550 メイヴィスさんの指導
メイヴィスさんの声を聞いた途端……。
ギザは思いっきり身を小さくして、うしろを向いた。
こそこそ逃げようとする。
小物か!
私は、思わず声を出してツッコミかけた。
手前に私たちが大勢いるので、メイヴィスさんは逃げ出したギザには気づいていない様子だ。
「クウちゃんがここにいるなんて珍しいですね。訓練に来たのですか? それなら私が付き合います」
「メイヴィスさんはどうしたんですか?」
「騎士科の一年生に威勢の良い子がいるというので見に来たのです」
「へー。そうなんですかー」
「ところで、そちらのエルフの子は? 魔力を発動させていますね。一体、何をしていたのですか?」
「い、いえ……。私は……」
サクナが、さっと目を逸らして、しどろもどろに言い訳した。
さっきまでの強気でクールな態度が嘘のようだ。
さすがはメイヴィスさん……。
狂犬を通り越して最凶と恐れられているだけのことはあるね。
まあ、ともかく。
ここは先輩に頼ろう。
「聞いて下さいよー、メイヴィスさんー。実は騎士科の一年で、馬鹿みたいな勝負をふっかけてきたヤツがいて――」
私はチクった。
盛大に、力も地位も権力もある公爵令嬢の先輩にチクりました。
うん。
はい。
部外者の私なら、まあ、いいよね!
話を聞いたメイヴィスさんは、訓練場に目を向けて――。
ギザの姿を見つけると――。
「アレですね。連れて来てくれますか」
と、いつの間にか渡り廊下に来ていた婚約者のウェイスさんに言った。
「俺か!?」
「他に誰がいますか」
「……ハァ。いいけどよ。おまえのことだから、どうせ喧嘩を売ると思って来てみれば案の定だな」
ぼやきながらもウェイスさんが訓練場に入った。
ウェイスさん……。
あと何年かして結婚したら、いや、うん。
別に今でも尻に敷かれているんだから、何がどう変わることもないか。
ウェイスさんが話しかけると、ギザは横柄な態度を取った。
ウェイスさんが、ギザの足を軽く蹴った。
あっけなくギザが転倒する。
ウェイスさんはギザの足を掴むと、そのまま引きずってメイヴィスさんのところまで運んだ。
ギザは抵抗したけど、無駄だった。
「こいつでいいんだよな? 俺に用はない! 絶対に行かない! とか言うから力づくで連れてきたが」
「ええ。ありがとう」
ウェイスさんがギザの足を離す。
ギザは顔を上げて、メイヴィスさんと視線を交わして――。
「立ちなさい」
と、穏やかな声で命令されて――。
「誰がテメェなんぞの言う事なんて聞くか――ぐはっ!」
目を逸らしつつもギザが意地を張った!
次の瞬間にはメイヴィスさんに踏みつけられて、強引に屈服させられた!
「聞こえないなら構いません。このままお話ししましょう」
「くそぉぉ! 離せぇぇぇ!」
「まず、公正なる一騎打ち自体は、この学院では禁止されていません。好きにやればいいでしょう。しかし、そこに条件を付けることは固く禁止されています。貴方はこともあろうか女子生徒に、負けた方が下僕になるなどと、決して容認できない条件を突きつけましたね?」
「知らねぇよそんなも――ぐぎゃあああ!」
「貴方は先輩に対する口の効き方から勉強する必要があるようですね。知りません、です。さあ、言いなさい」
「誰が――ぎゃあああ!」
ギザはしばらく頑張ったけど、結局、負けた。
まあ、元々、メイヴィスさんの姿を見ただけで逃げ出そうとするくらいには萎縮していたわけだしね。
やむなし。
「知りません……」
「よろしい」
メイヴィスさんは、ようやく強烈な踏みつけを解いた。
途中で何度も蹴られて、すでにギザはボロボロだ。
「さあ、立ちなさい」
「……は、はい」
ギザがよろよろと身を起こす。
この後、優しい口調のメイヴィスさんによって、勝負の約束なんてなかったことが確認された。
遅れて駆けつけたメイヴィスさんのお友達、水魔術師のレイリさんがギザに回復の魔術をかけてあげた。
ギザは、すごすごと訓練場の奥に戻っていく。
「サクナさんでしたっけ。貴女も迂闊な約束などはしないように。あの手の輩は本気で調子に乗りますから、下手をすれば、冗談では済まないことになっていたのかも知れませんよ」
「……はい。申し訳ありませんでした。以降、注意します」
メイヴィスさんに諭されて、サクナも元気なく訓練場に戻った。
今後は、直情的に勝負することは控えてほしいものだ。
「これでいいかしら、クウちゃん」
「はい。ありがとうこざいます。助かりました」
「私としては、クウちゃんが成敗するところを見たかったのですけど」
「あはは。勘弁して下さいよー。今日の放課後、もしも空いていれば、お礼に訓練してあげますからー」
「もちろん空けます! ありがとうございます!」
「ブレンダさんとかお姉さまも連れて来てくれていいですよー」
「クウちゃん! いや、師匠! 俺も! 俺も!」
ウェイスさんが割って入ってくる。
「はい。いいですよー」
「おおお! やったぞ、メイ! 久々の師匠直々の指導だぞ!」
「ええ。楽しみです」
2人は手を取り合って喜ぶ。
「……ねえ、メイ」
「どうしたの、レイリ」
「それってもしかして、例のアレのこと……?」
「ええ。そうよ」
「私も、駄目かなぁ? 私も強くなりたいの」
「クウちゃん、どうかしら? 彼女は生徒会のメンバーで私の友人でもあるから信頼はできるけど」
正直、私は、大人数に指導する気はない。
私が本気で関わると、あっという間に相手を強くしてしまう。
いろいろな意味で社会のバランスを崩してしまう可能性があることは、すでに理解している。
とはいえ、まあ……。
うん。
レイリさんは、何度か見たことがある。
お兄さまと大切な話をする時にも、普通に生徒会室にいた人だ。
「そのあたりは、メイヴィスさんにお任せします。メイヴィスさんが信用する人なら連れてきてくれて大丈夫ですよ」
まあ、うん。
いいだろう。
メイヴィスさんにはこれからもお世話になるだろうし。
「だ、そうよ。よかったですね、レイリ」
「ありがとうございます! 師匠さん!」
話もおわって、私たちは教室に戻った。
「ねえ、クウちゃん。なんでクウちゃんが師匠なの?」
当然ながらアヤに聞かれた。
「そうですね……。あのメイヴィス様が頭を下げるなんて……。嘘や冗談ではないのですよね……?」
エカテリーナさんにも聞かれた。
「あはは。いやー、まあ、私は、ただの案内役なんだけどね。詳しく言うことはできないんだけど」
強化魔法付き、ダンジョン探索弾丸ツアーのことは秘密だ。
さすがに。
「ああ、そういうことですのね」
エカテリーナさんは納得してくれたようだ。
「どういうことなんですか?」
「クウちゃんの身内に、名前を出したくない達人がいるのでしょう」
「達人っ! カッケー! なあ、クウ! 俺にも紹介してくれよ! スーパースペシャルマックスバスター!」
「レオはそれ以前でしょ。ずっと隠れてて何言ってんだか」
「そうですね」
「……そうだよねえ」
私がそっぽを向くと、エカテリーナさんとアヤが同意した。
他の女の子たちもだ。
だって男子たち、ずっと私たちのうしろにいたし。
ともかく。
そんなこんなで、馬鹿げた勝負は無効に出来た。
本当によかった。




