作る形だ。
作ったところで、腰を屈めていく。
背筋は伸ばしたまま――。
そんな脚の動作と同時に、自然に伸ばした腕が左右から上がっていく。
ただ上がっていくだけではない。
まるでそれは、芽吹いた花のつぼみのようだった。
腕が上がりきったところで――。
肘の力を緩めて――。
頭に触れるか触れないかのところで、無理なく両手を合わせる。
それは正直、やや――。
いや、明らかにぎこちない動作だった。
調和していない。
だけど、懸命に言霊を練ろうとする意識は、十分に感じられた。
「――聖なる山。
――ティル・デナ」
その言葉と同時に、ガイドルの両膝が一気に深く落とされた。
あわせて、両腕が天を突いた。
指先はさらに鋭く。
まるで、空の彼方にまで届くかのように。
それこそが、フォーン大司教の至高の芸。
平和の英雄の必殺の技。
残念ながら――。
そのガイドルの姿からは――。
ザニデア山脈の最奥にそびえる聖なる山――。
ティル・デナの姿を見ることはできなかったけど――。
でも――。
スオナは小さく笑った。
「はは。……なんですか、それは」
と。




