51 またこのタイプか!
近づいて気づいたけど、馬車の奥に3人の男性がいた。
すぐに思った。
これはダメなやつかもしれない。
だって3人とも、いかにも暴力を生業にしていそうな雰囲気だ。
ただ、敵感知に反応はない。
なのでとりあえず近づいて話しかけてみた。
「あの、なにかご用ですか?」
「ああ? なんだガキ、あっち行ってろ」
うん。
ゴロツキだ。
「ここ、私のお店なんですけど?」
「ああ!? ――おい」
リーダーらしきゴロツキに言われて、別のゴロツキが馬車のドアを軽く叩く。
「ウェルダンさん、店の者が来たようですよ」
「ようやくか。待たせおって」
馬車から人が降りてきた。
再び思った。
これはダメだ。
現れたのは、いかにも高慢そうな痩せた中年の男性だった。
足が悪いわけでもなさそうなのに杖を持っている。
杖にはこれでもかと宝石があしらわれているから、たぶん、金持ちであることを見せびらかすための品だ。
彼がウェルダンのようだった。
ウェルダンは私を見下ろすと、フンと鼻で笑った。
「私は客だ。買ってやるから早く店を開けろ」
「と言われましても……」
「安心しろ。即金で買ってやる」
続いて降りてきた使用人の青年の手には、重たそうなバッグがあった。
「あの、何をお望みで……?」
「まずはあれだ。あの剣を寄越せ」
ウェルダンが杖で指し示すのはショーウィンドウのミスリルソード。
絶対に売っちゃいけないチートな逸品だった。
「金貨100枚をこの場でくれてやる。出してこい」
「無理です」
そもそも原価で金貨200枚だし。
「ではいくらだ?」
「すみません、売れない商品なんです。あと予約が入っているので、お店のものを売るのも無理です」
先にアクセサリーを買われたら皇妃様が絶対に怒るし。
「なんだと! 貴様、この私を誰だと思っている!」
「誰なんですか?」
「この私は、この帝都を陰から支配する大商会、ウェーバー商会において20人いる幹部の内の1人、ウェルダン・ナマニエル様だ! たかがハイエルフの一匹――他国では貴族扱いかもしれんが、この帝都ではただの亜人! どうとでもできるとよく理解した上で言葉を選ぶことだな!」
じょ、情報が多すぎて混乱する。
まずアレだ。
ウェルダンなのにナマニエルってなに!?
あなた絶対、体の中までしっかり焼けているはずだよね!?
あとハイエルフって、よくわかってなかったけど、貴族扱いされることもあるような存在なんだねえ。
というか、またこのタイプか!
前に、この私を誰だと思っている系のボンボン貴族、いたよね。
エミリーちゃんの住んでいる町に。
さらに、えっと。
「20分の1? しょぼくない?」
あまり偉くなさそうな気がする。
「しかも帝都を陰で支配って……。え、なに、悪の組織? ホントにいるんだねそういうことを真顔で言う人」
あ。
ウェルダンから敵反応が出た。
ただの客ではなくなってしまったようだ。
とはいえ自分で暴力を振るうつもりはないらしい。
怒りを必死に抑えてひとつ咳をつくと、ウェルダンがゴロツキに命じる。
「おまえら、この小娘を説得しろ。そうだな……。そこの物陰に連れて行ってものの道理をよく教えてやれ」
「はぁ? やるわけねーだろ。アンタ、いつもそんなことしてんのか?」
ゴロツキな人たちの反応は意外だった。
「俺たちゃ冒険者だぞ? 依頼を受けてアンタと金の警護をしているだけだ。やるなら自分の手下にやらせろ」
冒険者だったのか!
意外だ。
と言いたいところだけど、まあ、思い出してみれば、冒険者ギルドにいた人たちもガラは悪かったね。
「トミー、やってこい!」
「え、私ですか……? そんな無茶な……」
「いいからやれ。説得するだけだ」
「やれ!」
「む、無理ですっ!」
ああ、かわいそうに。
杖で叩かれて、使用人の青年がしゃがみこんでしまった。
「やれ! 命令だ。解雇するぞ!」
「勘弁してくださいっ! 私はただの会計係ですっ!」
というか、荒事を命じられる部下もいないってことは、20人の内の1人って大したことないよね、確実に。
「まったく、いつまでも何をしているのかしら」
声がして振り向くと、皇妃様とセラがうしろに立っていた。
待ちかねて馬車から出てきたらしい。
両脇には護衛の2人がいる。
「貴方、申し訳ないのですけれど、今日はわたくしたちの貸し切りなの。出直してくださるかしら?」
「これはこれは。どこの奥様かは存じませんが、この私を誰だと――」
ウェルダンが皇妃様に近づこうとする。
護衛の2人が前に出る。
同時に、どこからともなく現れた忍び装束な人の手によって、ウェルダンは地面に押し倒された。
銀色の尻尾が陽射しに輝く、獣人のお姉さんだ。
私には見覚えがある。
この人、ネミエの町で私を助けてくれた人じゃないだろうか。
少なくとも体格と尻尾は同じだ。
「な、なにをする……!」
「あのー、皇妃様」
「こ、皇妃様っ!?」
「この人、帝都を陰で支配しているとか言っていたので、しっかり話を聞いたほうがいいと思います」
たぶん中二病だと思うけど、一応、伝えておく。
「――連れていきなさい。厳しく問い質すように」
「はっ!」
ウェルダンを気絶させ、お姉さんが担いだ。
次の瞬間には担いだウェルダンごとお姉さんは屋根の上に跳び、姿を消した。
驚異の身体能力だ。
銀色の尻尾だし、もしかしたらナオと同じ銀狼族なのかもしれない。
ナオは、銀狼族はフィジカル最強と言っていたし、あり得る。
「お、俺たちは無関係だからな!?」
両手を上げて、ゴロツキにしか見えない冒険者たちが訴える。
「そうなの? クウちゃん」
「はい。こんな見た目ですけど、悪事に手を染めるつもりはないようでした」
「ならいいわ。そこの邪魔な馬車に乗って早く立ち去りなさい」
「わかりましたっ!」
ようやく一息をついて、お店のドアを開けることができた。
まったく災難だった。
まあ、私がよく調べもせずにチートなミスリルソードをショーウィンドウに置いたのが悪いんだけど。
ミスリルソードは、すぐにアイテム欄に入れた。
残念だけど封印だ。
「すみません、お待たせしましたっ!
ふわふわ美少女のなんでも工房へようこそ!
お入りくださいっ!」
どんな感想をくれるのだろうか。
ドキドキしながら、皇妃様とセラをお店の中に招いた。
「うわぁ。武器と防具がたくさん。これ、クウちゃんが作ったんですか?」
「そだよー。全部、私の手作り」
「すごいですっ!」
セラが手を合わせて感動してくれる。
「たいしたものですね。品質もよいようです。値札がありませんが、クウちゃんはこれをいくらで売るつもりなのかしら?」
「えっと」
皇妃様に問われて、私は困った。
「実は決めてなくて。いくらがいいと思いますか?」
「レリウス」
「はっ!」
皇妃様が呼ぶと、うしろに控えていた護衛の人が敬礼して答えた。
「ここに陳列されている武具の値段を、貴方の常識の範疇でいいから紙に書いて置いていきなさい。紙と筆は馬車の中に入っているわ」
「了解でありますっ!」
「さあ、クウちゃん。アクセサリーを見せてくださるかしら」
「はいっ」




