573 閑話・マリエの学院祭2
「それで、どうして全員で荷物を運んでいる? そこまで重いものならば荷車を使うか従者に運ばせればよかろう」
カイスト様がもっともなことを言います。
返事をするのは、ディレーナ様ですよね。
私ではないはずです。
私、マリエはいつもの通り、周囲に同化して気配を消します……。
「ん? おまえはハロ家のマリエか?」
「は、はい……。ご無沙汰しております……」
「それで、一体何があった?」
駄目でした……。
指名されました……。
「実は――」
聞かれれば、答えないわけにはいきません。
私は、最大限に悪口にならないように気をつけつつ経緯を話しました。
「なるほど、な。運んでいるのはディレーナの気遣いか」
カイスト様は納得してくれます。
お。
これってもしかして、好感度アップのチャンスかも知れません。
私はすかさずヨイショ特訓の成果を発揮します。
「そうなんですっ! ディレーナ様はお優しくて思いやりがあって、困っている友人を見捨てられない方なのです! 私はいつもお世話になっていて、本当に上に立つに相応しい方だと思うのです!」
やりました!
よどみなく言い切ることができました!
これは大成功です!
「ふふ。マリエちゃんはディレーナさんのことが大好きなんだねー」
ユイナさんがお気楽に笑います。
そして、カイスト様と目が合いました。
ユイナさんがぺこりとお辞儀します。
カイスト様は……。
「よし。ウェイス、俺達で運ぶぞ」
と、横にいたウェイス先輩に声をかけました。
私は彼とも面識があります。
将来はモルド辺境伯となられるお方です。
クウちゃんの友達ということで、大宮殿で開かれた新年パーティーでそれなりに話しかけられました。
「いや、おまえ、何を言っている? せめて俺にやらせておけ」
「構わん」
そう言うとカイスト様が、荷物のひとつを抱えます。
楽々とです。
さすがです。
仕方なくウェイス先輩がもうひとつを抱えました。
こちらも楽々とです。
「ディレーナ、良い判断だったな」
カイスト様が言います。
「お褒めいただき、ありがとうございます」
ディレーナ様が優雅な物腰で軽く頭を下げます。
よかったです。
何事もなく済みそうです。
カイスト様は、実に冷静に対応して下さいました。
荷物を持ったのも、ユイナさんの正体を知っているからでしょう。
今日のユイナさんはあくまでお忍びなので聖女扱いはできませんけど、それでも敬意を示すために。
騒ぎにならなくてよかったです。
もっとも、結局、衆目は集めてしまっていますけど。
……まあ、なんてお優しい。
……ディレーナ様と殿下はお似合いですな。
おお。
カイスト様がディレーナ様のためにやったみたいに噂されています!
やりましたね、ディレーナ様!
私が視線を向けて少しだけ微笑むと、ディレーナ様も作戦通りと言わんばかりに目を光らせました。
「帝国ってすごいねー。カイストさんみたいな身分の人でも、荷物を持ってあげたりするんだねー」
ユイナさんも感心しています。
やりましたね!
私はますます大成功に喜びましたが……。
ここでオーレリア様が、とても静かな口調でユイナさんに話しかけます。
「貴女、名前は?」
「ユイ、ナ、だけど……」
「どこに住んでいらっしゃるのかしら?」
「それは、えっと……。下町だけど……」
「下町ですか……はぁ。学院も招待状を配り過ぎですわね」
オーレリア様がため息をつきます。
そして言いました。
「いいですか。貴女、先程から何ですか、その口の利き方は。ディレーナ様をさん付けで呼ぶだけでなく……。よりにもよって皇太子殿下を、名前とさん付けで呼ぶなど……。しかも敬語の一つも使わないで……。いいえ、貴女のような身分の子では、使えないのでしょうけれど……」
「オーレリアさん! おやめなさい! 何を言っているのですか貴女は!」
「いいえ、ディレーナ様、言わせて下さい」
「いいからお下がりなさい!」
「そもそも貴女が全力疾走でぶつかってきたのが原因でしょう。だというのに反省の色一つ見せることなく、いけしゃあしゃあと」
「あ。えっと」
ああ……。
いきなりお説教されてユイナさんが戸惑っています。
「謝りなさい。頭を下げて、無礼な言動をお二方にお詫びするのです」
「そのような必要はない」
すぐさまカイスト様が断言しました。
「しかし殿下、それではケジメがつきません」
「そのようなものをつける必要がどこにある」
「ここに御座います。帝国貴族たる権威と名誉の問題です。さあ、早く正式にお詫びを行いなさい」
言っていることはごもっともだと思うのですが……。
相手が悪いのです……。
「もうおやめなさい! オーレリアさん!」
ディレーナ様が叫びます。
あ。
「わかりました。私、またやっちゃったみたいですね……」
空気を読んだユイナさんが謝ろうとします。
姿勢を正して――。
「本当に反省しているのなら、膝くらいついたらどうですか?」
オーレリア様がトドメのような一言を言います。
「何を言っているのですかぁぁぁぁぁ! おやめ下さいませー!」
ディレーナ様は発狂寸前です。
もはや。
これは……。
「あああああああああああああああああ!」
私は叫びました。
それはもう空気も読まずに叫びました。
そのままユイナさんの手を取って。
「え。ちょ。マリエちゃん!?」
「あああああああああああ! いいからぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
私は逃げました!
もうこれしかありません!
ユイさんは謙虚な方なので、頭自体はよく下げられていますけど……。
今回は場面が悪いです。
帝国貴族が権威を笠に着て、強制的に、公衆の面前で、なんて……。
後からでも知られれば、きっと大変なことになります!
大惨事です!
しかも、ユイさんは今はユイナさんです。
実は正体は、なんて言えません。
となれば、あとはディレーナ様達にお任せして、私達は逃げるしかありません魂の放り投げ殺法です!
 




