486 閑話・冒険者ロックは見ていた 後編
審判者マリーエが横に退くのに合わせて、祭壇の前で戦いが始まる。
俺、ロック・バロットは、その戦いをただの観客として、他の連中と同じように聖都の中央広場で見ていた。
紫色の人影――悪魔の体から、再び何本もの触手が伸びる。
それらがすべて白仮面――『ホーリー・シールド』の序列第二位と紹介された小柄な戦士、セイバーに襲いかかる。
次の瞬間には――。
まるで閃光のように見えたセイバーの剣撃によって――。
すべての触手は斬られていた。
悪魔が手のひらをセイバーに向ける。
火の玉が放たれた。
爆発する――!
凄惨な事件現場と化した礼拝堂を想像して、俺は声を上げかけたが――。
しかし、爆発はしなかった。
火の玉は爆発する寸前でセイバーの剣によって斬られた。
「魔術を斬るだと!?」
俺は驚いた。
そんなことができるものなのか。
俺も長年、冒険者として多くの敵と戦ってきたが――。
いや、試したことがないだけか。
できないと決めつけていた。
だけど今、目の前で、魔術は確かに斬られた。
そして、消滅した。
できるのだ。
「すげぇ……!」
俺は心から感嘆した。
「映像なのが残念。どんな風に力が作用しているのか知りたいね。それがわかればロックにもきっと出来る」
ブリジットが言う。
「大聖堂だよな!? 今から行ってみるか!?」
「無理。大混雑」
「んー。まあ、そうか」
人混みをかき分けて大聖堂に着く頃には終わっているか。
しっかりと見ておいた方がいい。
もっともメガモウのヤツは、それでも怒鳴り声を上げて事件の現場に向かおうとしているが。
ヤツは粗暴に見えて熱心な聖女信者だ。
なので止めはしないが。
ステージの上では、剣と爪との打ち合いが始まっていた。
剣と爪のぶつかる激しい音が、幾重にも重なって響いた。
凄まじいまでの連撃だ。
帝国ではSランクにまで届いたこの俺ですら、目で追うのがやっとだ。
いや正直、すべては追いきれていない。
戦うとしたら、どうなるだろうか――。
負けるとは言わないが――。
勝てるかどうかは、まったくわからない。
「なはぁっ!」
次の戦いの展開に、俺は思わず変な声を上げた。
悪魔が白仮面を蹴り飛ばしたのだ。
祭壇の前から空中へと放られた白仮面は――そのまま空中で制止。
それを追った悪魔と――。
空中で接近戦を始めたのだ。
悪魔が炎の玉を飛ばす。
それもまた、白仮面は剣で斬り捨てた。
火の粉が落ちていく。
それは、列席者たちに触れる前には消えたが――。
それまで静かだった礼拝堂の列席者たちが、今更ながら我に返ったのか弾けたように悲鳴を上げた。
「皆さん、落ち着いて下さい。大丈夫です」
タイミングを同じくして聖女が祭壇の前に戻ってきた。
その手にはマイクがある。
やはり、聖女というのはすごい存在だ。
聖女の穏やかな声だけで、パニックになりかけていた礼拝堂の人々が、落ち着きを取り戻した。
「私たちは、悪魔なんかには負けません。しっかりと見ておいて下さい。これが私たちの力です」
礼拝堂に響いた悲鳴は、やがて歓声へと変わった。
俺は戦いを見ながら思う。
「でもどうして、いきなり悪魔が現れたんだろうな」
「聖女が力を使い尽くすのを待っていたのかも知れない。祝福には、大きな魔力が必要だろうし」
「なるほどなぁ……」
「でも、この聖都には強い結界が張られている。その結界を抜けて攻撃してくるなんて、あの悪魔はとんでもない大物なのかも知れない」
「魔王とかか?」
俺は笑って言った。
「……そういえばクウちゃんが、前に気にしていたよね。この世界には魔王がいるのかどうか」
「ああ、言ってたな」
「まるでいる前提みたいな口ぶりだった」
「まさかビディ、本気で魔王が現れたっていうのか?」
「わからない」
「まあ、そりゃそうか」
俺たちは映像を見ているだけだ。
お。
戦いに変化が起きた。
悪魔が距離を取った。
両方の手のひらから、悪魔が紫色のつぶてを連発する。
白仮面は――。
それを無視して一気に距離を詰めた!
「おおっ!」
そして、悪魔を袈裟斬りにした!
悪魔がよろめく。
同時に、霧が晴れるように悪魔の姿が薄らいでいく。
「やったか!?」
それは俺の声だったが――。
「いいえ、まだです。外に逃げたようです」
まるで聞こえたかのように答えるのは聖女ユイリアだった。
礼拝堂でも同じような声があったのかも知れない。
シュン、と、白仮面の姿も消えた。
「セイバーが追いました。ここにその画像を映しますね。音声はありませんが私が解説をさせていただきます」
一体、どういう魔術が使われているのか、聖女の背後一面に、いきなり青空の映像が現れた。
映像を見やすいようにとの配慮だろう。
聖女が舞台の脇に移動する。
映像の場面が変わった。
青空の中で、悪魔が両手両足を伸ばしている。
その姿が紫色の靄となって広がる。
「ロック、空」
ビディに促されて、俺は頭の上の空に目を向けた。
「なっ――。なんだこりゃ――」
広がってきた紫色の靄が、俺たちの頭上の空をも覆ったのだ。
影が伸びて、深まる。
スクリーンごしに聖女が語る。
「どうやら悪魔は、最後の力を振りしぼったようです。これから聖都の空に無数の魔物が召喚されます」
その言葉を聞いて広場からは悲鳴が上がった。
聖女は朗らかに続けた。
「だけど、安心して下さい。すでに現場にはソードも向かっています。聖国最強の力をよく御覧下さい」
ソード――。
聖女親衛隊『ホーリー・シールド』の序列第一位か――。
相手は無数の魔物なんだろ――。
たったひとりで、どうにかなるのか!?




