578 夕食会
夜は、大宮殿でのお食事会だ。
着席するのは、陛下を始めとした帝室ご一家と――。
私、ユイ、白耳獣人幼女姿のリト。
ローゼントさんとメイヴィスさん。
ローゼントさんは皇妃様の父親で、城郭都市アーレを治める公爵様だ。
明日の武闘会を見学するため、帝都に来ていた。
メイヴィスさんは、セラたちと同じくローゼントさんの孫娘。
バルターさんはいつものように壁際に控えていた。
公爵様なんだから一緒に食べればいいのに、と、思わなくはないけど、バルターさんは常に執事ポジションだ。
出てくる料理は、相変わらず豪華だった。
味も良い。
最初の前菜から絶品だ。
「クウちゃん達は、今年も夏は旅行に出るのかね?」
ローゼントさんが聞いてきた。
「はい。その予定です。7月15日から25日までの10日、今年は南の島を目指してみようかと」
夏季休暇は、7月10日から9月10日まで。
前半を使って行く予定だ。
「ではまた、アーレには寄ってもらえるのかな?」
「もしよければ」
「ぜひに来てくれてたまえ! 今年も都市を挙げて歓迎しよう!」
じゃあ、今年はまずアーレで一泊かな。
「……はぁ。いいですね。どうせ私は誘ってもらえないのですよね」
メイヴィスさんがぼやいた。
「先輩が一緒ではみんなも羽を伸ばせないので、今回は人間さんについては同い年までにさせて下さい」
申し訳ないけど、ここはちゃんと断っておいた。
「なら私はいいのかなっ!?」
ユイが目をキラキラさせて聞いてくる。
「来たいの? 来たいなら歓迎するけど」
ユイは同い年だしね。
「ユイはとっくに、夏の予定なんてギッシリなのです。言うなれば、今日と明日が夏休みなのです」
リトが言う。
「……うん。知ってたぁ。だよねえ。私、悲しいね。せめて成人してから聖女様になればよかったね」
ユイががっくりとうなだれる。
どうやら、ユイも言ってみただけのようだ。
「あはは」
なんとも言い様がないので、とりあえず私は笑った。
ちなみに今、参加が決まっているのは――。
私、セラ、エミリーちゃん、アンジェ、ヒオリさん、フラウ、ゼノ。
という去年のメンバーと。
あとは、マリエにスオナ。
帝都で仲良くなって秘密を共有できている同い年の子2人だ。
あ。
マリエについては、まだ打診もしていなかった。
勝手に決めただけなので、明日、聞いてみよう。
「……はぁ。私は歓迎してもらえないのですね」
メイヴィスさんがまたぼやいた。
「そんなことはないですけどぉ」
「大丈夫ですわよ、クウちゃん。メイはわかっていて拗ねて、あわよくば訓練の時間を作ってもらおうとしているだけです」
お姉さまが澄まし顔で言う。
「というわけでクウちゃん。1日だけでいいので、私達とも楽しい夏の思い出を作りましょう」
メイヴィスさんが開き直ってきた!
でも、まあ、いいか。
なんだかんだ、お姉さまやメイヴィスさんとも縁はあるのだ。
「じゃあ、夏休みの初日にやりますか。7月の10日とかはどうですか? 納涼ダンジョン激闘ツアー」
「ぜひお願いします」
「ふむ。それは俺が参加しても?」
お兄さまが聞いてくる。
「はい。年上組ってことでオーケーじゃないでしょうか」
「ではクウちゃん。私とブレンダ、カイスト様とウェイス、アリーシャが参加するのは確定として、あと何人までならいいのかしら?」
「合計12人まででお願いします。2パーティーまでなら、私とゼノで見ていることができるので」
「それなら――。いえ、失礼しました。人選については、カイスト様にお任せするべきですね。帝国の未来に繋がる選択ですし」
「そんな大げさな」
私は笑った。
すると陛下も笑って、
「はははっ! 何を言うのかな、クウ君。君の指導と強化指輪のお陰で、中央騎士団と魔術師団のレベルは明らかに上がったのだ。こちらもまた、1日か2日、お願いしたいくらいだぞ」
「いいですよ、ついでだし。お兄さまたちの次の日でいいですか?」
「ぜひお願いしよう」
「ただし、大人は有料ですよ」
「承知している。十分な報酬は約束しよう」
話が決まると、今度はローゼントさんが身を乗り出してきた。
「クウちゃん! いや、クウちゃんさま! ぜひとも、我が黒騎士にも指導をお願いしたい!」
「んー。旅の途中にはやりたくないなぁ」
「帝都に黒騎士を派遣します! ぜひともお願いします!」
「陛下がよければ、一緒にやりますけど……」
「陛下っ!」
「……まあ、よかろう」
ローゼントさんに迫られて、陛下が苦笑いしつつもうなずく。
私の指導と言っても、強化魔法をかけて打ちのめすだけなんだけどね。
とはいえ、私の強化魔法を直に受ければ、アイテムを使うよりも強く魔力浸透のコツはつかむことができる。
魔力のこもった強打を加えることで、さらに理解は進む。
強くなれるかという意味では、うん、我ながら、私の特訓を受ければ強くなれることは確実だ。
でも、あまり人数が多いと効果は低くなる。
なにしろ全員に構っていられない。
相談の結果、今回については、中央騎士が30名、黒騎士が10名参加ということで決まった。
決まったところで皇妃様がため息交じりに言った。
「お父様もハイセルも、あまりクウちゃんに負担をかけさせないでくださいね。クウちゃんはまだ学生なのですよ」
「わかっている、アイネーシア。今回だけだ」
「うむ。今回だけだっ!」
陛下とローゼントさんは腕組みしてうなずくけど……。
うん、怪しいものだね!
どうせまた、なんやかんやと理由をつけて、特訓をねだることだろう!
まあ、いいけどね。
私も帝国には便宜を図りまくってもらっている。
少しくらいは返すつもりがあるのだ。
それに、聖国の『ホーリー・シールド』と王国の『ローズ・レイピア』とのパワーバランスもある。
この2つは、ハッキリ言って超人集団と化した。
光の大精霊と5名の古代竜が全力で鍛えたのだ。
それと比べると、現状、帝国にはそこまでの集団が存在していない。
あまり良いことではないだろう。
結局、セラのことはまるで話さず、食事はおわってしまった。
お茶を飲みつつ、話すことにする。
食事の間、セラは静かだった。
どうしたのかと思えば、セラはこう言った。
「クウちゃん……。わたくし、夏の旅はやめておこうかと思っていて……」
「え?」
私は衝撃を受けた。
だって、うん。
セラのいない夏の旅なんて炭酸の抜けたコーラだ。
「だって学ぶのであれば、真剣にならないといけませんし。お気楽にふわふわ遊ぶなんて失礼ですよね……」
「そんなことはないよー! ねえ、ユイ!」
「え、私? なに?」
「ほら、ユイからも言ってやって! 真剣に学ぶからこそ、その前に力を抜いておくことが必要だって!」
「え、そうなの? でも私……。ずっと仕事だったよ? 遊びの旅なんて生まれてから一度もしたことないんだけど……」
「だからこそでしょー!」
「まあ、うん。そうだねえ……。ねえ、セラちゃん。気持ちはわかるけど、今のこの私の惨状をよく見てね? ずーっと仕事だよ? 聖女になっちゃうと、みんなに頼りにされて、大変だよ? 断言できるけど、学生の内には、遊べる時に遊んでおいたほうがいいよ。楽しい思い出は、これから先に辛いことがあった時、きっと心の支えになるから」
しみじみと語るユイの言葉には、さすがの説得力があった。
ちなみにユイにも思い出はある。
辛い時には、前世の思い出を頼りに頑張ったそうだ。
まあ、うん。
去年の今頃、ユイはぽっきりと折れて、竜の里でカメ2号になっていたけど。
「わかりました……。では、力を抜いて来ます」
セラはうなずいてくれた。
よかった!
まあ、ユイは、また何かあれば遊びに誘おう!
この後は真面目な話だった。
セラは、8月の1日から末日まで。
一ヶ月の間、ユイの元で修行をすることが決まった。
その期間、ユイは聖国の各地を回って地方の人々を癒やすことになっていた。
旅と言えば旅だけど、遊びではない。
本当に大変だ。
セラは助手として治療を手伝う。
手伝いつつ、実地で医療を学んでいくことになる。
あとセラは正式に、ユイの弟子となる。
ユイの指導を受けて一人前の聖女を目指していることは、帝国でも正式に告知を出すこととなった。
まあ、一ヶ月だけなんだけどね。
ただ、今後も時間があれば、機会は作っていくことになりそうだけど。
セラが転移魔法を覚えればユイの家にはすぐに行けるしね。
そして陛下も正式に、ユイに感謝をするそうだ。
父親としてなら普通だろうけど……。
皇帝としては、すごいことなんだろうと思う。
その他、金銭的なことや、国家間での約束は、なにもなしとなった。
陛下からは、聖女の知識を得る引き換えとして、多額の献金や、関税の軽減などが提案されたけど……。
それについては、ユイが固辞した。
マリエといい、私の友達はみんな立派だねえ……。
私なら貰えるものは貰っちゃうけど……。




