52 アクセサリーの価値
お店は広くないので、ほんの少し歩けばアクセサリーコーナーだ。
棚にずらりと20個ほどの指輪やネックレスが置いてある。
すべてハイクオリティ品。
宝石と銀で作った品々だ。
一部の商品には金も使った。
「わあっ! どれも綺麗ですねっ! お父さまからいただいた誕生日プレゼントのネックレスが霞んでしまいますっ!」
「あはは。いくらなんでもそれはお世辞がすぎるよー」
皇妃様の感想が聞きたかったけど、皇妃様は1つ1つの品を、手に取っては真剣な目で見定めている。
しばらくは声をかけない方がよさそうだ。
と思ったら、ふいに私に目を向けてきた。
「……クウちゃん」
「はいっ!」
「すべて買います。おいくらですか?」
「えっと」
売るのはいいけど、実はまだ値段を決めていない。
「なら、ひとつ銀貨4枚でどうでしょうか」
先日、お姉さんにサービスってことで銀貨2枚で売ったので、その倍。
ひとつ4万円。
なかなかの値段だ。
「クウちゃん。物の価値は正しく認識しなければなりません。でないと市場に大きな混乱を招くことになります」
「はい……」
「せめて金貨の単位で販売するべきです」
「そんなにですかっ!?」
最低10万円以上!
「わたくしはこれらの宝石のカットデザインを見たことがありません。ふわふわ工房オリジナルと呼んでよいでしょう。細工も繊細かつ斬新で見事です。ドワーフの名工に引けを取っていません」
「そうなんだぁ……」
「あと念の為に言っておきますが、もしもミスリルでアクセサリーを作るのなら金貨1000枚以上の価格にするべきです」
「1000枚ですかっ!? アクセサリーに使うのなんて少量ですよ!?」
インゴットひとつで10個も作れるのだ。
「それほどミスリルの加工は難しいのです。この国の最高位にあるわたくしでさえ、古い指輪で持つだけです」
「……でも、そんなに高くしたら売れないんじゃ」
「貴族や大商人が欲すること請け合いです。先程の小物も奇跡の宝剣を前に必死になっていたでしょう?」
諭すように言われた。
おっしゃる通りすぎてグウの音も出ません。
クウちゃんだけに。
それはクウか!
じゃなくて。
よく盗まれなかったものだ。
考えてみるとウェルダン、高慢で嫌なヤツだったけど、根っからの悪党ってわけではないのかもしれない。
ゴロツキの手下はいなさそうだったし、奪わずに待っていたし。
……酷い罪になりそうだったら、嘆願してあげよう。
「私、普通の人と楽しく商売がしたいです」
「アクセサリーについては難しいと思いますよ。銀のみにしたところで細工が素晴らしいのでいずれ貴族や富豪の目に止まります」
「そかー」
出来がよすぎるのも問題ということか。
私としては、一般市民や冒険者の人が気楽に来てくれて、気楽に買っていってくれるお店にしたい。
貴族や富豪を相手にした堅苦しいお店は遠慮したい。
絶対、すぐに疲れて嫌になる。
「それで、売っていただけるのかしら?」
「はい。売ります。アクセサリーは一度お店から無くしたいですし。あ、ミスリルが貴重なら一通り作っておまけしますね。皇妃様とセラと、お姉さんの分かな? 3セットくらいなら一晩で作れるので」
「……クウちゃんは、わたくしの言葉を理解していますか?」
「していますよー! ミスリルで商売はできなさそうだから、プレゼントしちゃおうってことですっ!」
「……本当にいただけるのですか?」
「皇妃様たちにあげるだけなら、市場を狂わせたりしないですよね」
なんといっても最高権力者だ。
「そのかわりトラブルがあった時、助けてほしいなーと」
「わかりました。約束しましょう」
「ありがとうございますっ! 純度100%でお届けしますねっ!」
よし勝った!
これぞまさに、お金で買えない価値!
「もらってばかりで申し訳ないです……」
セラはしゅんとしてしまっている。
そんなセラの肩を、しゃがんだ皇妃様がガッチリと掴む。
「セラ、友人からの贈り物なのですよ。きちんと喜ぶのが礼儀というものです。
それによいですか?
ミスリルですよ、ミスリルなのです。
どれだけお金を積んでも手に入る代物ではありません。
わたくしたちが揃って身につければ、もはや社交の場において帝室の権威は揺るぎなきものとなります。
これは素晴らしいことなのですよ。
権威が揺るぎないからこそ、世は安定するのですから」
皇妃様が語る。
聞いていて軽く引くほどの熱意を感じた。
「えっと、宝石はどうしますか? つけますか?」
「不要です。ミスリルのみで作ってもらえると嬉しいわ。ふふ。見る目のない者が宝石の有無で優位を誇ろうとしてきた時のことを考えると、うふふふ……。今から笑いがこぼれてしまいますね」
マウントの取り合いは、やっぱりどこの世界でもあるんだねえ。
前世ではエリカがいつもやっていた。
「防御効果もつけようと思うんですが、いいですか?」
「ぜひともお願いします」
「わかりました。あと、私が作ったことは秘密にしてもらえると嬉しいです」
「もちろん約束するわ」
「あ、陛下やバルターさんには言っておいてもらえると助かります。あとでバレると怒られるので」
「わかったわ」
「あの、クウちゃん。ありがとうございますっ!」
「どういたしまして」
セラが笑顔を見せてくれた後はアクセサリーを執事さんに引き取ってもらった。
お金は多額になるので、後日、大宮殿でということになった。
多額。
一体、いくらになるのだろうか……。
武具の棚に戻る。
棚には、護衛の人がすでに紙を置いてくれていた。
どの武具も品質がよくて、相場の2倍は取るべきだと言われた。
「さすがはクウちゃんですけれど、どうしても高級店になってしまいますね」
セラに同情される。
「う、うん……」
「いっそあきらめて高級店にしてしまっては?」
「それは嫌だー」
なんとかせねばっ!
いや、待て。
そもそもうちは工房なのだ。
お店に置くのはサンプルだけで、売り物は受注生産でもいい。
最初はその計画だったはずだ。
そして、ショーウィンドウに置くのはブロンズ装備。
思わず自慢したくてミスリルソードなんて置いてしまったけど、お金持ちを相手にするお店ではない。
店頭を飾るのがブロンズ装備ならお金持ちはスルーするだろうし、逆に新米冒険者は入りやすい。
あとは話してみて、いい人そうなら上質の装備を提案してあげればいい。
いやでも……。
少しは商品があったほうがいいよね。
気軽に入って、気軽にものが買えるお店でもありたい。
そんなことをセラと皇妃様に相談したところ、セラが最高の提案をしてくれた。
「かわいい小物はどうですか? オルゴールとかクッションとか。女の子のお客さんが来てくれそうですよね」
「それだっ!」
まさに、脳天直撃。
「……セラ、ありがとう。どうして私は気づかなかったんだろうね」
「お役に立てたのなら嬉しいです」
「うん。ありがとう。ありがとう。なぜか不思議なことに、戦闘用の装備品にしか気が向いていなかったよ」
アクセサリーも私の中では、付与効果をつけて戦闘で使うものだった。
生成技能で作れるのは武具だけではない。
オシャレ用品もある。
マイハウスに置く様々な調度品も生成のレシピにはあった。
ランプ、オルゴール、クッション、ぬいぐるみ。
あと、時計も作れるのかそういえば。
しかも今までの経験で、しっかりとイメージすれば完成品の形容を変えられることも判明している。
前世での知識を活かせば、いくらでも可愛いものが作れる。
「私、グッズのお店にするっ! 女の子が来るお店にするっ!」
「はいっ! 楽しみですっ!」
「あ、でも武具を売るみたいな宣伝もしちゃったから、武具の注文を受けつつ、可愛いお店にするよっ!」
「はいっ! 楽しみですっ!」
「それはなんとも個性的なお店になりそうですね」
皇妃様にくすりと笑われた。
恥ずかし。
ちょっと興奮しすぎた。




