520 放課後のふわふわ工房
4月になって、私の家、ふわふわ工房にはフラウがやってきた。
「ただいまー」
「お帰りなのである」
「店長、お帰りなさい」
帰宅すると、フラウは今日も店番をしてくれていた。
エミリーちゃんも一緒だ。
2人はカウンターの席に並んで座っていた。
エミリーちゃんは、熱心にノートに何かを書いていた様子だった。
お客さんはいなかった。
「エミリーちゃん、なにしてたの?」
カバンを下ろして一息をつきつつ、私はたずねた。
「はい、店長。以前に許可をいただいていたので、お客さまが来るまで、算術の勉強をしていました」
「エミリーはなかなかに優秀なのである」
「へー。すごいねー」
「ありがとうございます」
ノートにはフラウが手書きした問題が書かれていて、それをエミリーちゃんが解いていたようだ。
問題は、3桁の足し算と引き算だった。
うむ。
まだなんとか、私の方がかしこそうだ。
よかったよかった。
「あとクウちゃん、今日は武具の注文があったのである。これが注文表になるので確認をお願いするのである」
「りょーかーい」
書類を受け取って、内容を確かめる。
問題はなさそうだ。
私は、イメージだけではなくて、ユーザーインターフェースから数値を入力することでも武具生成が可能だ。
注文表は、以前にヒオリさんがそれに合わせて作ってくれた。
「あとボンバーという者が、クウちゃんによろしくと言っていたのである」
「うげ」
「最近、会えないと寂しがっていたのである」
たしかに最近、若手冒険者のみんなとは会っていない。
タタくんとボンバーは学院を卒業した。
4月からは本格的な冒険者生活だ。
私、つくづく思う。
ボンバーと入れ違いの入学になって、本当によかった!
私が新入生でボンバーが最高学年だったりしたら、私、入学3日で退学していた自信があるよ確実に!
「タタくんも一緒だったかな? みんな、元気そうだった?」
「皆、元気だったのである。彼らは、来週から大規模商隊の護衛でジルドリア王国に行くとのことである」
「へー。いきなりいい仕事もらってるねー」
ボンバーたちは若手の新人だけど禁区調査での実績がある。
すでに一定の信頼は得ているようだ。
「帝国と山脈の向こう側の国との関係が改善されて、今、交易の仕事がものすごく増えているそうです」
エミリーちゃんが言った。
うーむ。
なんてしっかりとした言葉遣いだろうか。
いちいち感心してしまう。
「クウちゃんは、今日は遅かったのであるな。学院で、なにか面白い事件でも起きたのであるか?」
「ううんー。私も勉強だよー。放課後に補習があってさー」
「で、あるか。天才のクウちゃんとはいえ、学院に入ったばかりでは、さすがに大変なのであるな」
フラウは私のことを未だに頭のいい子だと思っている。
エミリーちゃんには以前にバレたけど。
「フラウはどう? 仕事には慣れた?」
「問題ないのである。あるとすれば、不埒者が現れてくれなくて、暴れる機会がないことであるな」
「それ、現れなくていいよー」
エミリーちゃんが苦笑する。
「あはは。ならいっそ、帝国の騎士団でも鍛えてみる?」
「それも楽しそうではあるが、やはり妾は、クウちゃんのところにいたいので店番がいいのである」
「私もクウちゃんのところがいいです!」
「うむ。やはりクウちゃんが最高、幸せなのである」
たたた、と駆けてきたフラウが私の腰に抱きつく。
今日も頑張ってくれたお礼も込めて、私は受け止めてあげた。
最近の帰宅後の日課だ。
これだけ見ればフラウは普通の幼女だね。
実際には違うけど。
「エミリーちゃんもおいでー」
「私はいいです……。今は、仕事中なので……」
「もうおわりでいいよー。私が代わるから、今日はここまでねー。そもそもいつもより遅いし」
「……なら、わたしもいーい?」
「いいよー」
「やったー!」
というわけで2人を可愛がってあげた。
その後、私は1人になる。
エミリーちゃんが帰宅して、フラウがそれに同行する。
フラウはそのままお散歩タイムだ。
朝まで帰ってこないこともあるし、すぐに帰ってくることもある。
黒猫に化けて、義理の姉妹であるゼノと2人、アリスちゃんのところにいることもあるみたいだ。
制服姿のまま店番していると、ドアが開いた。
「いらっしゃいませー。って」
「クウちゃーーーーん!」
うわっ。
制服姿のセラが全力で走って抱きついてきた。
「どうしたの、セラ?」
「もー! 会いたかったですー!」
「あはは。そかー」
「やっほー。クウ」
「はは。モテモテだね、クウは」
少し遅れて、制服姿のアンジェとスオナがお店に入ってきた。
「もー! クウちゃん! 毎日待ってるのに、どうして学校でわたくしに会いに来てくれないんですかー!」
「いやー、そう言われてもー」
それは無理がありますよ。
「わたくしの方から行こうとすれば止められるし。クウちゃん、遊びに行ってもいいんですよね!?」
「え? ダメだよ?」
「どうしてですかぁぁぁぁぁ!」
「ほら、もう。クウが困ってるでしょ」
苦笑いしつつ、アンジェがセラを引き離してくれた。
スオナが言う。
「セラ、何度も言っているだろう? 僕達は残念ながら影響力を持っている。そんな僕達が迂闊なことすれば、せっかく平和に楽しい学院生活を送っているクウに迷惑がかかるよ」
「そうよ。そりゃ、私だってクウと遊びたいけど」
「ううう……。クウちゃーん! 明日からでも遅くありません! 魔術科に転入して下さい! わたくしは寂しくて死んでしまいます! クウちゃんがいないと生きていけませーん!」
「はいはい。わかったわかった」
なんとも慣れた様子でアンジェがセラをあやす。
もしかして、これ、日常なんだろうか。
他の人の前でやってなきゃいいけど……。
「ねえ、クウ。それで次の休日なんだけど。よかったら4人で遊ばない?」
アンジェが誘ってくれたけど――。
「ごめん。次の休日は、クラスの女の子の集まりがあるんだよ。貴族の子に無理やり誘われて断れなくってさー」
「へえ。いいわね。どこの家の子なの?」
「家の名前はそういえば、聞いていないなぁ……。エカテリーナって子なんだけどね。強引でさー」
悪い子ではないんだけどね。
正直、嫌いではない。
「エカテリーナですね……。覚えました……。その方、許しませんっ!」
「待ってねセラ!?」
「待ちません! わたくしからクウちゃんを奪うなんて!」
「奪われてないからね別に!?」
「じゃあ、クウ。その次はどう?」
「ごめーん。その次は、聖国でユイ――聖女ユイリアと面会なんだよー」
正確にはソード様として、「ホーリー・シールド」の新規加入者に稽古をつけることになっている。
「ユイさんも許しません!」
「大陸中の信者を敵に回すから本気でやめてね、それっ!」
アンジェが悲鳴みたいに叫んだ。
「ふえーん! クウちゃんが遊んでくれませんー!」
ああ、セラが泣いちゃった。
なんて情緒不安定な。
「ねえ、スオナ、アンジェ……」
「安心してくれたまえ。これでもセラは人前では立派な皇女殿下で、多くの生徒が憧れているよ」
「女の子からもキャーキャー言われて大変よねえ」
「はは。この姿は絶対に見せられないね」
2人の様子からして大丈夫なのだろう。
ならいいけど。
「ほらセラ、座って」
私はとりあえず、セラをお店の椅子に座らせた。
お客さんが来ると大変なので、外に出してあった看板をしまって、ドアに閉店の札をかけておく。




