494 閑話・見習い神官アイシアは頑張っている
「ええっ!? けけ、決闘ですか!?」
「神官たるもの、大きな声など出すものではありませんよ、アイシアさん。常に落ち着き冷静でなければ、誰に敬意を払われるというのです。私達は、皆の手本となるべき存在なのですよ」
「はい……。申し訳有りませんでした……」
また先輩神官に叱られてしまいました。
私は本当にまだまだです。
私はアイシア。
昔、聖女様に水の潜在魔力を見出されて、その時にいただいた紹介状だけを頼りに村から出てきた娘です。
今は無事、大聖堂に入ることが許されて、神官の見習いです。
仕事は大変です。
年末も年始も、休みはまったくなし。
今日も朝から、聖女様が新年の挨拶を行われる準備です。
聖女様は、できるだけ大勢の前で挨拶をしたいとのことで、場所は大聖堂ではなく中央広場です。
特設のステージを組み立てて、聖女様の移動される道を規制して、大勢の巡礼者を誘導して……。
トラブルに見舞われた人たちへの対応もあります。
「とはいえ、驚いているのは私も同じです。正確には、決闘ではなく2人での剣舞とのことですが――。事故を避けるためにも、ステージと最前列招待者席との距離を今の倍は空けることにしましょう」
「はい。わかりました。すぐにお願いしてきます」
「お願いではなく指示ですよ、アイシアさん」
「すいません、指示を出してきます」
私は走りかけて――歩いて現場に向かいます。
たとえ見習いでも、神官たる者は悠然としていなければなりません。
特に私は、聖女様の直接の口利きで大聖堂に入った身です。
なので、正直、ちょっとだけ注目されています。
私がヘマをすれば、聖女様の名に――。
いえ、私程度の存在で聖女様の名が傷つくことなんて有り得ませんが、それでも私自身が申し訳なく思います。
そんなこんなの内、慌ただしく準備はおわりました。
私はとにかく必死でした。
聖都に鐘が鳴って、新年の儀式が始まります。
広場にびっしりと人が集まる中、聖女様を始めとした精霊神教の重鎮の皆様がステージに上がります。
見慣れない方が1人いますが、その方は、なんと――。
帝国魔術の創設者にして賢者の称号を持ち、現在でも、帝国中央学院の学院長を務める伝説のハイエルフ――。
ヒオリ・メザ・ユドル様なのだそうです。
聖女様とは以前から交友があり、親しい仲なのだそうです。
儀式は滞りなく進みました。
聖女様の新年を祝うシンプルな挨拶から始まって、大司教様方や総大司教様の説教へと続きます。
説教の内容は、皆様、悪魔に関わることが中心でした。
それはそうでしょう。
なにしろ、つい先日、この聖都に悪魔の襲撃があったのですから。
まるで、襲撃なんてただの幻覚でしかなかったと言わんばかりの、聖女様の落ち着き払ったお姿に感化されて――。
聖都の住民は、皆、落ち着いたものですが――。
危機があったことは事実です。
精霊様への信仰心こそが悪魔の誘惑を跳ね除ける力なのだと、大司教様方は強く訴えておいででした。
最後に精霊様へと祈りを捧げて――。
例年なら、これで儀式はおわりです。
ただ今年は、ここからさらに聖女様がマイクを手に取りました。
「さあ、みなさん。
ここからは、新年を楽しむ余興です。
これからみなさんには、最高の剣舞を披露したいと思います。
舞うのは、今話題のこの2人!
紹介しますね!
『ホーリー・シールド』所属!
序列第一位ソード、序列第二位セイバー!」
まるで浮かび上がるように、聖女様の左右に、白仮面に素顔を隠した神子装束の2人が姿を現します。
会場にどよめきが走りました。
それはすぐに、歓声へと変わりました。
今や聖都で、ソード様たちのことが話題にならない日はありません。
最強の英雄です。
私も思わず、ソード様に見とれてしまいます。
今日も凛々しいお姿です。
ソード様の秘奥義――。
精霊の力を借りて放たれるという究極の剣技――。
スーパースペシャルマックスバスターは、今では多くの子供達が憧れて、傘や棒で真似をしています。
「この2人は、常に特別な任務についているので、なかなかみなさんの前に姿を見せることはできませんが――。
今日は新年なので特別です。
どうぞ、楽しんで御覧ください。
内容は、とても激しいですが、安全には十分に配慮しています。
問題ありませんので、大丈夫ですよ」
聖女様が朗らかに微笑みます。
聖女様が大丈夫と言うからには、大丈夫なのだと思います。
ただ、世の中に絶対はありません。
なにしろ戦うのは、あのソード様とセイバー様です。
どれだけのことになるのか想像ができません。
もしも事故があれば、聖女様の名を傷つけることになってしまいます。
なので神官は、いざという時に即座に防御魔術を展開できるように会場の周囲に臨戦態勢で待機します。
私は見習いなので、それには参加しませんが……。
かわりに――。
あ、広場の外で、迷子になっているらしき子供がいました。
私は近づいて声をかけます。
できることを精一杯、やっていこうと思います。
早く一人前になって――。
ううん――。
聖女様やソード様のように、みんなのために力を尽くせる人間になって――。
次にお会いした時、ちゃんと正面からお礼を言えるように。
アイシアは472話から473話でクウことソード様が助けた子です。




