5 冒険者を希望する
大通りを歩いて冒険者ギルドに向かう。
昼になっても街は賑やかだ。
昨夜の祝福の興奮が収まることなく続いている。
私は姿を消すことなく普通に歩いた。
最初は念の為に『透化』していたのだけど、姿を消すと、太陽の暖かさや風の心地よさや屋台から広がる肉の匂いがすべて消えてしまった。
昨日の夜は祝福の余韻もあったし、初めての異世界で私も興奮していたし、ぜんぜん気づかなかったけど……。
どうやら『透化』の能力は、単に姿を消すだけではなくて霊体化する能力へと変化しているようだった。
なにしろ、壁をすり抜けることも自在だった。
私は、ほんのちょっとだけ思ったものだった。
……これって、金銀財宝を盗みたい放題だね。
もちろんしないけど。
そんなことをする度胸はないです。
なんにしても、せっかく異世界の街を歩いているのに無機質なのは寂しい。
光も匂いも感じたいのだ。
途中で広場を通ったら、大きな女神像があった。
アシス様に似ているなーと思って近づいたら、台座に創造神アシスシェーラの像と書かれていた。
アシス様いるじゃん!
精霊じゃなくてこっちに祈ろうよ!
思わず叫びかけてしまった。
この世界の宗教は、どういう構造になっているのだろうか。
それにしても帝都は広い。
大通りをまっすぐに進むだけでいいので、冒険者ギルドまで迷わずに行くことはできそうだけど……。
そんなに遠くないってメアリーさんは言っていたけど……。
気づいたら、なんか気が抜けていて、幽霊みたいに膝を曲げて、ふわふわと浮かんで進んでいた。
どうも視線を感じるなぁと思ったら、そういうことだった。
浮かんでいる方が、今の私には楽な姿勢のようだ。
まあ、いいや。
面倒なのでこのまま行こう。
やがて、冒険者ギルドには無事に到着した。
儲かっているのだろう。
大きな建物だった。
布で巻いた武器を身につけた人たちが出入りしている。
私は着地して、歩いて中に入った。
「おお」
思わず声が出た。
なんというか、うん、イメージ通り。
奥に受付窓口があって、受付のお姉さんが冒険者とやりとりをしている。
壁のボードには、たくさんの依頼書が貼ってあった。
ロビーはパブも兼ねていて、カードで遊んだり飲んでいる人がいる。
ガラの悪そうな人もいる。
だけど、誰も絡んでは来なかった。
私は、何事もなく受付窓口にたどり着いた。
「えっと、すみません」
「はい! しばらくお待ちください!」
私が声をかけると、受付のお姉さんが奥に走り去った。
ん?
わけがわからずに待っていると、すぐに息を切らしながら戻ってきた。
「どうぞ。対応させていただきますので個室へご案内します」
「はい。ありがとうございます」
よくわからないけど、話を聞いてくれるならよしとしよう。
私は素直についていった。
「それで、どういったご用件で?」
「実は私、こう見えて人間の22歳なんですけど、冒険者になりたくて……」
少しだけ嘘をついてしまった。
だって精霊と言っても信じてもらえないだろうし。
でもまあ、子供はダメって言われそうだなぁ。
と思ったらあっさり了承された。
「それでは、魔道具にて素性を鑑定させていただきますが、よろしいですか?」
「はい。平気です」
うなずくしかないのでうなずいたけど、これはダメかも知れない。
とはいえ今更どうにもならない。
いざという時には、笑ってごまかそう、うん。
「あと申し訳ありません。少し事情があってギルドマスターも同席しますが……。よろしいですか?」
「はい。いいですけど……」
なんだろうか。
不穏な空気を感じなくはないけど、これもまたうなずくしかない状況だ。
お姉さんは部屋を出ると、また走っていった。
しばらくすると、筋骨隆々とした中年の大男と一緒に戻ってくる。
いかにも歴戦のツワモノだ。
「おう、俺が冒険者ギルドのマスター、ギルガ・グレイドールだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
「なるほどな。たしかに、青空の色みてーな髪だ。これか」
「……あの、なんでしょうか?」
「あー悪い悪い。なんでもないぞ。おう」
いや、うん。
絶対に確実になにかある状態だよね、これは。
「じゃあ、さっそくだがこれに手を置け。これは『女神の瞳』と言ってな、触れた者の素性を映す魔道具だ」
テーブルの上に置かれたのは、黒くて艶やかな板だった。
たくさんの小さな光が点滅している。
私は言われた通りに手を置いた。
すると、すごいことに、手の甲の上にスクリーンが浮かび上がった。
やがてスクリーンに文字が現れる。
氏名:クウ・マイヤ
種族:精霊
出身:神界
年齢:11
犯罪記録:なし
「……えーと。……クウ・マイヤさんですね。……精霊の、11歳。……神界のご出身なんですねえ」
「みたいですね。私も知りませんでした」
私のステータス画面には、なかった情報だ。
「確か、人間の22歳とおっしゃられていたような……」
「あはは」
「えーと」
受付のお姉さんは固まってしまった。
「おし、わかった! おまえは人間の22歳! それで冒険者カードを作ってやるから死なない範囲で好きにしろ!」
「おお。ありがとうございます」
もうダメかと思いきや、あっさりギルドマスターが認めてくれた。
「ダ、ダメですよ! なにをそんな簡単に認めているんですか! そもそも精霊ですよ! 精霊様ですよ!?」
「様じゃないけどねー」
「だいたい11歳ですよ! まだ子供ですよ!」
「大丈夫だ。安心しろ。すべて上からの指示だ」
そうなのか。
なにがどうなっているんだろう。
「私、どっかに連行されちゃう感じ?」
「ああ? んなわけねーだろ。死なない範囲で好きにしろって言ったろうが!」
「ならいいけど。じゃあ、いろんなことを教えて?」
「ああああ?」
迷惑そうに睨まれた。
「私、この国に来たばかりで、まだなんにも知らなくて。国のこととか宗教のこととか教えてくれると助かるなーって」
「……俺はカードを作ってくる。後は任せたぞ、リリア」
ため息をついて、ギルドマスターは部屋を出て行ってしまった。
私は受付のお姉さんと二人きりになった。
「リリアさんっていうんですね、よろしくお願いします」
「はい。えーと、精霊様?」
「様じゃなくて、私、22歳の普通の人間だよ?」
「と言われましても」
「クウ。クウちゃんでいいよ。普通にしゃべってね、様とかいらないし。私はリリアさんって呼ばせてもらうね」
「……はぁ。もういいです、わかりました。それで何が聞きたいの?」
「私ってどういう状態なの? なんか対応がすごかったけど」
知りたいことは多いけどまずは自分のことだ。
「朝、マスターから告知があっただけよ。空色の髪の女の子がもしもやってきたら、とにかく普通に扱って俺を呼べってね」
「誰の指示なんだろ?」
上とか言っていたけど。
「私、余計なことは聞かない主義なの」
「まあいいか。じゃさ、宗教のこと教えてよ。なんで精霊なの? 創造神様だって知られているんだよね」
「それは精霊様が、この世界を守ってくれているからに決まってるじゃない。季節を巡らせて、光を与えてくれて、雨を与えてくれて、大地を豊かにしてくれて、命を与えてくれて――いるんだよね?」
「私に聞かれても」
困るというものだ。
「……クウちゃんは、精霊様だよね?」
「うん。そうなんだけど」
精霊と言ってもゲームキャラからのコンバートなので。
ともかくこの大陸では精霊を神と崇める精霊神教が大正義のようだ。
「そういえば、神官が許されたとか言っていたけど、何かあるの?」
「ああ、それね。千年前に、精霊界とこちらの世界をつないで無限の魔力を得ようとする計画があったって記録が残っていてね――」
こんな話だった。
昔、精霊はごく普通にこの世界――物質界でも暮らしていた。
精霊は、目には見えないし会話もできない存在だったけれど、人の願いを聞き、力を貸してくれていた。
人は精霊を愛し、精霊も人を愛した時代だった。
でも、精霊を拘束して、強引に魔力を引き出す技術が、大陸東端のギザス王国において発明されてしまった。
精霊はダンジョンで取れる魔石よりも、遥かに高出力に遥かに長い時間、魔道具を稼働させることができた。
ギザス王国はその技術を秘匿して利用し、他国から抜き出た繁栄を築いた。
さらに様々な研究が進められた結果、ついにギザス王国では精霊界への扉を開ける計画が立てられた。
多数の精霊を核として王国の中心地に巨大な塔が作られた。
成功すれば、世界中の魔力を独占して、名実ともにギザス王国が世界の指導者となる大計画だった。
結果として計画は失敗した。
塔は爆発し、王国全土は岩と毒沼しか存在しない不毛の荒れ地となり、一夜にしてギザス王国は滅びた。
もう千年も昔の話だが、今でもその土地は死に絶えたままで、『無の領域』と呼ばれているそうだ。
そして物質界から精霊は消えた。
だけど、今でも精霊は、精霊界から物質界の営みを守ってくれている。
精霊に感謝して、許しを請う。
そしていつか、再び戻ってきてくれることを願う。
それが精霊神教ということだった。
ちなみに精霊を拘束する技術は、ギザス王国と共に失われた。
魔道具も現存していないそうだ。
よかった!
「もちろん、創造神アシス様だって信仰しているわよ? でも創造神様は神界にいる御方で、この世界にいるわけではないよね。だから祈りは捧げるけど、感謝や願いの向かう先にはなっていない。って感じなんだけど……。合ってる?」
「私に聞かれても」
困るというものだ。
「クウちゃんは、神界生まれだよね? アシス様のご意思とかご意向とか、ご存知ではないのかな?」
「んー。信仰どうこうの話は聞いてないなぁ。たぶん気にしてないと思うよ。私もふわふわするだけでいいって言われてるし」
「ふわふわ?」
「そ」
ふわふわすることが私の仕事だ。
「ほら、こんな風に」
宙に浮いてみせた。
「これが私の仕事だよ」
「羨ましい仕事ねー」
「でしょー。でも、この仕事、お金にならないんだよね。だからお金を稼ぐために冒険者になろうと思ったのです」
「薬草採集とか、安全なのにしておきなさいね」
「ダンジョンに行くつもりなんだけど」
「クウちゃんには無理」
「無理じゃないよー。だって魔物って死ねば消えるんだよね? 血みどろでグログロしたりしないんだよね?」
「確かに死ねば消えるけど、殺すまでは血みどろでグログロよ?」
「……う」
そうなるのかぁ。
過程を考慮していなかった。
「で、でも、魔法で一撃で消滅させちゃえば」
「死体を残さないと、魔石が生まれないよ?」
「い、威力を調整して……と思ったけど、そんなことできるのかぁ!?」
少なくともゲームでは、魔法の威力は魔力に比例して一定だった。
「失敗したら食べられちゃうよ? 痛いよ? 怖いよ? 苦しいよ?」
「うううう……」
「薬草採集、頑張ろうね。ちゃんとやり方は教えてあげるから」
にっこりとリリアさんに微笑まれた。
「……はい」
国のことも教えてもらった。
バスティール帝国。
今から約300年前、前身となるティール王国が近隣諸国や獣人集落を攻め落として生まれた大国だ。
皇帝を頂点として貴族たちが国を支配している。
人間国家だけど、他種族にも平民としての暮らしが保証されている。
治世は安定している。
私も街を見てきたけど平和な雰囲気だった。
「そういえば、勇者とか聖女ってどうなんですか?」
「どうって?」
「ほら、いるのかなーって」
「勇者は知らないけど、聖女様ならいるんじゃない?」
「いるんだ」
「帝国にはいないよ? リゼス聖国に1人いるだけで」
「そこはどんな国なの? 聖女ってどんな存在?」
「リゼス聖国は、精霊神教の中心たる大聖堂がある宗教国家で、聖女様は光の魔術が使える特別な存在ね」
「おー。すごいんだ、聖女」
光の魔術って、私が使える白魔法の上位版なんだろうか。
白より光の方がすごそうだ。
「そりゃあね。光の魔術はどんな怪我や病気でも治せるって言うし。水の魔術の癒やしとは次元が違うみたいよ」
「どんな人が聖女なのかはわかる?」
「聖国の伯爵令嬢で、まだ11歳の女の子。クウちゃんと同い年だね」
「名前は?」
「ユイリア・オル・ノルンメスト。ユイ様って呼ばれて、聖国ではそれはもう愛されているみたいよ。たまに聖国からの商人がギルドに来るけど、会話すると呆れるくらいに自慢してくるし」
「おお……」
「彼女の公式姿絵なんて家が買えるくらいの値段に沸騰してて、それでも十年先まで予約が一杯なんだって。彼女個人を崇拝する団体もいくつもあるらしいよ。聖女親衛騎士団なんてのも結成されたって話だし」
「素晴らしい」
感動だ。
ユイは、信じられないレベルの愛され聖女になっている。
夢が叶って、毎日、楽しくて仕方ないだろう。
羨ましい。
しかし勇者の方は、知られた存在ではないようだった。
残念。
ナオ、転生の時に調子に乗って我に七難八苦とか言っていたけど、まさか本当に地獄の人生を送っていないよね。
アシス様は加減してくれているだろう。
うむ。
「あ、ならならっ! エリカって王女は? どこかの国にいない?」
「いるよ。ジルドリア王国の王女。エリカ・ライゼス・ジルドリア」
「すぐに言えるってことは、もしかして有名?」
「有名だよ。去年、国中を巻き込んだ誕生十年祭を催して、帝国にもその話題がすごく届いてきていたし」
なんと、国中の町と村にお祭りを開かせ、祝わせたのだそうだ。
王都に至っては一週間に渡るお祭りと盛大なパレード。
夜には多数の魔石を使って王城を照らし、その城内では国中の貴族を集めた豪華絢爛な舞踏会が開かれた。
エリカ王女は、それを自分で企画したという。
「……エリカ王女、嫌われてないよね?」
「嫌われてはいないと思うよ。だって国の負担で国中にお酒と料理が配られて、それはもう盛り上がったって言うし」
「ならいいけど……」
幼なじみを疑いすぎるのはよくない。
エリカはよい王女をやっている。
無駄遣いなんてしていない。
きっと予算の範囲内。
そうに違いない。
信じることにしよう。