58 ふわふわ美少女のなんでも工房、オープン
「30億円……だと……」
朝、トルティーヤを食べつつ、昨日、大宮殿でもらった金貨1万枚と聖星貨20枚を日本円に換算してみた。
結果、驚くべき金額が出た。
約30億円。
「……もうこれ、働く必要ないね。ふわふわし放題になってしまった」
とはいえ、ふわふわしていることはできない。
今日は朝一番で商業ギルドから皮と綿花が運ばれてくるのだ。
受け取りの準備をせねば。
最終的にはアイテム欄に入れるだけとはいえ、ちゃんとお店で保管しているという体裁は必要になる。
裏の倉庫に入れてもらう予定だけど、実はまだ倉庫の中を見ていない。
トルティーヤを食べたら部屋から出て、階段を降りて、工房のドアから庭に出て倉庫の扉を開けてみる。
倉庫はリビングくらいの広さがある。
中に荷物があったらアイテム欄に入れようと思ったけど、何もなかった。
これならオーケー。
庭は裏通りにも面しているので、裏から搬入してもらうことになるのかな。
そういえば行ったことがなかったので裏通りに出てみた。
裏通りも清潔で静かだった。
道も広い。
表通りで働く人たちの住まいがあるのだろうか。
アパートらしき建物が多い。
ともかく、準備完了。
あとは商業ギルドの人が来るのを待つだけだ。
今日も午後からは大宮殿で礼儀作法の勉強があるけど、午前中は家にいる。
とはいえ、ただギルドの人を待っていても仕方がない。
というわけで。
お店の前に立て看板を置いた。
看板には、ふわふわ浮かんだ私のシルエットと、
『ただいま営業中。いろいろ作ります。いろいろ売ります』
の文字。
そう。
ただいま営業中!
ついに。
「おーぷーんっ!」
わー。
ぱちぱちぱちぱち。
1人で拍手して開店を祝った。
いやあ、ここまで長かった。
苦節一ヶ月くらい?
本当に苦労している人に話したらぶん殴られそうな苦節だけど、私なりには苦労してここまで来た。
ちょこん、と、カウンター奥の椅子に座ってみる。
「いらっしゃいませーっ!」
明るく元気に挨拶の練習。
いいね。
さあ、誰かくるかなー?
来なかった。
それはそうだよね。
まだ朝だし、開店したばかりの小さなお店だし。
結局、お客さんが来るより先に商業ギルドの荷馬車が来て、裏に回ってくださいと言うより先にお店の前に次々と荷物を置かれた。
最後にサインして完了。
帰っていく荷馬車を見送って、まわりに見ている人がいないことを確認しつつすべてアイテム欄に収納。
予定とはちがったけど、逆に手間がなくて楽だった。
これで一段落。
お店に戻って、また私はぽけーっとした。
やることがない。
陛下たちのアクセサリーは、昨日の夜に作った。
綿花の生成でもするか。
裁縫の技能を使って、わたや糸に変えていく。
結局、昼を過ぎても誰も来なかった。
悲しい。
立て看板をしまって、『帰還』。
私は大宮殿に瞬間移動した。
「明日は休日ですし、きっと明日にはお客さんがきますよっ!」
授業の休憩時間にセラがなぐさめてくれた。
この世界は6日で1週。
そして、毎週末が休日となっている。
といってもお休みなのは学校や役場や事務所や工場だけで、小売店や食堂には関係のない話だけど。
実際、セラも、休日というのに私は働く前提だ。
まあ、いいけど。
前世の世界でもそうだった。
なんにしても人出が多いならチャンスだ。
「そうだね。明日、頑張るっ!」
「はいっ! 頑張ってください、クウちゃんっ! ……でも、クウちゃん、帳簿付けとかは大丈夫なんですか?」
「……う」
「もしかして……」
「だ、大丈夫っ! そんな計算するほど売れないよきっと!」
「商品はクウちゃんの自作ですよね? 最初は確かに売れないと思いますけど、評判が広まれば行列のできるお店になると思いますよ?」
「と言っても、商品ってこれだよ?」
私はアイテム欄から「私のぬいぐるみ」を取り出して、セラに渡した。
「わあっ! なんですかこれクウちゃんですか! 可愛いです!」
「うちの商品」
「わ、わたくしもほしいですっ! おいくらですか!?」
「いいよ。あげる」
「ありがとうございますっ!」
セラは本気で嬉しそうに、小さな私のぬいぐるみをぎゅっと胸に抱いた。
それから両手で大切そうにくるんで、まじまじと見つめる。
「本当にかわいいです」
「ありがとー。なんか照れるね」
「これは売れますよ、絶対。クウちゃんのことを知らなくても、こんなに可愛いぬいぐるみなんですから」
「えへへ。そうかなー。大ヒットになったりして?」
「なりますなりますっ! わたくし、100個ほしいですっ!」
「そ、それは在庫が……」
「自重しますけどね。ほしい気持ちです」
「まだ他にもいろいろあるから、今度、持ってくるね」
他はすべてお店に並べたので、アイテム欄にも在庫がない。
「ありがとうございます。わたくしがお店に行ければいいんですけど、連日ではお父さまが許可をくれなくて」
「あはは。それはしょうがないよ」
セラはまだ11歳――なのは私も同じだけど、皇女様で聖女候補だしね。
「はい……。早くわたくしも学院に入学して、お姉さまみたいに自由に町を歩けるようになりたいです」
お姉さまことアリーシャ様は、学院の友達と一緒に繁華街を歩いては面白いものを見つけて、セラにお土産として買ってきてくれるのだそうだ。
皇女様なのに好きにやっているのね。
「正直、意外だなぁ……。私、お姉さまは、庶民の前になんて出てこない、完全なる貴族令嬢なイメージだったよ」
「浴場でクウちゃんのことをあんなに熱心に洗っていたのにですか?」
セラに笑いながら言われた。
「た、確かに」
そういえば外見とは逆にお茶目な人だった。
この日は、最後にセラに、陛下とナルタスくんとお兄さまの分のミスリルアクセサリーを渡して家に帰った。
ちなみにアクセサリーを受け取ったセラからは、特別なアイテムは大丈夫なのですかと心配そうに聞かれた。
忘れていたけど、ミスリルの生成には特別なアイテムが必要で、だから手軽にやれるものではないという設定があったのだった。
うん。
さすがは私の小鳥さんブレイン。
すっかり早くも忘れていた。
まあ、いいけど。
小さなミスは気にせずに楽しくやっていこう。
私はお腹が空いたのだ。
夕食は『陽気な白猫亭』で取った。
今夜も食堂は賑わしかった。
料理を持ってきてくれたメアリーさんに、お休みのことを聞いてみた。
メアリーさんは、休憩なんて自由に取ってるよーと笑った。
なるほど休日はなしなのか。
メアリーさんが買っていった私のぬいぐるみは、ガラスケースに入れてカウンターの上に置かれていた。
女性客を中心に好評らしい。
人間型のぬいぐるみは珍しいのだそうだ。
ぬいぐるみといえばクマが定番というか、クマばかりとのことだった。
そして次の日。
休日だ。
早起きして身支度して、お店の外に立て看板を出す。
私はカウンター奥の椅子に座った。
お客さん、来るかなぁ。
時計を見れば朝7時。
いくらなんでも気が早すぎた。
昨日の続きで、わたと糸を地道に作っていこう。
と思ったらカーディさん――おとなりの高級ブティックのオーナーで女性口調の中性的な紳士さんが来た。
ドレスの調整がしたいとのことだった。
バルターさんに急ぎで仕上げるように命じられているそうで、午前9時にカーディさんのお店に行くことになった。
あと、私とウサギとキツネのぬいぐるみを買ってくれた。
まいどっ!
私のぬいぐるみ、よく売れるね。
本当に人気商品になったらどうしよう。
恥ずかしい気もする。
時間になるまでは綿花と皮をひたすらに生成して、わたや糸や革に変えた。
9時からはドレスの調整。
何人もの針子さんが待ち構えていた。
ようやくお店に戻ったのは昼に近い時間だった。
今日は大宮殿に行く予定もない。
夕方までお店だ。
誰も来ないお店で、ぽけーっと店番を続けた。
朝から頑張ったせいか力が抜けていて、生成をする気もおきない。
眠い。
額がカウンターにくっつきかける。
でも我慢だ。
眠気と戦っているとドアが開いた。
3人の女の子が現れた。




