497 閑話・皇帝ハイセルはかしこい精霊さんの学力を知る
「――それでは陛下、ご報告させていただきます」
「うむ。頼む」
2日に渡る授業がおわった。
俺は早速、教師を勤めたナティからの報告を聞く。
実に興味がある。
果たしてクウは、どこまで学院での授業についていけそうなのか。
クウが学院に入ることは、すでに決定事項だ。
皇帝たるこの俺、ハイセルが許可を出した。
加えて、帝国三公爵の全員からクウへの推薦状が出ていた。
たとえ、入試の結果が0点でも、入試をサボったとしても、クウが不合格になることはない。
だが――。
学院で、ちゃんと生活できるかどうかは別問題だ。
特に勉強については、学院のレベルについてこれそうなのかどうか、どうしても事前に確認しておく必要があった。
それで今回、セラフィーヌからの提案もあり、賢者ヒオリの同意も得て強引に勉強会を開いたわけだった。
クウのヤツは、嫌がって逃げ出すかとも思っていたが――。
意外にも2日間の勉強をやりきった。
クウを逃がすことなく頑張ってくれた教師のナティには、十分な感謝と褒美を与えねばならないだろう。
「まず、算学についてですが、問題ありませんでした。
十分に入試でも合格できる水準です。
足し算、引き算だけでなく、掛け算、割り算についても理解が及んでおり、紙上では4桁の計算も可能でした。
さらに学院で習うことになる上級算学についても、現段階において、ある程度の理解がありました。
語学についても合格圏内です。読み書きに加えて読解力も十分でした。
礼儀作法については、粗い部分はありますが、面接で必要とされる水準は十分に満たしております。
社会学と自然学においては――。
正直、厳しいものがありました。
この2日間、できるだけ丁寧に指導しましたが、申し訳ありません。
力になりきることができませんでした。
マイヤさんにおいては、学習能力は十分にあるかと思いますが――。
体で覚えるタイプと言いましょうか――。
単純に頭で記憶する作業を苦手としているようです」
一通りの報告をおえて、ナティが退出する。
「どう思う?」
俺はバルターにたずねた。
バルターは、壁際に控えて黙って話を聞いていた。
「正直に申しますと、予想外でした。まさかクウちゃんが、算学と語学で合格するだけの力を持っているとは」
「うむ。そうだな。俺も驚いた。どうせクウのことだ――。すべて不合格だと言われるかと思っていた」
「ですな」
バルターはうなずき、俺達は笑った。
「しかし、それならば、学院でもなんとか生活はできそうだな」
「左様で御座いますな。社会学や自然学といった、テスト範囲の記憶だけでも突破可能な科目ならば、セラフィーヌ殿下を始めとした友人達の助力で、なんとかなることでしょう」
「俺もそうだったしな」
俺はまた笑った。
俺は、学院生として優秀ではなかった。
剣と弓と馬には自信があったが、あとはせいぜい平均だった。
今でも思い出せる。
俺も学生時代は、バルターやアイネーシアにテスト範囲の暗記を助けてもらっていたものだ。
「クウちゃんには、ぜひとも学園生活を謳歌してほしいものです」
「聖女ユイリアに取られるわけにはいかんからな」
「まったくです」
「とはいえ、なんでも緩めれば良いというものではない。俺にも経験があるが、それでは面白くない」
「規則とは、突破してこそ楽しいものですしな」
「あまり好き勝手されても困るが、多少はな」
「その意味でも、例のソード様は、楽しい秘密の娯楽なのでしょうな」
気づけばクウのヤツは、聖女親衛隊の隊長となっていた。
しかも、聖国第一の実力者として。
聖都の上空で起きた魔物召喚事件には驚かされたものだ。
もっと驚かされたのは、それがすべて、クウと光の大精霊による自作自演ということだったが――。
「ああ、そうだ。ハロ家の娘の方はどうなった?」
「はい。問題ございません。本人の強い意思で、庶民向けの一般の学校への進学が決まりました」
マリエ・フォン・ハロは、扱いの難しい相手だ。
何しろ審判者マリーエとしての顔を持っている。
当事者達は、ただの遊びだと言っているが――。
その存在は遊びの域を超えた。
世間では、審判者マリーエは、神本人、あるいは神の化身なのだと、すでに信じられ始めている。
加えて、聖女ユイリアからの信頼も厚い。
その重要性を考えれば、帝都中央学院に入れるべきだが――。
アロド公爵家からも、マリエ・フォン・ハロを、急遽、アロド家の推薦で学院に入れたいとの打診が来ていた。
アロド家のディレーナは、聖女と薔薇姫を交えたお茶会に参加しており、マリエが審判者だと知っている。
聖都での騒ぎを聞き、その重要性に気づいたのだろう。
ハロ準男爵家は中央貴族であり、アロド家の下にある。
言われた通りに入れてしまえば、マリエ・フォン・ハロはディレーナと共に行動することになる。
セラフィーヌとは距離が出来るだろう。
それは避けたかった。
とはいえ、露骨に拒否しては、アロド家との仲が再び悪化する。
なので本人の意思に任せたのだ。
結果として、マリエ・フォン・ハロは良い選択をした。
学院ではなく、庶民向けの学校を選んだのだ。
この日の夕食は、クウと共に取った。
セラフィーヌにも散々愚痴ったようだが、まだ不満があるのか、食事の席でもクウは俺に文句を言ってきた。
「もー! 陛下も酷いですよー! 騙して勉強させるなんてー!」
「ふ。最後まで頑張ったのだろう? よくやったじゃないか」
「ナティさんって達人ですよね!? 逃げる隙がなかったんですよー!」
「はははっ! それはよかった」
「よくないですっ!」
俺が笑っていると、カイストが横から口を挟んでくる。
「……まったく、おまえときたら。いいか、クウ。それはすべて、おまえを心配して皆がやったことだ」
「頼んでませんっ!」
「なんだ、おまえは、頼まれなければ友を助けないのか?」
「……うう。それは、そんなことはないですけど!」
「だろう? 皆も同じだ。友だからこそ、心配したのだ。その気持ちを否定するほどおまえは薄情者ではあるまい?」
「うぐぐぐ……。はぁ……。もういいです……」
カイストは、すっかりクウの扱い方を覚えたようだ。
簡単に大人しくさせた。
「でもクウちゃん、すごいですよね! 全然勉強なんてしてなかったのに、算学と語学で合格するなんて! さすがはクウちゃんです! 帝国一! 大陸一! いいえ世界一の天才です!」
「あっはっはー! まあねー!」
すかさずセラフィーヌが持ち上げて、クウは上機嫌になった。
単純なヤツだ。
この後は楽しく、いつも通りの食事となった。
話題は、ほとんどが聖都での出来事――。
白仮面ソードのことだった。
最近ではすっかり戦闘訓練に夢中なアリーシャが強く興味を持って、あれやこれやと聞いていた。
クウは、自分がソードであることを隠しつつ、あくまで見ていた光景として答えていた。
もっとも冷静に聞いていれば、どう考えても本人なのではあるが……。
スーパースペシャルマックスバスター。
アリーシャは、特に、その秘奥義に夢中のようだった。




