488 大祭がおわって
「……もう駄目です。
本当にすいません生きててごめんなさい。
私、またやってしまいました。
なんですかヤマスバって……。
本当に意味がわかりませんよね何なんでしょうね、一体……」
「すごい盛り上がってたよ。気にすることないって」
ヤマスバ。
椅子に座ってうなだれるマリエを慰めつつ、思わず私も言いかけたけど、なんとか喉の奥でその言葉は堰き止めた。
大祭がおわって――。
私たちは今、一息をついている。
場所は大聖堂にあるユイの部屋。
部屋にいるのは、私、マリエ、ユイ、リト。
すべての事情を知っている4人だけだ。
私とリトは、念のため、まだソードとセイバーの格好でいる。
さすがに白仮面は外したけど。
ユイも神子服のままだ。
マリエだけは、すでに私服に戻った。
審判者マリーエ様は正体不明の存在。
出番がおわれば、何処かへと帰られていくのだ。
なので、まあ、いいよね。
マリエも完全にズーンとしてしまって、これ以上、マリーエ様として行動するのは無理だろうし。
ヤマスバ。
「でも、今日は私たち、カンペキだったね! リト、クウ、マリエちゃん、本当にありがとう! 助かったよー!」
ユイは上機嫌だ。
それはそうだろう。
なにしろ、すべてが驚くほど計画通りにいった。
ユイが疲れたフリをして、一旦、退場。
私も付き添って退場。
入れ違えで、私が悪魔として登場。
リトと悪魔が戦って、圧倒的な実力を見せつけた上で――。
さらに、魔物の軍勢の襲来を描いて――。
それを始末する。
カンペキだった。
ちなみに、聖都に振りまいた広域の祝福は、リトの力を借りながらとは言えユイが行使した魔法だ。
ユイは本当に強くなったものだ。
これでまだ成長途中なのだから、すごいね。
光の柱は、私の古代魔法『エンシェント・ホーリーヒール』だ。
本当に強くなったとはいえ、今のところ、まだユイは古代魔法まで使いこなすには至っていない。
なので私がやってあげた。
「これでトリスティンの連中も、大人しくしてくれるといいねー」
マリエの頭をヨシヨシしつつ私は言った。
「だねー。もっとも、ラムス王たちが大人しくしても、それだけで問題は解決しないんだけどねえ」
ユイがしみじみと言う。
「それって、獣人の奴隷問題とか?」
「うん。そ。でも、それについては政治の問題だし、あとはなんとか国のみんなと相談して対処していくよ」
「そかー」
私にも手伝えることがあれば手伝うけど。
政治の問題は無理だ。
「それにしてもクウ、あの時、空に現れた魔物の軍勢って、全部、ただの魔法の映像なんだよね?」
「そだよー。銀魔法のクリエイト・ミラージュ。いやー、さすがの私も、あれだけの量を描くのには苦労したよー」
「私、映像で見てて、まさか本当の敵襲!? って思っちゃったよ」
「頑張ったよー。輪郭程度とは言え、モヤの中から見えてくる感じ、けっこうリアルだったでしょー」
「うん。けっこうリアルだった」
「クウちゃん様の悪魔攻撃も、まさに本物でリトはひやひやだったのです」
「リトとの一騎打ちも楽しかったねー」
「なのです。いい練習になったのです」
「そだねー」
「まさに実戦さながらだったのです。クウちゃんさまは本当に悪魔――」
「は?」
「う、嘘なのです! なのですー!」
悲鳴を上げて、リトがユイに抱きついて逃げる。
まったく。
どうしてこう、いつもリトは一言余分なのか。
「あはは。リトさんは可愛らしいですねー」
元気が回復したのか、じゃれあうリトとユイを見てマリエが笑った。
はぁ。
まあ、いいか。
今日はマリエに免じて、許してやろう。
笑い合っていると、外からドアがノックされた。
エリカが面会に来たようだ。
すぐにユイが許可を出して、エリカが部屋に入ってくる。
「やっほー」
私は軽く手を振って出迎えた。
ずかずか部屋に入ってきたエリカが、ずい、と、私に顔を近づける。
「ソードというのは、クウのことですわよね?」
「う、うん。そうだけど……」
「では、セイバーというのは、リトさんのことですわよね?」
「うん。そうだね」
「やっぱり! そうだと思いましたの! 酷いですわ! わたくしには何も教えてくれないなんて!」
「いや、それはね? 決まったのが、昨日の今日だったんだよー。エリカはお父さんと一緒で話す時間なかったでしょ」
私は迫りくるエリカを両手で牽制しつつ、事情を伝える。
そんな中、ユイが超自慢げに煽ってくる。
「ふっふー。
エリカー、見てくれたよねー?
わ・た・し・の、『ホーリー・シールド』。
エリカんとこの『ローズ・レイピア』と、どっちが強いかなー」
「クウがいる時点で反則ですわ!」
「反則なんてありませーん。エリカんとこにもハースティオさんがいるでしょー。そんなのお互い様ですー」
「そちらにはリトさんがいるでしょう! それでおあいこですの! クウは反則ですわ明らかに!」
「そんなことはありませーん。クウはー、ソード様なのー」
「きぃぃぃ! 反則ですわー!」
「おーっほっほっほ」
エリカのマネをして、ユイが高笑いする。
煽ってるねー。
余程、『ローズ・レイピア』のことでマウントを取られていたのだろう。
なので私は余計なことは言わない。
放っておこう。
おかげで私は解放されたしね。
不毛な煽り合いの後、疲れた様子でエリカはたずねた。
「……結局、空の上に現れた魔物の軍勢というのは、全部、クウが魔法で作り出したただの映像なのですのね?」
「うん。そだよー」
「ほっとしましたわ。ハースティオから、あれは想像を絶する魔力で描かれた幻影だと聞いてはおりましたが、万が一のこともありますし」
「へー。ハースティオさん、さすがだねー。見破られたかー」
ちなみに敵を薙ぎ払った光の槍と波は、リトが発生させたものだ。
そのこともエリカには伝えた。
「悪魔も、現れたわけではないですのよね?」
「あれは私だよー」
「だと思いましたの。ユイと2人、抜群のタイミングで退場しましたし」
「あはは」
「ねえ、エリカ。お父さんは何か言ってた?」
ユイがたずねる。
するとエリカは深いため息をついた。
「……すっかり自信を失くされてしまいましたわ。時代が変わったって。もう自分にはついていけないって」
「なら、ついに王国はエリカの時代だね」
「気が重いですわ」
「エリカ、一緒に苦労しようねっ!」
エリカの手を取るユイは、ホントーに、ニッコニコだ。
「ねえ、エリカ。ラムス王の様子はどうだった?」
私はたずねた。
「うちのお父様と同じような有様でしたの。ソードとセイバー、あんな超人がいるなんて聞いていない。これからどうすればいいんだ、と、わたくしたちがいるのにうなだれてつぶやいておりましたわ。こちらも近い内、世代交代があるかも知れませんわね。もっとも、トリスティンの王子は、父親以上に評判の悪い男で、状況が良くなるとは思えませんが――」
「あ、それなら心配ないと思うよー」
「……どうしてですの?」
「だって、ねえ」
私はリトに視線を向けた。
リトが自慢げに答える。
「そいつのことなら心配無用なのです。リトが性格を反転させてやったので、今では完全な善人なのです」
「……それは本当なんですの? と、聞くだけ野暮ですわね」
「あはは。だねー」
私はとりあえず笑った。
「あと、もうひとつ、質問をいいかしら?」
エリカが気を取り直してたずねてくる。
なんでもいいよー、と、私が気楽に答えるとエリカは言った。
「ヤマスバ。とは、なんですの?」
「……え?」
「ヤマスバ、ですの」
次の瞬間。
「ぷはっ! げほっげほっ!」
ユイが飲みかけのお茶を盛大に吹き出して、苦しそうにむせた。
「ユイ! しっかりするのです、ユイ!」
あわててリトが介抱する。
「やめてくださいよぉぉぉぉぉぉ! いやぁぁぁぁぁぁぁ!」
マリエが発狂を始めた。
「え? え? なんなんですの!? ヤマスバ……。ヤマスバとは、そんなに意味のある言葉なんですの!? ヤマスバ!?」
…………。
……。
ふむ。
私、なんだか冷静なまま、取り残されてしまったね。
笑っとくか!
あっはっはー!




