538 閑話・大精霊は見ていた。帝国編
「酷い! ねえ、クウ! 酷いよね! なんでそんな面白そうなこと、誘ってくれなかったの! 前に約束したよね!? 今度、面白いことをする時にはちゃんとボクのことも誘うって!」
もう本当に腹の立つ話だ。
今日、ボク、ゼノリナータはクウのところに遊びに来ていた。
そうして雑談していたんだけど……。
なんと。
クウがボクに無断で、戦争を止めてきたというのだ。
しかも、リトと2人で!
「どう考えても、リトよりボクだよね!? ボクならもっと上手に、ニンゲンの性格なんて好きにできるのに!」
「ごめん、ごめんってばー。ゼノのことはね、完全に、またも、忘れていただけなの。決して無視したわけじゃないんだよ?」
「もっと酷いよね、それ!」
「あはは」
「また笑って誤魔化す!
……で。
ボクにはどんな面白いことを用意してくれるの?」
「と、言われてもなぁ……。だいたいゼノが来た時には終わってるんだよねえ」
「なにかあるでしょ! ほら、早くっ!」
「んー。あ、そうだ。それならさ、ナオのところに行こうか。敵の性格を変えたことは教えてあげないといけないし」
「……獣人軍の拠点に行くっていうこと?」
「うん。そう」
「いいね! 面白そう! 行こう行こう!」
早速、行ってみた。
ボク達だけなら、精霊界を経由すればどこでもすぐに行ける。
荒野の果てに築かれた砦には、気持ちいいくらいに闇の力が満ちていた。
それは怒りや憎しみから生み出されたものだ。
何千もの獣人が、今や遅しと攻撃の時を待っているのだ。
ボクはクウと2人、姿を消して、砦の中を飛んでいく。
ナオのところに向かった。
ナオがどこにいるかは探すまでもない。
光の力が存在するのは砦の中の広場だ。
大勢の獣人兵の中、銀狼族の小柄な少女が剣を振るっていた。
兵士は皆、武装していた。
当然ながら防具も身につけていた。
そんな中、少女は1人だけ、緑を基調とした旧ド・ミ国の士官服姿だった。
防具を身につける必要すらない――。
と言っているのだろう。
へえ……。
ボクは思わず感心してしまった。
少女――ナオ・ダ・リムが、次から次へと、自分の背丈の二倍はある巨漢達を打ちのめしていく。
それは、一目でわかるほどの圧倒的な強さだ。
速度だけでなく、力でも負けていない。
打ち下ろされた大剣を正面から受け止めて、弾き返した。
バランスを崩した相手を蹴飛ばし、胸を踏みつけて、嗚咽を上げさせる。
「次」
相手を戦闘不能にして、ナオは兵士達に目を向けた。
感情の見えない無機質な赤い瞳だ。
「――士官を希望する者、この私に意見のある者は、前に出よ」
見れば脇に、大勢の半殺しにされたらしき兵士がいた。
治療を受けて傷はだいたい回復しているが、意気の方は削がれているようだ。
「次は俺だぁ! ぐはっ!」
前に出た瞬間、剣の柄で腹をえぐられて、熊の大男は倒れた。
「次」
ナオが言う。
ボクはナオのことは、竜の里にいた頃から知っている。
カメの子だった頃だ。
だけどもはや、完全に別人だね。
覚悟を決めまくって、迷いなく将官を演じている。
見ていると――。
やがてナオの前に出る者はいなくなった。
と思ったら。
「では、次は私がお願いしよう」
クウ!?
一瞬、ボクは見間違いかと思ったけど、それは間違いなくクウだ。
ただ、変装はしている。
白い仮面に、竜の里にあった古代の神子装束。
「クウ……?」
ナオが驚きを隠せない表情でつぶやく。
わかる。
ボクも驚いた。
「違う。私はソード。聖女親衛隊『ホーリー・シールド』序列第一位」
うわ。
クウ、ノリノリだ。
めっちゃカッコつけて言ってる!
笑えるんだけど!
クウの言葉を聞いて、広場にいた兵士達がざわめく。
それはそうだろう。
いきなり他国の、しかも大陸最強と名高い存在が目の前に現れて、自軍の長に対決を挑んでいるのだ。
「わかった。受けて立つ」
戦いが始まる。
ボクはその様子をそばで見ていた。
と言っても、姿は消したままだ。
ていうか、クウ。
どうせならボクにやらせてくれればよかったのに。
ボクがやりたかった。
なんか勝手に始めるから、ボクの出ていくタイミングがないんだけど。
戦いは壮絶だった。
兵士達の大半は、2人の動きを追いきれていない。
光と闇を身に宿したナオは、もはや超人だ。
もともと並のニンゲン以上だったけど、あのクウと互角に打ち合えている。
もっとも……。
クウが本気を出しているかはわからないけど。
戦いは、両者の剣が同時に弾かれて、地面に落ちたところでおわった。
「そこまで」
と、ボクは姿を見せて、間に入った。
やっと出番だね!
「久しぶり、ナオ。元気そうだね」
ボクは笑った。
「ゼノ……。どうして……ここに?」
またもナオが驚いた顔を見せた。
ふふっ。
クウの時よりも、明らかに驚いてくれたぞ。
ボクの勝ちだね!
「遊びに来たんだよ。暇だからね。それより何やってたの? こいつら全員ぶちのめすところとか? ボクがやろうか?」
というか、やりたい。
「じゃあ、せっかくだから」
「任せてっ!」
ナオが兵士達に向き合う。
「皆、ここにいる彼女は私の友人。わざわざ来てくれた。これから稽古をつけてくれるというから、胸を借りるといい」
すると不満が起きた。
「はぁ!? 銀狼主家たるナオ様ならともかく、こんなニンゲンのガキに俺らが胸を借りるとか正気――」
うるさいので黙らせた。
と言っても、闇のオーラを広げただけなんだけどね。
まあ、いいや。
とりあえず全員、静かになってくれた。
「よーし! キミタチ全員、いっぺんにかかってきていいよ! こういうバトルしてみたかったんだよね!」




