487 閑話・冒険者ロックは見ていた 完結編
紫色の靄に覆われた空が、どす黒く割れる。
現れるのは――。
巨大な死霊竜。
巨大な蛇。
巨大な三つ首の魔獣。
巨大な軟体生物。
どれもこれも、建物ほどのサイズはありそうな超級の魔物だった。
加えて、有象無象……。
やべぇ……。
こりゃ、大変なことになるぞ――。
俺は今、帯剣していない。
剣は宿に置いてきた。
そのことが心底悔やまれる。
もっとも、剣を持っていたとして何ができるのか。
この巨大な魔物の軍勢を前に――。
中央広場にいる人々は、悲鳴を上げるのも忘れて、ただ空を見ていた。
「大丈夫です。安心して下さい」
聖女は動じない。
あくまで穏やかだった。
だが――。
これだけの魔物を、一気に始末するなんて不可能だ。
一体でも残れば大惨事となる。
聖都は破壊される。
「これからソードが必殺技を放ちます。
トーノ流精霊剣技、秘奥義のひとつ、えっと……。
スーパースペシャルマックスバスターです」
「ぷっ。くく……」
危機的状況ではあるが、ブリジットが小さく笑った。
いや、おう。
笑っちゃいけない場面だとは思うが――。
なんだよその必殺技名は!
適当すぎるだろ!
どう考えても、今、テキトーにつけただけだろ、それっ!
えっと、とか言ってるし!
と、俺もツッコむ寸前だった。
だけど、ツッコまなくて本当によかったぜ……。
聖女が脇に映るスクリーンの中で、さらに映し出されている空の映像――。
場面が切り替わって、ソードの姿が映った。
空中だ。
当然のように、普通に浮いている。
そしてソードは、鞘に入っていない抜き身の剣を――。
まるで鞘に入っているかのように、腰のあたりに柄を当てて、切っ先をうしろに向けて構えていた。
剣は、間違いなく純粋なミスリル製だ。
日差しを受けて七色に煌めいていた。
その刃が、目を背けたくなるほどに眩く、真っ白に輝いた。
次の瞬間――。
ソードの全身が躍動し、剣が横薙ぎに振るわれた。
刃から光が放たれた。
それはまさに、濁流そのものだった。
画面が真っ白に染まる。
俺は空へと目を向けた。
遠くの空で光が煌めいた。
そこから伸びてくるのは、巨大な光の槍だった。
光の槍は、光の波を連れて――。
紫の靄も――。
魔物の軍勢も――。
すべてを薙ぎ払って――。
――遠くの空から遠くの空へと飛んで、消えていった。
正直、言葉もなかった。
いや、あるにはある。
これが人間の仕業だっていうのか……?
剣技?
奥義?
魔術ですらないっていうのか!?
スーパースペシャルマックスバーガー……。
バーガーじゃねぇか……バスターか……。
ああ、腹が減ってきたな。
久しぶりに、姫様ドッグが食いてぇなぁ。
思いっきり激辛にして。
俺はステージ上のスクリーンに目を戻した。
空の映像は消えていた。
聖女ユイリアが祭壇の前に戻っていた。
「皆さん、お疲れ様でした。さあ、儀式に戻りましょう」
聖女は相変わらず穏やかなままだ。
今の奇跡の御業も、まるで大したことではない様子だ。
「ねえ、ロック」
「んだよ?」
「今のも映像なのかな?」
俺のとなりにいたブリジットが首を傾げる。
「はぁ? なんでだよ」
「魔物特有の魔力を感じなかった」
「空の上だからだろ。距離が遠すぎるのさ」
「……そっか。そうだね。よく考えてみたら、そうだった」
話しつつ、俺はなんとなく空に目を向けて――。
気づいた。
ソードとセイバーの2人が、最初に光の煌めいた方向から飛んできた。
大聖堂に戻っていく。
観客も2人の姿に気づいたようだ。
歓声が起きた。
歓声に気づいたのか、ソードとセイバーが空中で静止した。
俺たちの頭上だ。
そのまま高度を下げてくる。
そして、しっかりと目視できるくらいの高さで、観客に向けて手を振った。
さらに大歓声が起きた。
たぶん気のせいだと思うので口には出さなかったが――。
手を振るソードの口から――。
やっほー!
と聞こえた気がした。
それは、いつものクウの挨拶だ。
……やっぱあのソードってヤツ、クウなんじゃ。
とは思うものの、大歓声の中だ。
俺のただの幻聴だった可能性の方が高いか。
大歓声に見送られて、白仮面の2人――ソードとセイバーが飛び去っていく。
「……なあ、ビディ。世の中って広いな」
「うん。そうだね」
大祭はその後、滞りなく進んだ。
まるで悪魔など出なかったかのように聖女は平然としていた。
大した胆力だ。
聖女ユイリアは言う。
「国と国との関係には色々とあると思います。今回の件も、これを利用して自国の権益につなげようとするのは当然です。そのことについて、私は何も言うつもりはありません。資格もありませんし」
いや、資格はあるよな。
誰よりカンペキに。
と俺は思ったが、口には出さない。
ここは聖都。
聖女のお膝元だ。
聖女に対するツッコミなど、危険すぎてするべきではない。
「ですが――」
聖女の口調が明らかに強いものとなる。
「今回の件を、誰かへの圧力につなげるような行為は断じて許しません。それは悪魔と同じ所業です。どうかお忘れなきよう。では最後に――。審判者マリーエ様からお言葉を戴こうと思います」
白仮面ソードが、審判者マリーエをエスコートする。
聖女はそれを、頭を下げて出迎えた。
審判者が祭壇の前に立つ。
妙な緊張感が満ちた。
審判者――神、あるいは、その化身。
そんな存在が、悪魔に対する人類共闘を宣言したこの大祭の最後において、何を語るのか。
誰もがそれを考えるのだろう。
静寂の中、中央広場にいた1人の子供が言った。
「やますば!」
と――。
「これ静かにしなさい!」
それはすぐ、母親によって制止されたが――。
ヤマスバ……。
ヤマスバ……。
その言葉が頭の中に響き渡ってしまったのは――。
きっと、俺だけではないはずだ。
何故なら、小さくヤマスバとつぶやく声が、あちこちから聞こえる。
そんな中――。
審判者が少女の声で叫んだ。
「やまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! すばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
と――。
一拍の間を置いて、中央広場には大コールが起きた。
ヤマスバ!
ヤマスバ!
ヤマスバ!
みんなが叫んでいた。
俺も叫んでいた。
意味はわからない。
意味はわからないが、それは間違いなく、力漲る言葉だった。
こうして――。
大祭はおわった。




