569 スオナの決意
私はここに来て、ガイドルから伝言されていたことを話した。
「――というわけなんだよ」
「へえ、その人も、なかなかに覚悟があるのねえ。もしも武闘会で優勝したら話を聞いてほしいなんて」
私の話を聞いて、アンジェが感心する。
「あの、クウちゃん……」
「どしたの、セラ?」
「その方は、クウちゃんの特訓を受けたわけではないのですよね?」
「うん。そうだね」
「わたくしはともかく――。メイヴィスさんやブレンダさんと、まともに戦える方なのですか?」
「無理だねー。一撃で粉砕されると思うよ」
私は肩をすくめた。
「なら心配することなんてないじゃない。負けておしまい、よね」
アンジェも肩をすくめる。
「まあ、それはそうなんだけどね……」
「クウとしてはこの機会に、僕がしっかりと相手に向き合って、ちゃんと話をすべきだと思っているんだね?」
「うん。私は、そう思うんだけど……。スオナはどう?」
「僕もそうは思うよ。いつまで逃げていても、僕も苦しいだけだしね」
「ちゃんとスオナの口から拒否すれば、相手もずるずるとしないで、あきらめがつくだろうし。スオナには、また平常心でいられる魔法をかけてあげるから、心置きなく話してもいいよ」
「……できればちゃんと、自分で向き合うよ」
「うん。わかった」
とりあえず、勝っても負けても話はするということになった。
もちろん私は見守る予定だ。
話はおわった。
「ごめんね。作業中なのに時間を取らせて」
「いや。ありがとう、クウ」
これでお別れしようとすると――。
スオナが、ちょっとからかうような感じで言ってきた。
「ところでクウの方はどうなんだい? 最近、皇太子殿下と仲が良いという噂をよく聞くけど」
「あーそれ、ホントに噂だけだからねー。けっこう迷惑してるから、クラスの子にもよく言っておいてよー」
「当事者同士では、ちゃんと話し合ったのかい?」
「あ、ううん……」
「どうしてだい?」
「いや、だって、そんな恥ずかしいこと」
「僕には言っておいてかい?」
「う、うう……」
そう言われると反論できません。
「ていうか、クウでも恥ずかしいとかあるのね。意外だわ」
「そう言うアンジェは先輩からのデートのお誘いも普通に受けてたし、余裕たっぷりの大人で羨ましいよねー」
「あれは社交辞令。そもそもメイヴィスさんたちがいるのにブレンディ先輩が優勝なんて不可能でしょ」
「そこはアレだよ。健闘を讃えてあげないと」
「それならクウも、ちゃんと社交辞令で皇太子殿下に愛想よくしないとね」
「私はいいんだよ」
「それなら私だっていいわよ」
「くく。みんな、自分のことには弱いようだね。安心したよ」
「……そだね」
「そうね」
スオナが楽しそうに小さく笑う中、私とアンジェが苦笑いしていると――。
その横で、セラがずーんと落ち込んだ。
「……どしたの、セラ?」
「みんな、楽しそうで羨ましいです。わたくしだけ、なんにもないです」
「あの……。困ってるだけだからね? 楽しくないからね?」
いや、ホントに。
セラたちとお別れして、私は屋台に戻った。
中庭の屋台に戻ると、シャルレーン商会の人が来ていて、鉄板と火を入れるための魔道具を設置してくれているところだった。
ダリオが質問を挟みつつ、熱心に説明を聞いている。
「ごめんね、遅くなって」
脇で黙って話を聞いていたアヤに声をかける。
「クウちゃん、おかえり」
「うん。ただいま」
「けっこう大きいねえ、鉄板」
用意されたのは、それこそ本当の屋台で使うようなものだった。
私は家庭用のホットプレートくらいのものを想像していたけど。
「うん。大きいよねえ……。なんか、パティを焼き直すだけじゃ、もったいないような気がしてくるよ」
「だねー。お好み焼きも余裕で作れそう」
「どんなの、それ?」
「聖国で流行っている、水で練った小麦粉にキャベツとか肉とかを入れて焼いて、ソースとかをかけて食べる料理だよー」
「へー。簡単で美味しそうだね」
「マイヤ、レジーナ、ちゃんと商会の方の話を真面目に聞け」
ダリオに注意されてしまった。
とはいえ、火の使い方は知っておかないとマズイか。
特に私は初日、ガンガン焼くことになる。
私は2日目に、長めのお休みをもらうことになっている。
何故ならば2日目には、アリーシャお姉さまが主催する遊園会と、セラが出場する武闘会があるのだ。
私は遊園会に招待されている。
セラの応援にも行きたい。
帝室絡みのことでもあり、クラスメイトは快く了承してくれた。
なので初日に、2日目の分も働くのだ。
もっとも武闘会については、どうせその時間は売れないので、屋台を閉めてみんなで見学に行くみたいだけど。
でも、アレだなぁ……。
魔道具の使い方を教わりながら、私はしみじみと思う。
もうあれから一年かぁ……。
水色メイドの格好で、お姉さまの付き添いとして遊園会に出たのは。
お姉さまとディレーナさんの舌戦が懐かしい。
2人は今では、すっかり仲良しだ。
武闘会ではボンバーが大いに目立っていたよねえ。
悪魔が密かに提供してきたドーピングポーションで超強化されたガイドルに、簡単に負けてしまったけど。
まあ、それはしょうがないか。
ガイドルと言えば……。
悩んだ挙げ句また悪魔にそそのかされなければいいけど。
試合前に一応、確認しておこう。
しかし、ボンバーと言えば……。
考えてみるとボンバーって、最初、ブリジットさんに告白していたよね。
それがなぜか私になって。
と思ったら、今度は近所の花屋の娘さん?
まったく。
移り気なヤツだね。
まあ、いいんですけど。
そもそも私は、大迷惑なだけだったし!
あと、お兄さまは、ホント、どうする気なんだろうねえ。
早めに婚約者を決めてくれると私も楽なんだけど。
私的には、ディレーナさんでもいいんじゃないかなーと思っている。
ベストなら、やっぱりユイだけど。
かわいいし、家庭的だし、よく泣くけど高慢じゃないし、なにより大陸中の尊敬を集める聖女様だし。
ユイも釣り合う結婚相手がいなくて困っていたし。
お兄さまなら釣り合うことだろう。
鉄板と魔道具の使い方を教えてもらって、私たち肉班の準備は終わった。
見れば、屋台の飾り付けも完成していた。
うん。
マッチョなうさぎが実に目立つね!
見ていると、レオが少し不安げに小声で話しかけてきた。
「……なあ、クウ。本音でどう思う?」
「私はいいと思うよ。派手だし、独創性があるし」
「でも、可愛くはないよな……?」
ライバルたるクロードが率いる1クラスはクレープ屋をやるようだ。
実に可愛らしくお洒落に屋台はセッティングされていた。
なるほど。
それを見てレオは不安になったのかな。
「可愛いのは明日、私たちがうさ耳とかつけるから任せておいてよ」
衣装チームの子たちが頑張っていろいろ作っていた。
少し見たけど、完成度は高そうだった。
明日、着るのが楽しみだ。
「だいたい可愛さでこのクウちゃんさまが負けるわけないでしょー」
レオの背中を叩いて私は笑った。
「よく自分で言うぜ」
「あははー。なんにしても、うん。カッコいいとカワイイで最強だから安心しなよ。私たちのお店、マッチョダンディはさ!」
「店名はハッピーラビットな。自分で付けといて間違えるなよ」
ともかく。
準備完了!
あとは明日を待つばかりだね!
 




