540 閑話・悪魔フォグの野望
「ねえ、フォルグシェイド。いつまでこんなここにいるつもりなの? メティちゃん、いい加減に退屈なんですケドー」
「フォルグシェイドはおやめなさい。フォグでもナイアールでもいいから私のことは通称で呼ぶように」
「はいはい。わかったわよ、フォグ」
魔法で灯した薄い光の中、私は端末装置をいじり続けています。
その私のうしろで、まるでソファーにでも座っているかのような姿勢で気楽に浮いているのは、メティネイル。
黒いドレス姿に無邪気な少女の見た目を持つ、私が苦労して再召喚に成功した悪魔の仲間です。
私はフォグ。
隠密と誘惑を得意とする悪魔。
今は、狐人族の冴えない中年商人に扮しています。
ただ、外に出る時にはもうその姿は使えないので、早い内に、新しい姿を考えねばなりませんが。
今、私達は不毛の荒野の果てにいます。
古代ギザス王国においてブラックタワーと呼ばれた魔力集積装置――。
奇跡的に残っていたコントロールセンターの一室に篭って、ブラックタワーの再起動を目指しているのです。
「それで、ねえ、フォグ。私ら、そろそろ王国に戻った方がよくない? エシャーク・フォン・ヘルハインだっけ? 私らと新しく契約したがっている貴族が待ってるんでしょ?」
「今戻ったところで、見つかって、また瞬殺ですよ」
「そんなことないって! 今度こそメティちゃんが、あのムカつく空色髪を引き裂いてやるんだから!」
「手も足も出ずに消滅させられておいて、何を言っているのですか」
「なら、外の吸血鬼と遊んできてもいい?」
「駄目です。そもそも暇なら作業を手伝ってくれませんか? 機械いじりは貴女の方が得意でしょう」
私が以前に見つけたこの場所――。
古代ギザス王国の地下遺跡には、吸血鬼の集落がありました。
彼らは古代ギザス王国の滅亡時にアンデッドとなり、そのまま千年、地下遺跡で暮らしているといいます。
以前、吸血鬼の1人を狂乱状態にして――。
転移魔法で帝国の地下に連れて行き、帝都の人間を好きなだけ殺してもらおうとしたことがありましたが――。
暴れる間もなく迎撃されて、しかもこの地下遺跡に連れ戻されました。
本当に有り得ない話ですが――。
そんなことの出来る存在が、私達の敵側にはいるのです。
外の吸血鬼と交流することすら今はリスクです。
「あーあ。つまんなーい。早く殺したいのにー。ねえ、でもさ、こんなのんびりしているうちに、せっかくの協力者が負けちゃわない? 獣人どもが集まって領土奪還を狙ってるんだよね?」
「彼には、貴女が作って残しておいてくれた呪具の多くを渡してあります。ただの獣人ならどうとでもなりますよ」
それこそ、支配して良し、蹂躙して良し、です。
獣人側に強い光属性、あるいは強い闇属性の持ち主でもいない限り、抵抗することは不可能でしょう。
「ただの、ねえ。あの空色髪がいたらヤバくない? 呪具なんて、簡単に無効化されちゃうと思うけど」
「アレがいたら私達も巻き添えですよ」
「あーもう! はらたつはらたつ! はらたつのり!」
「なんですかそれは」
「意味はないよ。言ってみただけ。あーでも、海苔かぁ。リゼス聖国で流行っているっていうおにぎりは美味しかったなぁ」
「私は、血の滴るようなステーキを、また頬張りたいものです」
私達は食物など口にしなくても存在を維持できますが、嗜好品として味や食感を楽しむことはできます。
最近はリスクを避けるため、人間の集落にも近づいてはいません。
「そのためにも、このブラックタワーを起動させるのです」
私は言いました。
「どうするんだっけ?」
「魔力を集めて、召喚を行うのですよ」
「あーそっか! 魔王だっけ!」
「そうです。あの空色髪が強く警戒していたという魔王――。どうやら私達の同族のようですが――。少なくとも私達の中に魔王という存在はいない――。しかしおそらく、どこかにはいるはずなのです」
「それを呼び寄せる、と」
「はい。正直、どうなるかはわかりませんが、少なくとも、あの空色髪にひと泡を吹かせることはできるはずです」
本当にずっと、ブラックタワーに籠もりきりです。
ブラックタワーの中は擬似的なダンジョンであり、外からタワー内の様子を伺うことは不可能です。
ここにいれば、空色髪がわざわざ塔の内部の調査にでもこない限り、私達が見つかることはありません。
地下に残るブラックタワーは魔力炉部分であり、その魔力を利用するための機能も塔本体に組み込まれています。
私が確認したところ、さすがに損傷は大きかったですが、あと一度くらいであれば稼働できそうでした。
古代ギザス王国では、世界の魔力の独占を表向きに掲げて――。
裏では、最終的には、自分達のいいなりとなる「神」を生産あるいは合成することを目論んでいました。
次元の壁を超えた異世界にまで触手を伸ばし、神の一部となるべき媒体を探していたと言います。
我々悪魔も、その計画には手を貸していました。
精霊を燃料にと提案したのは我々です。
しかし残念ながら当時の悪魔は古代ギザス王国と共に消滅してしまって、もはや存在していません。
精霊をこの世界から消し去る――。
その計画は成功しましたが――。
しかし、状況は大きく変わりつつあるようです。
このままでは我々悪魔の居場所が、この世界から奪われかねません。
「どうせなら、この世界も滅茶苦茶にしてほしいね!」
「はははっ! そうですね。阿鼻叫喚の地獄を作ってほしいものです」
故に私は同胞の遺産を受け継ぎ、コントロールセンターの修復と召喚魔法式の構築をしているのです。
邪神を呼び出すのはさすがに無理だとしても――。
さすがにそこまでの魔力を集めることはできそうにありませんが――。
異世界から強力な暗黒属性の者を呼び寄せることなら――。
可能だと踏んでいるのです。
「それだと私達も、どれだけ強くなれるかわからないね!」
「その通りです。だからメティ、ぜひとも協力を」
「任せて! よーし、じゃあ、ちょっと気合を入れて、切断された魔導回路の解析をおわらせちゃいますかー!」
ようやくメティがやる気になってくれました。
メティは優秀な魔学者ですが、気分のムラのあるところが弱点です。
ただ、やる気にさえなってくれれば、作業は早い。
今日は一気に進みそうです。
この大陸、特に帝国を大混乱に陥れ、多くの人間の血肉と絶望を味わおうという私達の計画は挫折しました。
しかし、私達は、まだ負けたわけではありません。
私は心の中で細く笑います。
魔王。
果たして、どんな存在なのでしょうか。
会える時が楽しみです。




