552 ボンバーズの近況
ボンバーに続いて、タタくんもやってきた。
「店長さん、お久しぶりっす。お元気そうで何よりっす」
犬系獣人のタタくんは、ボンバーと同じく、今年の初めに学院を卒業して本格的に冒険者稼業を始めた。
新人とは思えない落ち着いた雰囲気のある青年だ。
「ごめんねー、最近はなかなかお店にいなくて。武具の方は問題ない?」
「はい。お陰様で絶好調っす」
「それはよかった」
「ふふ。これを見て下さい、クウちゃんさん」
ボンバーがもったいぶりつつ、冒険者カードを取り出す。
それを見て私は驚いた。
「おお。すご」
「我らボンバーズ、早くもCランク到達です」
Cランクといえば一人前の証だ。
「タタくんも?」
「はい。お陰様で。これで冒険者として、普通にやっていけそうっす」
「すごいねー、みんな。おめでとうっ!」
Dランクでくすぶる冒険者も多い中、いくら学院の卒業生で禁区調査での実績があるとはいえ、これは早いだろう。
私なんて、未だにFランクだし。
「というか、タタくんたちもボンバーズなの?」
別のパーティーだったと思うけど。
たずねると、ボンバーが思いっきり自慢顔で教えてくれる。
「私達、実は5パーティーで同盟を組んだのです。クラン、ボンバーズです。今後は互いに連携し助け合って成長していく予定です。当然ながらクランリーダーはこの私ボンバーです。クウちゃんさんも工房でお困りのことがあれば、なんでもご相談下さい。力になりますぞ」
「店長さんに僕らの力なんて必要ないと思うっすけど、ボンバーの言う通り、何かあれば声をかけて下さいっす」
「ありがとう。そうさせてもらうね」
「ちなみにクラン事務所ですが、姉上のバーガー屋の上にしました。いつでも遊びに来て下さい」
「へー。それはいいね。シャルさんも安心できるね」
しかし……。
私、思う。
今日のボンバーは怪しい。
まるで普通の筋肉紳士だ。
筋肉紳士が普通かはさておき、言動におかしなところがほとんどない。
これはなんとしたことか……。
むしろ今日は、メンバーたちの方が駄目だ。
メンバーたちは、私ではなく、セラのところに群がっていた。
セラは以前に店でアルバイトをしたことがあって、その時に、ボンバーズの一部とは面識がある。
なので向こうも気軽に声をかけていた。
「セラちゃんと会うのは、ホント、久しぶりだねー」
「半年ぶりくらいだっけ?」
「すっかり見違えたね。綺麗すぎて目が離せないよ」
「学院生なんだな、クラスメイトが羨ましいぜ」
「よかったら今度、どっか面白いところに連れて行ってやろうか? ダンジョン町とかどうだ? 俺となら安全だぞ」
「バカ言え、おまえじゃ危険すぎるだろ。俺こそが適任だ」
「ねえ、セラちゃん、僕はどうかな?」
「ヤローどもはどいてろ。お姉さんと! お姉さんと遊びましょ!」
うん。
セラ、超モテモテだ。
まあ、わかる。
まだ12歳だけど、セラはどんどん綺麗になっている。
顔つきも体つきも、かなり変わってきた。
背も伸びた。
すでに立派なお嬢様だ。
学院の制服も、よく似合っている。
これで貴公子然として澄ましていれば、近寄り難いのだろうけど……。
今のセラは囲まれて、妙にあたふたしてしまっていて、その態度がものすごく愛嬌があって可愛らしい。
正直、私でも構いたくなってしまうねっ!
「ク、クウちゃーん!」
おっと。
耐えかねたセラが助けを求めてきた。
「はいはーい。そこまででーす。この子はナンパとかは禁止だよ。そんなことされたら私が怒られちゃうからねー」
私は手を叩いて間に入った。
するとメンバーたちは、あっさりと退いてくれた。
しつこくする人間はいない。
と、ここで普通のお客さんが来た。
ぬいぐるみを買いに来た、学院生の女の子たちだ。
ボンバーたちを見てギョッとする。
というわけで、ボンバーたちの注文は、お店の奥の工房で聞くことにした。
「ここの武具は本当に良質で丈夫だから助かっているっす。実は他の冒険者からどこで買ったのかをたまに聞かれるんすけど……」
「あー。うん。しばらくは適当に誤魔化してもらえると嬉しいかなー。ちょっと今は忙しくてねぇ」
「はい。そうさせてもらっているっす」
「ふふ。クウちゃんさんは、我らがボンバーズ専属ですなっ!」
「まあ、うん。今は、ほぼ、そんな感じだねえ。それで今日は、皆様、なにをご注文されますか?」
ボンバーたちが求めてきたのは、ショートボウと鉄の矢。
長距離の商隊護衛をした時に必要な場面が多々あったのだそうだ。
それで全員が使えるようにしようと決めたらしい。
帝国と東側諸国との関係が改善されて、ボンバーズにも長距離護衛依頼が定期的に来るそうだ。
「さて。では、パパッと作っちゃいますか」
「今ここでっすか?」
「うん。あ、そっか。今まで見せたことなかったよね。せっかくだから私の魔法生成を見ていく?」
「はいっ! ぜひとも見たいっす!」
タタくんたちとも長い付き合いだ。
まあ、いいよね。
正直、お得意様にいつまでも隠しているのは、めんどくさいし。
「じゃあ、見せてあげるけど……。一族の秘術だから説明はできないし、できるだけ他言もしないで下さい。そこはお互いの信頼関係ってことで、あらかじめ了承しておいて下さい」
「わかったっす」
アイテム欄から素材を取り出して、ひとつずつ生成していく。
最初は驚かれたけど、いくつか作ったところで、なるほどエルフの秘術はすごいものだと納得してくれた。
「ていうかボンバーは、実家は継がないの?」
生成しつつ、私は会話をする。
ボンバーの実家であるシャルレーン商会は、ウェーバー商会に並び立つほどの大手商会だと聞いたけど。
「私には優秀な弟がいるので、実家の方は弟に任せる予定です」
「ああ、ラハくんね。彼は優等生だよねー」
「おや、クウちゃんさんは、我が弟をご存知で?」
「うん。同じクラスだよ」
「それは奇遇ですな」
「会話は、あんまりしていないんだ?」
「そうですね。すでに私は実家を出ていますので」
「へー。ひとり暮らしなんだ?」
「ひとり暮らしと言えばひとり暮らしですが、違うと言えば違います」
どういうことかと思ったら、クランでアパートを借りて、そこで仲間たちと共同生活をしているようだ。
「それ、なんか青春って感じでいいねー」
話しているとメンバーの1人がやってきて、ボンバーの背中を叩いた。
「青春と言えば、こいつ、またやらかしてるんですよ」
「へー。どんな?」
「近所の花屋の娘さんに、新たなる運命を感じたとか言って、毎日毎日、花を買いに出かけて」
「へー。そうなんだー」
なるほど。
それでいつものマイエンジェルが消えたわけか。
するとボンバーがいきなり土下座した。
「申し訳ありません、クウちゃんさん! 私、ボンバーは――。本当に罪の深い人間です! 貴女と結婚の約束までしておきながら――」
「いや、してないからね? 一切、ありとあらゆる、男女の関係っぽいことはしていないからね?」
「ああ……。あああああ……。しかし私は、感じてしまったのです! 運命の赤い糸があの子につながっていることを! この感覚! この感情! 嘘偽りなどあるはずもないのです!」
「うん。頑張って。でも、迷惑はかけないようにね。私は正直に言うと、本気で迷惑していたからね?」
「すいませんっした……」
タタくんが頭を下げる。
他のメンバーの人たちまで謝ってきた。
「まあ、うん。タタくんたちは気にしなくてもいいよ」
「すいませんでしたぁぁぁぁぁぁ! 私は誓います! 新しい運命に、我が人生のすべてを捧げると!」
「それ、私に誓わなくてもいいからね? 私、完全に無関係だし。それにお店にお客さんもいるからやめてね? 本気で迷惑だし」
「……そうですね。失礼しました」
ボンバーが立ち上がる。
「ホントーに、相手の子に迷惑だけはかけないようにね」
私は繰り返し言っておいた。
心配すぎるけど……。
悪いけど、関わる気はまったく起きない。
これっぽっちも起きない。
ただ、幸いにも、ボンバーには良識ある大勢の仲間たちがいる。
いや、良識という意味では微妙か。
さっき熱心に、セラのことを口説いていたね……。
まあ、でも、タタくんはいる。
タタくんに頑張ってもらうしかないだろう。
かくして私は――。
大きな肩の荷を、ひとつ、下ろすことができたのでした。
よかったよかった!
 




