555 閑話・漢メガモウは試練に挑む
俺の名はメガモウ。
暴れ牛の二つ名を持つ聖国の冒険者だ。
俺は今、聖国騎士団の敷地内に準備された控室で、相棒のワルダスと共に選抜試験の開始を待っていた。
「なあ、メガモウよ」
「おう。どうした、ワルダス」
「結局、ヤマスバって何だったんだろうな……」
「おいテメェ、なに言ってやがる! それは聖なる神の言葉だぞ! 迂闊に口にしてんじゃねぇぞ!」
「お、おう……。そうだったな……」
「ったくよ」
「じゃあ、よ。もうひとつ、いいか?」
「何だよ?」
「ホーリー・シールドって、どんな組織なんだろうな」
「さあな」
今日、俺とワルダスは、これから聖女親衛隊『ホーリー・シールド』の選抜試験を受ける。
だが俺達は、その組織のことを知らない。
知っているのは、ソードとセイバーという2人の超人が、実は影で聖女様の護衛をしていたという事実だけだ。
「なあ、メガモウよ。もしもホーリー・シールドに入ったら、俺らが聖女様のそばで護衛とかすることになるのか?」
「かもな」
俺は短く答える。
ソードとセイバーは、あくまで影の存在だと言う。
であれば、俺達が表に立つ可能性はある。
「……なあ、ワルダス、てめぇの言いたいことはわかる。俺もそう思う」
「だよな」
ワルダスが笑う。
なにしろ俺達は悪党面だ。
しかも実際、まともな人生なんざ歩いていない。
聖女様の護衛なんぞ、できる身分ではないのだ。
「……だがよ。……なあ、ワルダス。招待状をくれたのは聖女様だ。なら俺は全力で応じるだけさ」
「ま、せっかくだし付き合わせてもらうがな。聖女様のご加護のおかげでAランクにまでなれたんだ。こうなったら、恥も外聞も全部捨ててよ、どこまで行けるのか試してみてぇしな」
「おうよ」
俺とワルダスは、ついに冒険者ランクAに到達していた。
去年の今頃はCランクだった。
俺達は、特に生きがいもなく昼から酒ばかり飲んで、このまま適当に一生は終わると思っていた。
それが、この一年ですべて変わった。
俺達の凶悪な外見以外、本当に何もかも、だ。
ちなみに、今回の試験に合わせてパーティーは解散した。
聖女様の紹介で共に行動してきた年下の青年ヤサシイ・モッセナは、神官として大聖堂に戻った。
モッセナは、すでに一流の水魔術師だ。
きっとこれから、多くの民を救っていくのだろう。
他のメンバーは、俺達同様に今回の試験に誘われたが――。
組織勤めは合わないと言って辞退し、冒険者を続けている。
聖女様から借り受けた指輪は返してもらったが、俺達と繰り返した死闘で連中も恐ろしく強くなった。
そうそう不覚を取ることはないだろう。
控室のドアが開いた。
「――聖戦士殿、ワルダス殿、時間です」
「おう」
神官が俺達のことを呼びに来た。
野外の訓練場に案内される。
そこにはすでに、選抜試験に挑む連中がずらりと並んでいた。
全員、当然だが強そうだ。
100名はいる。
ちょっと待てや!
と、俺はあやうく大きな声を出しかけた。
何故なら100名の内――。
70名ほどが、お揃いの鎧を身に着けていやがる!
参加者の過半数が聖国騎士じゃねえか!
残りの30名は雑多だ。
人族だけではなく、獣人の姿もある。
獣人の中には、一見しただけで、おそろしく強いとわかるヤツもいた。
見たことのある顔ではない。
おそらくは、トリスティン王国の元奴隷突撃兵だ。
完全に覚悟の決まった顔をして、身じろぎひとつすることなく、ただじっと前だけを見ていた。
ほどなくして、ソードとセイバー、それに8名の聖騎士を引き連れた聖女様が悠然と訓練場に姿を現した。
聖女様と、現在のホーリー・シールドのメンバーだ。
メンバーは全員が、お揃いの青いマントを身に着けていた。
それがホーリー・シールドたる証なのだ。
エリートの中のエリート。
全員、荘厳なる姿だ。
まさに聖女様の周囲にいるのに相応しい。
連中を見ると、とてもじゃないが、俺が合格するとは思えなかった。
あと、聖女様のとなりに、同年代のご令嬢がいた。
何処の誰だろうか。
わからないが、身分の高い家の人間であることは確実だろう。
とても一般人には見えない。
聖女様のご友人で、見学にでも来たのだろうか……。
聖女様が俺達の前に出た。
「これより、ホーリー・シールドの選抜試験を行います。
ホーリー・シールドは、これまでは単に、ソードとセイバーの2人が私を影から守るだけの組織でした。
組織、と言えるものでもないでしょうか」
聖女様がくすりと笑う。
しかし、すぐに真顔に戻って、続きをお話しされた。
「ただ、昨今の情勢を鑑みるに、聖国にはより強き、邪悪の陰謀から民を守る盾が必要だと私は判断しました。
故にホーリー・シールドを拡張し、その組織へと変えます。
私だけではなく、民を守るのです。
現在の人員は10名。
いずれも一騎当千の強者ですが、数が足りません。
よって本日、20名の増員を考えています。
合格者には全員、過去も出自も問わず、騎士爵を授与し、必要があれば家族に市民権を与え、生活と地位を保証します。
そのかわり、命は賭けてもらうことになりますが――」
それで戸惑うヤツはここにはいないだろう。
俺もそうだ。
そもそも冒険者にしても騎士にしても奴隷兵にしても、命なんていくらでも賭けてここまで来ているのだ。
むしろ聖女様のために死ねるのなら本望というものだ。
「あと、紹介しておきますね。
こちらは私の友人で、今日は見学と、お手伝いに来てくれました。
セラフィーヌ・エルド・グレイア・バスティール。
私と同じ光の力を持つ、帝国の第二皇女です」
会場が、ほんのわずかながらも、ざわついた。
それはそうだろう。
帝国皇女というだけでも驚きなのに――。
聖女様が自ら、その皇女が光の力を持っていると発言したのだ。
セラフィーヌ姫の噂は聖都にも届いている。
光の力を持っている、と。
だけど俺達は、そんなものは信じていなかった。
光の力は聖女様だけものだと信じていたからだ。
それをあっさりと。
本当に簡単に……。
しかも、友人なのか……。
セラフィーヌ姫は発言せず、ぺこりと頭だけを下げた。
そして俺達に戸惑う時間はなかった。
「試験の内容は、序列第一位ソードより説明させていただきます」
聖女様に代わって、ソードが前に出た。
聖女様と同じ、10代前半の少女にしか見えない小柄な、白い仮面で素顔を隠した謎の存在だ。
なんとなくクウに似ている気もするが、気のせいだろう。
あんなバカ娘に似ているだなんて、口が裂けても言ってはいけないし、考えるだけでも不敬だろう。
俺はその予測を振り消した。
「こんにちは、みなさん。ソードです」
気のせいか、声もそっくりだぜ。
いかんいかん!
不敬なことを考えるな!
「早速ですが、はじめましょうか。みなさんの中には、当然、私みたいな小娘が本当に強いのかと思っている方もいるでしょうし、これから全員で私に掛かってきて下さい。私に当てることが出来た人は、そのまま合格です。おめでとう。当てられなくても試験は続きますので安心して下さい。では、開始」
え?
え?
始まったぞ、始まったのか!?
いきなり!?
参加者全員が戸惑う中、選抜試験は始まった。




