545 後始末
「ねー、ゼノー。夏になったらさ、今年もバカンスに行こうかー」
「そんなことはどうでもいいから、早くしてくれない!? いくらボクでも、いつまでもは無理だからね!?」
「いっそ、バッカーンと破壊して、スーっとしちゃうー?」
バカンスだけに。
「やめてよね!?」
「あはは」
まあ、冗談はさておき。
こんにちは、クウちゃんさまです。
私は今、まさに崩れそうなブラックタワーの中にいます。
ゼノちゃんが必死になって抑えてくれているので倒壊は免れていますが、このままでは時間の問題です。
こうなってしまったのは、仕方なし、です。
何故ならば。
壁を超えた向こう側に悪魔の存在があったからです。
悪魔は始末せねばなりません。
なので私は、『アストラル・ルーラー』を振るって、壁を破壊しました。
ブラックタワーは恐るべき場所でした。
我が必殺の、スーパースペシャルマックスバスター(物理)――。
すなわち、『アストラル・ルーラー』に私の全力を乗せた、最強無敵の超強打を以てしても――。
一撃で破壊することができませんでした。
おかげで、スーパースペシャルマックスバスター(物理)を何度も繰り返すハメになってしまいました。
古代ギザス王国の技術力は本当にすごいですね。
殴っている間も、ブラックタワーに魔力を吸われましたし。
油断できません。
でもこれ、本物のダンジョンの壁も、『アストラル・ルーラー』でぶん殴り続ければ壊せるのでしょうか。
今度、試してみようかな、とも思ったのですが……。
ダンジョンはその国にとって大切な魔石の鉱山らしいので、怒られそうだからやめておきますか……。
ダンジョンが崩落したら大変ですし。
悪魔は、残念ながら逃してしまいました。
不覚です。
ほんのわずかに剣が届きませんでした。
悪魔の転移魔法は本当に厄介です。
かなり遠くに飛べるようで、敵感知では追いきることができません。
ただ、悪魔も、意識して気配を消していなければ、敵感知で捉えることができるのはわかりました。
次は逃さないようにしようと思います。
悪魔探知装置がキチンと作動することも確認できました。
悪魔が逃げた後――。
装置は、悪魔の魔力の残滓に反応を示しました。
そして、それが霧散するのに合わせて、反応も消えました。
さて。
ともかく。
ゼノに限界が来る前に、ブラックタワーをなんとかせねば。
です。
地上にあったコントロールセンターは破壊済みだ。
二度と使えないように、設置されていた機器はすべて、黒魔法『ディスインテグレイト』で分解して砂に変えた。
ちなみにウィルは、吸血鬼の仲間を逃がすために、集落に戻った。
ギャーギャー言われたけど、こればかりはしょうがない。
悪魔がいて、なにかしていたわけだし。
でも、ごめんね。
一応、謝ってはおいた。
もっとも、集落に迷惑をかけるつもりはない。
すでにブラックタワーの状態は、魔力感知で確認済みだ。
私の魔力を吸収したものの、しっかりと受け止めきれず、しかも、その不安定な状態で装置が暴発してしまったことで、さらに不安定さが増して、今まさに崩壊しようとしているのだ。
その原因は、ブラックタワーの内壁に走る魔導回路に残った私の魔力が、荒れ狂う波のように暴れているからだ。
私は精神を集中して、その回路に触れた。
そして、魔力を吸収する。
丁寧に、丁寧に。
それこそストローで吸い込むように。
そうしてすべての魔力を私の中に戻してしまえば――。
ブラックタワーの振動は止まった。
「ふう」
単にぶっ壊すよりも、よほど疲れる作業だった。
「いいよー、ゼノー。おわったよー」
「やっとかぁ。疲れたー」
「お疲れ様ー。ありがとねー」
「クウこそ、お疲れ様。よくもまあ、倒壊させずに静かにさせたもんだね」
その後は塔の内側で回路として伸びる無数の溝を、ゼノにも手伝ってもらって丁寧に切断していく。
コントロールセンターを破壊したことで、疑似ダンジョンとしての性質も消えたようで、その作業は楽だった。
こうしてブラックタワーは、魔法建造物からただの塔へと変わった。
それで今回は目的達成ということにしておいた。
私、頑張った。
我ながら偉い。
あとは吸血鬼たちに事情を説明する。
それについては、私ではなくゼノがやってくれた。
ゼノは、闇属性の魔物にとっては、それこそ神にも等しい存在だ。
私がしゃべるよりも、説得力はあるはずだ。
それでもウィルはギャーギャーうるさかったけど光の魔力をプレゼントしたら静かになったので許してあげた。
私は優しいのだ。
他のみんなは素直に納得してくれた。
よかったよかった。
私とゼノは精霊界を経由して、帝都近郊の森の中の泉に出た。
夕方だった。
私たちは赤く焼けた世界に浮き上がった。
「ねえ、クウはさ、悪魔がいることを知っていて、ブラックタワーに行ったわけではないんだよね?」
「うん。すごい偶然だったねー」
「前にも同じような偶然があったけど。南の海で」
「あったねー」
偶然とは怖いものだ。
「まあ、いいけどさ。でも次は、ちゃんと仕留めたいね」
「だねー。今度はどこに逃げたんだか」
「あと、バカンスの件、忘れないでよね!?」
「ん? なにが?」
「ボクを誘うこと!」
「あー。うん。わかってるってー」
さすがに忘れないよ。
たぶん。
「ならいいけど……。結局、今日も仕事だったしね!」
「有意義だったでしょ?」
「行ってよかったよ。クウだけなら吸血鬼の集落が潰されてたからね」
「あははー」
「まったく。呑気なんだから」
「今夜はお礼に奢るよ。これから『陽気な白猫亭』でもどう? フラウとヒオリさんも家にいるなら誘ってさ」
「いいねー! 行こうかー! あの店は面白くていいよね!」
「うん! 今夜も騒ごうー!」
「おー!」
疲れていたはずだけど……。
精霊たちの夜は、まだ続くのでした。




