514 カメの子、4人
エントランスでは、ナオにユイが抱きついて再会を喜んでいた。
というか、ユイがわんわん泣いていた。
とりあえず引き離して、上層へと転移で上がった。
まずは竜の里の長であるフラウに挨拶。
フラウは快く一時滞在を認めてくれて、元いた部屋を貸してくれた。
クナの同行も許可してくれた。
クナはまだ、ナオに抱かれて寝ている。
フラウたち竜の人とは、後で一緒に食事を取ることになった。
というわけで。
私たちは、久しぶりにナオの部屋に入った。
「懐かしい」
ナオが感慨深げに自分の部屋を見渡す。
壁には甲羅がかけてある。
4つ。
ナオはクナを自分のベッドに寝かせる。
その後で破れた服を脱ぐと、恥ずかしがる様子もなく着替えて、最後に甲羅アーマーを身に着けた。
「カメの子、復活」
ぴこぴこと、耳と尻尾を揺らして、ナオは無表情に言った。
「なつかしー!」
その姿にユイが手をあわせて喜ぶ。
「ねえ、ナオ。私も服を借りていい? 私もカメの子になろうかなー」
「いい。好きに使って」
「え。ユイ、本気ですの?」
カメの子になろうとするユイに、エリカが驚いた声をあげた。
ユイは笑顔でうなずく。
「うん。エリカもなろ」
「わたくしはちょっと……。遠慮しておきますわ」
「そんなこと言わずに、ほらっ!」
ユイが強引にエリカを連れて行って、洋服棚の前で脱がす。
エリカは嫌がって抵抗するけど、いつの間にか、肉体能力にはかなりの差が生まれていたようだ。
聖女として幼年期から光の魔術を使ってきたユイのレベルは、かなり上がっているのだろう。
結局、されるがままに脱がされてエリカはカメの子になった。
ユイもカメの子になった。
「ホント、なつかしー! こうやって3人でいるの、いいねー」
ユイがナオとエリカの手を取って、素直に喜ぶ。
「……本当にもう。でも、そうですわね。こうしてカメになってしまうと、最近では遠ざかるばかりの前世も、不思議と身近に感じますの。たまにはこうして原点に戻るのもいいですわね」
エリカも結局、まんざらではなさそうだ。
私は笑顔でそれを見ていた。
うん。
私、ぽつんとね。
ひとりでね。
手を取り合う3人のことを見ていますよ。
なんか気のせいか、こうなるパターン、多いね。
寂しいね、私。
「クウも、カメになろう」
そんな私に気づいたナオが、声をかけてくれた。
「私? えっと、どうしようかなー」
あはは。
羨ましく見ていたけど、じゃあ、私もカメになろうかと思うと、正直なところ抵抗感があります。
だって、うん、お揃いと言ってもカメだしね……。
「ほら、クウ」
ナオが私の手を取った。
「そうだね、クウ」
もう一方の手を、ユイが取ってくれた。
「さあ。クウもこちらにどうぞ」
最後にエリカが、手招きして私のことを呼んだ。
「もう。しょうがないなー。今回だけだよー」
私はへらへら笑いながら、されるがまま、ついに。
まさかの。
カメの子へと変身した。
「おめでとう、クウ。カメの子4号だね」
「爆誕」
「ふふ。似合いますの」
3人が拍手で迎えてくれる。
「……なんか、かなり恥ずかしいね、これ」
わかっちゃいたけど。
「すぐに慣れますの。わたくしもここに来た時はそうでしたわ。着替えたからにはあきらめが肝心ですの」
「さあ、じゃあ、カメの子になったところで。ねえ、ナオ。まずはナオの話を聞かせて。私たち、ずっとナオのことを心配していたんだよ? 銀狼の子が王都や聖都に来たって話は全然入って来ないし。今までどこで何をしていたの? お姉さんには会えた? ナオ、魔力覚醒しているよね?」
ユイがまくし立てる。
「まずは座ろ」
立ったまま話すのもなんだし。
みんなで床に座った。
その後で、帝都の紅茶を淹れてあげる。
あと、スイーツも出した。
そうして私たちは、落ち着いてナオの話を聞いた。
もっとも私は、すでに知っているけど。
初めて聞くエリカとユイは、途中から完全に真剣な表情になっていた。
話を聞いて、ユイはつぶやいた。
「呪具を作る悪魔と、転移魔法を使う悪魔か……。厄介だね……。なんとか捕まえられればいいけど」
「メティネイルの方は、1人で行動しているなら敵感知か魔力感知で捕捉することもできると思うけど――。フォグの方は難しいねえ。罠にかけて、メティと同時に拘束できればいいけど」
「罠ですか……。それはたとえば、餌でおびき出す、とかですの?」
エリカの視線は、寝ているクナにある。
「それは駄目」
ナオが厳しい声で言う。
「……ナオはあの子を連れて行くんですのよね? となると、いつどこで襲撃があるかわかりませんが、大丈夫ですの?」
「悪魔はクウのことを過剰に警戒していた。だから、たぶん、クナに近づいてくることはないと思う」
「期待だけですわよね、それは」
「そう言われると反論できない。でも、大丈夫」
「何故ですの?」
「私が徹底的に恨みを買った。多分、来るとしても私のところ」
「まったく大丈夫ではありませんわね。とはいえ、勇者への道を開いた今のナオであれば、どうにかなりそうですけれど。いっそ、この子は、クウに預けてしまうのはいかがかしら?」
「ごめん。さすがに、幼い子の命を責任持って預かることはできないよ。ナオには申し訳ないけど」
「ならさ、ナオ、聖都に来なよ。私がいて、リトがいて、ナオがいて、あとソード様がいてくれれば、確実に守れると思うよ」
ユイが名案のように言うけど、ソード様は帝都在住だからね?
ナオは首を横に振った。
「私は戦うと決めた。ド・ミの国を取り戻す。だから聖都には行けない。気持ちだけありがとう」
「……戦争、するんですの?」
「うん。する」
ナオは断言した。
「王国の立場としては、積極的な協力はできませんの。トリスティン王国とは長い付き合いがありますし」
「私はナオを応援するよっ! ……個人的にだけど」
「個人としてなら、わたくしもですわ」
ユイとエリカが言う。
「みんなには、迷惑はかけたくない。できれば、敵対もしたくない。見守っていてくれると嬉しい」
「祖国を取り戻した後、調停が必要な時には相談して下さいですの」
「私も! その時なら聖女として、ちゃんと力になれるよ!」
「うん。その時には、お願い。ありがとう」
「私は――。悪魔が出た時かな」
「うん。その時には、クウに頼りたい。お願いします」
「任せてっ!」
悪魔退治ならば、まさしく私のお仕事だ。
「でも結局、今回も魔王は出てこなかったんだよね? 姿どころか名前も。どういうことなんだろうね」
ユイが首を傾げる。
それは私も疑問に思うところだった。
エリカが肩をすくめる。
「まだわたくしたちは11歳ですの。ゲーム的に考えれば、魔王と雌雄を決するには早すぎますの。なので成人してからなのかも知れませんわね。魔王のイベントが発生するのは」
なるほど。
言われて見れば、それは一理ある。
この世界はいろいろとゲームっぽいところがあるし。
特にダンジョンとか。
「私の人生、七難八苦。泣きたい」
ナオはそう言うと、バタンと前に倒れて、床に顔をつけた。
そして、つぶやくのだ。
「……もう泣かないけど」
と――。




