57 お兄さまは優しい?
「……人間の、22歳? ……貴様がか?」
「え。あの、クウちゃん、精霊ですよね? どうして人間に?」
兄と妹が驚いてくれる。
ふふ。
「それは冒険者ギルドで無理やりに作らせたものです。何を本気にしているのですか貴方たちは」
さすがに皇妃様はご存知のようだった。
「……そうですよね。びっくりしました」
「バカバカしい……」
兄がそっぽを向いて食事に戻る。
ナルタスくんはマイペースに食事をしている。
目が合うと微笑んでくれた。
いい子だ。
「というわけで、よろしくお願いします、お兄さま」
私は笑って言った。
正直、何がというわけでだ、とツッコんでくれると嬉しかったのだけど兄からの反応はなかった。
「完全に無視されると悲しいので返事くらいはしてくださいね?」
返事はない。
「返事してくれないとイタズラしますよ?」
「いいから黙って食え」
「はぁ。まあ、いいかぁ。今回は、これで許してあげますよーだ」
返事はしてくれたのでよしとしよう。
「ふふ。カイストが折れるとは珍しいこともあるものね」
「……こんな小娘、視界に入れなければどういうことはありません」
「無視できない小娘でごめんねー」
「もう、クウちゃん。せっかくお兄さまが態度を軟化させてくれたのですから挑発してはいけませんよ」
「は、はい……」
ごめんちょっと調子に乗って茶化しました。
「ところでクウちゃん、いただいたミスリルのアクセサリーなのだけれど――」
皇妃様が言う。
「はい。なにか不具合がありましたか?」
「いいえ。むしろ逆で――。今もつけているのだけれど――」
「よくお似合いですよ」
幻想的に輝くミスリルは、それ自体が宝石よりも美しい。
そして皇妃様は、見事にミスリルの輝きを自分自身に調和させている。
さすがだ。
「肌の調子がさらによくなった気がするの。イヤリングに付与されているヘルスキープの効果なのかしら?」
「はい。そうだと思います。お肌がきらきらするんですよ、それ」
ゲームでは、ヘルスキープの付与がついたアクセサリーを装備していると時折、肌がきらりと輝いた。
「……ずっとつけていても平気なのかしら?」
「マイナス効果はないので平気ですよ。あ、でも、もしも異常を感じたらすぐに外して教えてください」
「ええ、そうさせていただくわ。調子がよすぎて怖いくらいなの、今」
「よかったです」
「うふふ。本当に嬉しくてたまらないわ。ありがとうね、クウちゃん」
「どういたしまして」
「フンッ。貴様、俺にもそれくらいの言葉遣いをしろ」
兄ことカイストが横から文句を言ってきた。
「クウ。私の名前はクウです。貴様なんて名前じゃありません。せめて名前で呼んでくださいよ。クウちゃんでいいですよ」
「誰が呼ぶか」
「ならしてあーげなーい」
「どうした、カイストと揉めているのか、クウ」
何故かそこに皇帝陛下が現れた。
「揉めています、こんばんは」
「カイスト、名前で呼んでほしいと言っているのだ。呼んでやればよかろう?」
「父上、何をバカなことを」
「バカではない。俺はクウに頼み事をしにきたのでな」
「えー。何ですかぁ?」
嫌な予感しかしない。
「俺にもくれ」
「はい?」
「おまえ、ミスリルのアクセサリー一式を我が家の女性陣に配ったそうじゃないか。俺にもくれてよかろう?」
「……まあ、いいですけど」
大金をもらったし。
「そうだ。ナルタスの分も頼む。ナルタス、お願いしろ」
「クウさん、お願いします」
ぺこりと可愛らしく頭を下げられた。
「うん。いいよ」
これには私もオーケーだ。
「これでカイスト。もらえないのはおまえ1人になったが、どうする気だ?」
「どうするとは……」
「クウちゃんお願いしますと言え。仲良くしろ」
「……真面目にお伺いさせていただきますが、父上。いったい、この娘に対してどのような距離感をお持ちなのですか。いくら『女神の瞳』での鑑定とはいえ、それを全面的に信じ込み、大宮殿どころか食事にまで招き、あまつさえ無防備に魔導具を身に着けるなど――」
「おまえも装備したのだろう? それで助かったと聞いたが?」
「罠であったのなら見抜くためです。俺とて、精霊と思える存在を無下に扱えとは言いませんが、少しは疑いの目を持たねば、万が一にも邪悪な者の陰謀だった場合にはどうされるのですか」
ごもっとも。
と、私は言いかけて、やめておいた。
「セラフィーヌの呪いが解け、帝都全域に祝福が降りて尚、疑う要素などどこにあるというのだ」
「万が一にと言っております」
「はぁ……。済まんな、クウ。不快な思いをさせてしまった」
「本当にごめんなさいね、クウちゃん」
陛下と皇妃様が私に謝ってくる。
「いえ、あの……。私は気にしていないというか、そういう目があるのは当然だとは思いますので、お気になさらず……」
「お兄さまっ! クウちゃんに謝ってくださいっ!」
「セラー、そういうのはいいからー。そもそも、一緒に食事をしてくれている時点でそれなりには信用してくれているってことだよねー」
「その通りだ。万が一にと言っているだけだ。別に俺は、貴様の存在を拒絶しているわけではない」
お兄さまがそっけなく言う。
「その言い方が失礼ですっ!」
「もー。セラー。私は本当に気にしていないからー」
「本人がそう言っているのだ。セラフィーヌが気にすることではない。俺も気にしていないから安心しろ」
そういうとお兄さまは、そっけなくランチを再開した。
「もおー!」
「ささ、セラ。私たちもランチを楽しもうっ!」
私は気を取り直して笑った。
「まったく……。カイスト、クウは大切なセラフィーヌの友人だ。妹の友人とそれ以上の喧嘩だけはするなよ」
「わかっております。父上」
「ならばよい。クウも、相手が皇太子などと気にする必要はないから、言いたいことは言ってくれてよい。俺が許可する」
「はーい」
そこまで言って陛下は食堂から出ていった。
文官の人が横で難しいことを言っているし、本当に忙しいようだ。
食堂には、重い沈黙が降りた。
食事が再開される。
「とりあえず、お兄さまの分もちゃんと作るので、ご安心を」
しばらくの間を置いて、私は笑って言った。
「クウちゃんは優しすぎますよー」
「あははー。まあねー」
「……おまえの兄になったことなどはないが。……感謝する」
「ならちゃんと、クウちゃんありがとうと私の目を見て言ってください」
「誰が言うかっ!」
睨まれたので、微笑んでみた。
ニッコリ。
すると、一拍の間を挟んで……。
「不愉快だ!」
バンとテーブルを叩いて……。
お兄さまが食堂を出て行ってしまった。
「ごめん、セラ。お兄さまと仲良くなりたかったけど、失敗しちゃった」
「クウちゃん……」
「クウちゃんは、カイストがお好みなのかしら?」
皇妃様が微笑みかけてくる。
「お好みではないですけど、仲良くはなりたかったです。皇妃様にもご迷惑をおかけして、すみませんでした」
「謝るのはこちらの方です。……あの子は、もう少し柔軟に対応できるようになるといいのだけれど」
「優しい気はしますけどね。私、まだ普通にお食事していますし。普通なら私に出ていけというところですよね」
「その方向で考えれば、あの子は柔軟に対応できたのね」
「あはは。なので、優しいとは思います」
またちょっとからかいすぎたかな。
反省。
なのでお兄さまの顔も立てておく。
私はフォローのできる子なのだ。




