576 文化祭初日の放課後
「みんな、作戦会議だ」
バン、と、教卓を叩いてレオが言った。
放課後。
着替えも終わって、先生の話も済んで帰るところだった。
「もう疲れたからいいよー」
私は今日、本気で大変だったのだ。
うさぎコスプレで肉を焼いて、お兄さまとユイの間を往復して、ユイたちの謝罪を見届けて。
しかも今夜は大宮殿に行かないといけないのだ。
早く家に帰って少し寝たいのだ。
「今日、俺達は頑張った。なんとか目標の個数は売り切った」
「なら問題ないでしょー」
「いいや、ある。クロードたちの1クラスは、余裕で完売御礼だった。客からの評判も良さそうだった」
「そりゃ、まあ、お嬢様がメイド服を着て笑顔で接してくれれば、少しは気持ちよくなるってもんだと思うよー」
クレープも美味しかったし。
「……俺達は、その点、うまく行かなかった」
「そりゃあ、まあ、マッスルポーズしてるだけだったしねえ。ぶっちゃけ、もっと遠くでやってくれてもよかったよね。お客さん、遠巻きにして逃げていく人もそれなりにいたよね」
「早く言えよ!」
「言ったら怒るじゃん」
絶対に。
「安心しろ。とっくに俺は激おこだ。いいから会議だ!」
「はぁ。もう。めんどくさいなぁ」
放っておいて帰ろうかと思ったけど……。
みんな、レオに付き合うようだ。
エカテリーナさんもアヤもラハ君も、大人しく席に着いている。
私だけ帰るというわけにもいかない。
「ていうか、問題解決は簡単でしょー。うさぎチームが前に出て、マッスルチームはバーガー作りなよー」
「馬鹿野郎! それだと店のコンセプトに反するだろうが!」
「さいですか」
もう好きにしてほしいね。
「問題とするのは、いかにマッスルチームが客にウケるかだ。さあ、みんな、どんどんアイデアを出してくれ」
マッスルチームって適当に言っただけだけど、名前はそれでいいようだ。
最初、教室は静かだったけど……。
このままでは帰れないことを悟ったみんなが……。
ぽつりぽつりと意見を言い始めた。
最も多かった意見は、マッスルチームは校内にばらけて、普通にちらしを配って回るというものだった。
が、それはレオに却下された。
レオは、あくまでも屋台の前でパフォーマンスしたいようだ。
「誰か何かないか。もっと奇抜で、もっと目立つことは」
と、言われてもねえ……。
あ、そうだ。
「ならさー、いっそバーガーの方をマッスルに寄せてみる?」
「どういうことだ?」
「ほら、今日ってさ、普通にバーガーを作って売ったでしょ。そこをさ、肉を3枚重ねとか5枚重ねにして、でーん、と、山みたいなバーガーにするの。名前はそのままマッスルバーガー! どう?」
「それって、女性とか子供の客が食えねーだろ……」
「そこは肉の枚数を指定できるようにすればいいでしょ。普通でいい人はパティ1枚でいいわけだし」
「なるほど……。いいかもだな……」
「でもそれだと、パティの数がぜんぜん足りなくなるよね?」
アヤが心配して言った。
「たしかに、それはそうか」
言われてみれば。
バーガーひとつに肉5枚とか重ねられたら、あっという間に肉だけ完売だ。
ただ、男子たちには好評だった。
今から追加で焼けばいいんじゃないのか、ということになった。
幸いにも私たち5クラスには、ラハ君の実家、シャルレーン商会がついているので肉は入手できる。
今夜、頑張るか、という雰囲気になってきた。
「悪いけど私は無理だよ。今夜は用事があるんだよー」
「はぁ? 何いってんだ、クウ。おまえ、肉係だろうがよ! そんな用事はキャンセルしろ、キャンセル!」
「無理だってー。大宮殿の夕食会に招待されてるのー」
「はぁ!? なんだそりゃ!」
「言っとくけど本当だからね」
「申し訳ないのですが、私も無理ですよ。門限がありますので。ただ予算はまだありますから、レオたちがやるというのであればお任せしますわ」
エカテリーナさんがそう言うと他の女の子たちも同意する。
「レオ君、ここは俺とラハとでやろう。ラハ、時間は大丈夫か?」
私と同じ肉係のダリオが、メガネをくいっと持ち上げて名乗りを上げた。
「うん。僕はいいよ。ただ、さすがに2人だと時間がかかるから、あと何人か来てくれるとありがたいけど……」
「それなら俺が行く。任せろ」
すぐにレオが参加を表明し、レオの取り巻きというか仲の良い男子たちも一緒に行くことになった。
「よし、行くぞ!」
レオが先頭になって、早速、出て行った。
私たちはそれを、なんとなくポカンとして見送る。
「元気だねえ」
と、アヤがつぶやいた。
「だねえ」
私は同意して、ふと思う。
「というか、アレだね。私が提案したけど、肉肉バーガーって最初に男子が提案していたことだね、考えてみると」
「あー、そう言えばそうだねー」
「私の失敗だったかなー」
「それは仕方ありません。ハッピーラビットという店名からして、かわいい系のお店を最初は想像していましたし。普通なら、うさぎの衣装を着た私たちが接客するところでしたよね」
エカテリーナさんが肩をすくめる。
「だねえ」
確かに私も、『ハッピーラビット』のコンセプトがダンディ&マッスルになるとは予想していなかった。
完全にかわいい系のお店になると思っていた。
「今回は私も、いつの間にかレオに主導権を奪われてしまって……。正直なところを言えば不覚でした」
「まあ、ダンディラビットは不意打ちだったよねえ」
「まったくです。あれにはやられました」
「あはは」
私が笑うと、エカテリーナさんも笑った。
まあ、うん。
なってしまったものは仕方がない。
あとはレオたちの健闘を祈ろう。
「ところでクウちゃん」
「ん? どうしたのエカテリーナさん、真顔になって」
「先程の話ですが、今夜、大宮殿の晩餐会に招待されているというのは一体」
「晩餐会ってほど大げさなものじゃないんだけどね。ほら今、聖女様がお忍びで来ているでしょ」
「え。そうなんですかっ!?」
しまった。
つい口がすべった。
「秘密なんだけどね。言わないでね? その関係で、私も顔を出した方がいいってことになって」
「クウちゃんは聖女様と親しいのですか?」
「あ、えっと……。それはね……」
どう説明したものか。
私が苦笑いしていると他の女の子たちが寄ってきた。
みんな、興味津々だった。
私は迷いつつも、ほんの少しだけ知り合いだということを話した。
その後は質問攻めだった。
秘密にするからっ! 秘密にするからっ! と、聖女様とソード様のことをあれやこれやと聞かれて……。
私は困り果てた。
結局、学院を出るのは遅くなった。




