558 学院祭のお誘い
「ただいまー」
「おかえりなさい、店長」
「やっほー、クウ」
「あ、ゼノも来てたんだ。ちょうどよかったよー」
放課後、家に帰るとゼノが来ていた。
お店のカウンターに腰掛けて、ぬいぐるみを棚に補充しているエミリーちゃんとなにやら談笑していた。
「クウちゃん、おかえりなのである」
商品の入った箱を両手に抱えたフラウがお店の奥から出てきた。
「今日、大儲けだったんだ?」
よく見れば、お店の商品がごっそり減っている。
「帝国皇妃が親しい婦人達を連れてきたのである」
「なるほどー」
「さっきは大忙しでした」
エミリーちゃんが言う。
「エミリーは貴族相手でも対応できていたのである。偉いのである」
「ありがとうございます。すっごく緊張しました」
「偉い偉いっ!」
エミリーちゃんは本当にどんどん成長していくね。
「で、クウ。ボクに用事があるの?」
「うん。実はね、もうすぐ、私の通う学院でお祭りがあるんだ」
「へー! そうなんだー!」
「はい。これ。フラウとエミリーちゃんには招待状を渡しておくね。学院祭の日は、お店はお休みでいいから遊びに来てほしいな」
私は2人にチケットを渡した。
「クウ、ボクは?」
「ゼノは私が迎えに行くからいいよー。あ、でも、アリスちゃんはどう? たとえば誘えば来れそう?」
「さすがに無理かな。だってまだ5歳だし。来るとしても、猫とじゃなくて家族とになるよね」
そう言えばウェーバー家でゼノはペットの黒猫だった。
「エミリーちゃんの方はどう? オダンさんとエマさん」
「すいません。多分、無理だと思います。仕事が順調ですごく忙しくて。あとうちには赤ちゃんもいるので」
「あーそっかー。来れそうなら一緒に来てねー。なんにしてもエミリーちゃんは来ることっ! たまには息抜きの日も作らないとダメだよっ!」
「はい。わかりました」
エミリーちゃんが苦笑いでうなずく。
うん、わかる。
休日には勉強したいんだよね!
あと家のお手伝いも!
エミリーちゃんは本当に真面目なので、放っておくと、まったく子供らしく遊ぼうとしないのだ。
まあ、学院祭に来ることが子供らしいかはわからないけど……。
たまには羽を伸ばしてもらおう。
「でもゼノは、それならフリーだよね。よかったよかった」
「……どういうこと?」
ゼノが眉をひそめて、警戒した顔を浮かべる。
「実はね、ゼノさんにはー。ちょっとだけお手伝いもお願いしたくてー」
「……ねえ、クウ」
「なぁに?」
「まさかまた、ボクのことを都合よく使おうとしているの?」
「あははー。ヤダなー。そんなことはないよー」
「そんなこと言って、この間のブラックタワーも結局、遊びどころか完全にただの仕事だったよね?」
「今回は学院祭だよ! 完全に遊びだよ! ただね、ほんのちょっとだけ、参加者達の悪意を監視してほしいっていうか、ほら、人の集まる場所だからこそ何かやろうとしてくるかも知れないでしょ。悪魔とか、悪魔にそそのかされて、すごい恨みを持った人とか、さ」
「…………」
ゼノが無言のまま、じーっと私を見据えてくる。
むう。
なかなかのプレッシャーだ。
しかし、このクウちゃんさまは負けないっ!
「一緒に頑張ろうねっ! 帝都防衛隊、再始動だよっ!」
あっはっはー。
ゼノの手を握って、私は笑った。
「……はぁ。もう。楽しいならいいけどさ」
「もちろん楽しいよ。私もバーガー屋をやるから、楽しみにしててよ」
というわけで、翌日の昼。
私は生徒会室でその旨をお兄さまに伝えた。
「実にありがたい話だが……。闇の大精霊殿を、たかが警備に使ってしまって本当に大丈夫なのか?」
「あの、お兄さま?」
「どうした、クウ?」
「それを言ったら私なんて精霊のお姫様ですよ?」
「ああ、そうだったな。スマン、失念していた」
ここでウェイスさんが豪快に笑った。
「ま、今更だよな。いいじゃねーか、カイスト。ここはひとつ、有終の美を飾るためにもお世話になっちまおうぜ」
「ホントに今更気にすることじゃないですよねー」
あっはっはー。
ウェイスさんと笑い合うと、お兄さまがわざとらしくため息をついた。
「まあ、では、頼む」
「はい。お任せあれ」
これで、学院祭の防御は完璧だろう。
私がいて。
ゼノがいて。
改良された悪魔探知装置があって。
さらに生徒会のメンバーには、防御用の魔道具を貸し出す。
大げさすぎるくらいだ。
とはいえ、先日のブラックタワーにも悪魔がいた。
本当にどこにいるのかわからないので、油断はしないほうがいいよね。
「あとそうだ、お兄さま。ソードの件って、ちゃんと話は届いていますか?」
「ああ、そうだったな。その件でも話を聞きたいのだった」
「届いているみたいでよかったです」
「メイヴィス嬢が強引にねじ込んだのだろう? 父上の許可も得たが……。本当に問題はないのか?」
「さあ」
私に聞かれても困る。
「……なあ、ソードって、まさかあの聖国のか? 何かあるのか?」
ウェイスさんは知らされていないようだ。
教えると、とても興奮された。
「本当かそれ! この帝国で、しかも学院祭の余興で、あの大陸最強と名高いソードが演舞って! 凄すぎるだろ! しかもクウちゃんの知り合いか! 強者は強者を呼ぶもんだな! おい、カイスト! 今のうちから一番いい席を確保して、絶対に見逃さないようにしようぜ!」
「安心しろ。生徒会メンバーには、最初から席がある」
「うおおおおおおおおお! そうだったな! これは楽しみだぜ!」
ソード様……。
いつの間にか、すごい知名度になっているね……。
「なあ、このことって告知していないよな!? 告知しないのか!? 間違いなくすごい騒ぎになるぞ!」
「その通りだ。故に、告知などできるはずがなかろう」
「あー。それはそうか……。残念だ……」
「ともかく、クウ。ソードは唐突に現れて、演舞だけ披露し、唐突に消える、ということでいいのか?」
「はい。それでお願いします。歓迎とかは一切不要です。あーでも」
「どうした?」
「ユイがついてきたがるかも……。聖女様が……」
そういえば失念していたけど、一応、ユイにも話はした方がいいか。
ソードは聖国の人間だし。
とするとユイが、私も行きたいと言う可能性がある。
「それは頼むからやめてくれ……。それこそ、とんでもないことになるぞ……」
ああ、お兄さまが頭を抱えてしまった。
頑張って善処しよう。




