548 騎士科のこと
朝。
いきなりアヤが聞いてきた。
「ねえ、クウちゃん。一斉テストの勉強はどう?」
「え? あ? うん」
「してる?」
「してないけど……。しなきゃ駄目なの?」
「しなきゃ駄目だと思うんだけど……。しなくてもいいのかな?」
来月の初めに一斉テストがあるのは知っているけど、成績上位を狙うわけでないのならしなくてもいいよね。
だって私は、普段の勉強をとてもとても頑張っているのだ。
とてとてクウちゃんなのだ。
突破だけなら、普通に出来ること請け合いだ。
そんな感じに私が言うと、アヤは息をついて私の机の上でヘタれた。
「はぁ~。私、ホント、普通科でよかったよ~」
「いきなりどうしたの?」
「だって、ギスギスしていないし。クウちゃんはふわふわだし」
「うん。私はふわふわだけどねー」
それが使命ですし。
ちなみに学院の夏季休暇までのスケジュールはこんな感じだ。
今日が6月の2日。
学院祭が6月の15日と16日。
一斉テストが7月の1日。
夏季休暇は、7月の10日から9月の10日まで。
「そもそもさ、アヤ。一斉テストは7月の初めなんだし、勉強するとしても3日くらい前からでよくない?」
「まあ、それはそっかー。私たちはそれくらいでいいよねー」
ちなみに一斉テストの翌日には、魔術科の実技試験と騎士科の順位戦がある。
その日は、普通科の生徒は休日だ。
でも学校に来て、それらの試験を見学してもオーケーとのことだった。
毎年、けっこう大勢の生徒が見学するそうだ。
私も見に行くつもりでいる。
セラにアンジェにスオナの3ヶ月の成果を見てみたいしね。
「私の友達にね、冒険者を目指して騎士科に入った子がいるんだけど、もう教室がギスギスしていて雰囲気が悪いんだってー」
「へー。そうなんだー」
「今年の騎士科の一年生って、ヒト族の騎士の子じゃなくって、獣人の獅子族の男の子が一番強いんらしいんだよー」
「へー。そうなんだー」
「それでね、その男の子が、それはもう他の子を煽るらしくって。貴族の子にも平気で偉そうにするんだって。私の友達も煽られちゃってね。無視すればいいのに相手しちゃって。7月にある最初の順位戦で負けたら、その子のことを『様』付で呼ばなくちゃいけないんだって」
「うわ。最悪だね、それ」
「だよねー」
「でも、そんなこと、学校が許すの?」
「許さないと思うよー。だから最悪、通報すればいいんだけどさー。でも、それだといろいろアレだよね」
「あー、まあ、うん。そだねー」
通報って、正しいことでも卑怯者扱いされかねない。
特に学生の内は。
武力が価値基準となりそうな騎士科なら特に。
「普通科にはさー、順位がなくてよかったよー。私がそんなのに巻き込まれたら絶対に胃が壊れちゃうからさー」
「あはは。そかー」
話していると、エカテリーナさんが来た。
「何を言っているのですか、順位はちゃんとありますよ。成績上位者とクラスごとの順位は張り出されるんですから。だからクウちゃんには特に、頑張って勉強してもらわないといけませんね」
「勘弁してよー。もう十分に頑張ってるってばー」
私も机にヘタれた。
「もっとも、騎士科と比べれば確かに緩いですけど。騎士科の場合、順位がすべてみたいなところがあるようですし。とはいえ、さすがに一年前期の順位なんて気にする必要はないと思いますけど」
「ですよねー。私の友達もほとんど素人だし、勝てるわけないのに。エルフだからそもそも体は細いし」
「へー。エルフなんだー」
アヤの言葉に、私はちょっと興味を持った。
「うん。クウちゃんと同族――。じゃないか、クウちゃんはエルフじゃなかったよね、そう言えば」
「よく間違えられるけど、そだねー。私はエルフじゃないよー」
ふわふわの精霊さんですし。
「エルフなのに、魔術科ではなく、騎士科なのですか?」
エカテリーナさんがたずねる。
「はい。その子、風の魔術はもう使えていて。学院では、武器の扱いと冒険者の知識を学びたいみたいで」
「向上心の強い御方なのですね」
「そうですねえ……。その分、プライドも高くって」
「エルフの方は、総じて種族意識は高いようですね。学院長先生のように謙虚な方は稀だと聞きますし」
どんな子なんだろうか。
エルフと言えば、思い出す子が1人いる。
入試の時、となりの席にいた女の子だ。
長い耳、グリーンの髪。
ヒオリさんの旅装束に似た、和服っぽい衣装を着ていた。
休み時間でもピシッと背筋を伸ばしていて、とても緊張感のある子だった。
入学してからは、そう言えば一度も見かけていない。
落ちたとは思えないけど。
「ねえ、アヤ。その子って、なんて名前なの?」
「サクナちゃんだよ。サクナ・リタ・ユド。エルフの名家の子でね、帝都にも家があるんだよ。うちの近くでね、たまにサクナも帝都に来ていたから、小さい頃からたまに遊んでいたんだ」
「ねえ、アヤ。昼休みに見に行ってみよっか」
「ん? なにを?」
「騎士科。訓練場に行けば、昼休みでもやってるんじゃないかな」
「行ってもいいのかなぁ……? 怒られない……?」
「見学ならいいよね?」
私はエカテリーナさんに聞いてみた。
「いいのではないかしら。それでクウちゃん、私は誘ってくれないのかしら?」
「エカテリーナさん、剣に興味あるんだ? それなら一緒に行こー」
「そうですね。剣というよりは騎士科自体に興味があるので、せっかくだしご一緒しようかしら」
話していると、何故かクラスメイトの男子、一応は中央貴族の子で男爵家の跡取りらしいレオがやってきた。
「なあ、クウ。俺も一緒に行っていいか?」
「ん? どこに?」
「だから、騎士科だよ、騎士科。俺もそれなりに剣は使えるし。普通科にするか騎士科にするか実は迷ったんだよ」
「勝手に行けば?」
「男だけで行ったら、絡まれるかもしれねーだろ。おまえらの背中からちらっと見るだけでいいからさ」
「うわ」
女の子を盾にするつもりだよ、こいつ!
「剣が使えるのなら、受けて立てばいいでしょう?」
エカテリーナさんが尤もなことを言う。
「ヤダよ! あいつらガチすぎてコエーだろ! 俺の剣は、もっと自由で気楽なモンなんだよ!」
どんな剣ですか、それは。
まあ、いいけど。
話していると他の子たちも興味を抱いたようで、結局、昼休みに大勢で行ってみることになった。




