568 スオナに会いに行った
「や、やっほー……」
「おや。クウじゃないか。どうしたんだい? 君が魔術科の敷地に来るなんて珍しいね、というか初めてかい?」
午後、肉を焼き終えて学校に戻った後――。
少し休憩をもらって私はスオナをたずねた。
スオナは魔術科一年生の教室にいた。
魔術科は、現在の実力でAからFまでランク分けされているけど、ランクごとに別教室というわけではない。
上位組と下位組でそれぞれ1クラスになっている。
主席のスオナは、当然、上位クラスにいた。
「スオナのとこは展示なんだねー」
「ああ。リゼス聖国の文化を紹介することになってね」
「へー」
中を見ると……。
ハイカット。
とか。
ヤマスバ。
とか。
とてもとても不穏な文字が大きく書かれていて、その下に説明文がつらつらと書かれているけど……。
うん!
私は見なかったことにしよう!
「え。あ、クウちゃん!?」
おっと。
教室でなにやら指示を出していたセラに気づかれてしまった。
「クウちゃーんっ!」
仕事を放り投げて笑顔で走ってくる。
そのせいで、教室中の注目を集めてしまったね……。
まあ、いいか。
私は気にせず、飛び込んできたセラを抱きとめた。
「やっほー、セラ」
「どうしたんですか、いきなりっ!」
「うん。ちょっとスオナの顔を見に来たんだけど」
「わたくしではないんですかっ!?」
「あはは」
「でも本当に、どういう風の吹き回し?」
「やっほー、アンジェ」
「こんにちは、クウ」
当然ながら同じ教室にいたアンジェも来た。
「ちょっとスオナに話があってねー。ごめん、少しだけ借りてもいい?」
「わたくしはっ!?」
「セラも、いいならいいけど……」
「私は?」
「アンジェも、いいならいいけど……。3人も抜けていいのかなぁ」
「少しくらいいいわよ。ね?」
アンジェがセラに同意を求める。
「はいっ!」
当然ながらセラは勢いよくうなずいた。
まあ、このクラスの中心人物は間違いなくセラだろうし、セラがいいというのならいいのかなぁ。
「失礼。レディたち」
そこに1人の男子生徒がやってきた。
キザな言動をする彼のことは、入学試験の時に、なかなかに良い実技をしていたので覚えている。
火の魔術を使うナッシュくんだ。
「ナッシュさん、わたくしたちはしばらく彼女と席を外しますので、作業の方お願いしますね」
「はい、セラフィーヌ様。それは構いませんが……。スオナやアンジェリカとも随分と親しいようですが……。そちらのお嬢さんは一体……。少なくとも、魔術科の生徒ではありませんよね」
「こちらの方はわたくしの友人、いいえ、親友です!」
「普通科1年のクウと言います。いきなりすいません」
私はぺこりと頭を下げた。
「ああ、君が噂の異国のお嬢さんか。お初にお目にかかる、ナッシュ・フォン・アルフォードです」
どうやら私のことは、いくらか話題に出ているようだ。
ナッシュくんが丁寧に挨拶してきた。
教室の中からも、ひそひそと声が聞こえる。
……あの子が噂の。
……異国から来た殿下の婚約者候補?
ふむ。
なにやら不穏な噂ですね。
まあ、ここで全力否定しても騒ぎが大きくなるだけだ。
とりあえず、セラとアンジェとスオナを連れて、私は廊下の隅に移動した。
「それで、僕に話というのは、一体、何なんだい?」
「実はね……。その……。ちょっとスオナには胸の痛む話なんだけど……。セラからは何か聞いた?」
「いや。なにも……」
ガイドルのことは、以前にセラには相談した。
「悪い話なの?」
心配そうにアンジェがたずねてくる。
「まあ、うん」
少なくとも、スオナにとっては。
「私、いない方がいいなら、このまま帰るけど……」
「ううん、アンジェが一番、スオナと一緒にいる時間は長そうだし、むしろ聞いてもらったほうがいいかな」
「……それで、本当に何なんだい?」
「スオナは覚えていると思うけど……。前にアロド公爵が決めた婚約相手のことなんだけどね……」
私がそう言うと、スオナがびくりと肩を震わせた。
「それはもうおわった話だが……。それがどうかしたのかい……?」
震える声でスオナが言う。
「うん。実はね、相手の方――ガイドルって男子生徒だよね。彼が、まだスオナに未練たらたらでねえ……。ほら、一度もまともにお話とかしていないよね。だから一度だけでいいから、ちゃんと話がしたいというか……。まあ、うん、そんなことを思っているみたいでね……」
私が話していると――。
スオナがふらついて、膝から崩れ落ちた。
「ちょっとスオナ!? 大丈夫!? しっかりしなさいっ!」
となりにいたアンジェが咄嗟に抱きかかえる。
「と、とにかく一旦寝かせて――。いえ、座らせましょう!」
「そ、そうね……」
セラも手伝って、廊下の壁にスオナの背中を預けさせる。
うーむ。
話を聞くだけでショックのあまり立ちくらみとは……。
もはや見込みなし、かなぁ。
でも、一応、話すだけは話しておきたい。
私も正直、どうすべきか迷って……。
結局、スオナのところに来るのが遅くなってしまったけど……。
今は、ずっと目を背けているより、一度はちゃんと向き合って相手と話した方がいいと思っている。
ガイドルが強引にスオナと会おうとするようなタイプなら、もちろん、そんなことは思わないけど……。
むしろゼノを引っ張ってきて、スオナの身の安全のためにも、スオナに関する記憶は消去させちゃうけど……。
ガイドルはガイドルで、純情でひたむきだったんだよねえ……。
一度は人生が狂っても、自暴自棄にならずに。
「私が起こすね」
私はスオナの前にしゃがんだ。
意識回復の魔法と同時に、恐慌状態からの回復魔法も唱える。
スオナが目を覚ます。
スオナは目の前にいた私を見ると、小さく息をついた。
「すまないね……。少し動転してしまったよ……」
「どう? 落ち着いた?」
「不思議なほどにすっきりしているよ。クウの魔法かい?」
乱れた長い黒髪を整えつつ、スオナが身を起こす。
「うん。ごめんね、勝手にかけて」
「いや……。構わないよ。むしろ、ありがとう。では、さっきの話の続きを聞かせてもらえるかい? どうすべきなのか、クウの魔法がかかっている内に検討して決めないといけないよね」
 




