56 お兄さまは反抗期?
ぐっすり眠って朝。
今日は昼食をセラと皇妃様と取る約束をしている。
昼食の後でミスリルのアクセサリーを渡す予定だ。
そして、その後は夕方まで、再び礼儀作法の勉強をすることになっている。
「ふぁーあ」
昨日も頑張ったので、朝、起きるのは辛いけど、なんとか起きる。
朝一番で商業ギルドに向かう。
皮と綿花を手に入れるためだ。
商業ギルドは朝から人で賑わっていた。
取引は、会員カードと即金払いで大きなトラブルなく済ませることができた。
皮も綿花もたっぷりと買えた。
小さなトラブルはあった。
商品を、どう持ち帰るのかと聞かれて困った。
考えていなかった。
追加料金を払って、明日の朝一番にお店に持ってきてもらうことにした。
アイテム欄を隠しての行動は大変だ。
一応、バッグが空間収納な魔道具という設定はあるけど、どう考えても気軽には使わない方がいいよね。
私は学び、日々、成長していくかしこい子なのだ。
取引を済ませて商業ギルドを出たところで、『帰還』の魔法を使う。
ちょうど昼前の時間だった。
奥庭園にある、願いの泉のほとりに出る。
セラはいない。
セラは午前、魔術師団長から魔術の指導を受けている。
頑張っていることだろう。
私は1人で歩いて、大宮殿に向かった。
大宮殿の中には顔パスで入れた。
衛兵さんからは、名前を問われることすらなかった。
ロビーのソファーに座ってセラを待つ。
いつの間にか寝ていたみたいで、セラに耳元で名前を呼ばれて私は目を覚ました。
「おはようございます、クウちゃん」
「おはよー、セラ。訓練はどうだったー?」
「はい。道は険しいですが、進んでいる実感はあります」
「そかー」
おしゃべりつつ、並んで食堂に行く。
食堂には、すでに皇妃様が来ていた。
着席して挨拶を済ませると、すぐに豪華なランチが始まる。
皇妃様が明らかにそわそわしている。
そんなにアクセサリーが楽しみなのだろうか。
楽しみにしていたようだ。
食事の後で個室に移る。
用意されていたトレイにアクセサリーを出すと、体どころか声も震わせて皇妃様は感動してくれた。
「ああ……。なんて神秘的な幻想の輝き……。まさにミスリルね……。それをここまで繊細に加工するなんて……。クウちゃんは奇跡の技師ね……。触るだけでも恐ろしく感じるわ……」
「お母さま、落ち着いてください」
「……そうね。失礼しました」
セラに言われて、皇妃様は落ち着きを取り戻した。
とりあえず付与効果の説明をした。
おわったところで皇妃様が、脇に控えていた執事さんを呼び寄せる。
執事さんはワゴンを押していた。
ワゴンには革張りのケースがふたつ置かれている。
執事さんが私の目の前でケースを開ける。
するとそこには黄金の輝き。
「金貨1万枚と聖星貨20枚が入っています。先日のアクセサリー代と少ないですがお礼です。遠慮なく受け取ってくださいね、クウちゃん」
「はい……。あの、ありがとうございます……」
「重いので、そのまま精霊の世界に送ってくださって結構ですよ。ここには口の軽い者などおりませんから」
促されるままアイテム欄に入れた。
よくわからないけど、金貨1万枚っていくらだろう。
1枚で10万円くらいだから……。
えっと。
よくわからない。
「あの、聖星貨ってなんですか?」
「大きな取引で使われる特別な貨幣です。1枚で金貨1000枚の価値があります。商業ギルドで金貨に替えられますよ」
つまり実質、金貨3万枚ゲット?
恐ろしいことになった気がする。
まあ、お金は別に、どれだけあっても困らないからいいけど。
深く考えるのはやめよう。
この後は夕方までセラと2人で礼儀作法の勉強。
ダンスの練習もした。
いったい、私はどこへ行こうとしているのか。
社交の場に出るといっても、私はセラのお友達な遠い国のお姫様として紹介されるだけという話だったはずだ。
でもなんだか、私まで社交界で生きていく流れになっている気がする。
少なくとも先生は確実にその前提で指導している。
なにしろ厳しい。
深く考えるのはやめよう。
勉強がおわる。
疲れた。
帰ろ。
セラ、またね。
と思ったら、上機嫌な皇妃様に引きずられて食堂に行くことになった。
食堂には、すでにナルタスくんと兄がいた。
「クウさん、こんばんは」
「こんばんは、ナルタスくん」
ナルタスくんが笑顔で声をかけてくれる。
いい子だ。
私はメイドさんに促されて、セラのとなりの席に着いた。
私、迷う。
ナルタスくんと挨拶したのだから、兄ともした方がいいのだろうか。
私が声をかけるべきだろうか。
あ。
考えていると、兄と目が合った。
「えっと。こんはんば。今日もお邪魔しています」
私はペコリと頭を下げた。
兄は……。
「好きにしろ」
と、肯定するでも否定するでもなく、冷たくそうとだけ言った。
「お兄さま! なんですか、その態度は! もう少し愛情を持って、笑顔くらい見せたらどうですか!」
セラが立ち上がって怒った!
「……いや、あの、セラ? 揉めてもらわなくてもいいからね? それに愛情はさすがにないと思うよ? あったら逆に怖いよ?」
私はセラを止めた。
私のことで喧嘩されても、私が申し訳ない気持ちになるだけだし。
「セラフィーヌ、座りなさい」
皇妃様は平然としていた。
セラは不満ありげながらも着席してくれた。
今夜は姉と陛下を除いた、このメンバーでの夕食となった。
うん。
素直に食事を味わえない。
帰りたい。
「――カイスト。お礼くらいは言ったらどうですか? 貴方もクウちゃんの指輪はいただいたのでしょう?」
食事の途中で、皇妃様が静かに言った。
「……感謝はしている」
あれ。
いきなり兄が折れた。
ぶっきらぼうながらもお礼を言われたぞ、私。
レアアイテム最強伝説か!
「貴方が今日、早くもクウちゃんの指輪に助けられたことは聞いています。狩りの最中に落馬して大怪我をするところだったのでしょう?」
「怪我をしても水の魔術で治ります」
「怪我は治っても後遺症に苦しむ可能性はあったわね。実際、そういう人間を貴方も見ているでしょう?」
「だから感謝はしていると言ったのです」
「あの、皇妃様……? もういいので。よくわかりましたので」
無理に言わせようとするのはやめてー!
逆に恨まれるー!
心の叫びを抑えてなんとかお願いした。
それに、だ。
「私はお姉さんなので、反抗期まっさかりの青年に、いちいち怒ったりなんてしません。お気遣いは不要です。年上の余裕なのです」
私は、ちょっとだけ偉そうに言った。
そう。
反抗期の青年なんて、みんな、突っぱねたところがあるものだよね。
「クウちゃん……」
セラには困った顔をされたけど……。
いいことを言ったよね、私。
「貴様のどこが年上だ……?」
兄が睨んでくる。
「私、22歳だよ? ほら、これを見よっ!」
冒険者カードを取り出して、見せつける。
カードには「クウ・マイヤ、人間、22歳、Fランク」と書かれている。




