485 閑話・冒険者ロックは見ていた 中編
スクリーンの向こうで儀式は進んでいく。
俺、ロック・バロットは、相棒のブリジットと共に人混みの中央広場でその様子を見ていた。
中央広場は、祝福の興奮が冷めやらない様子だ。
先程までの静寂はなく、かなり騒がしい。
なので俺も普通に口を開いた。
「……なあ、ビディ。今の祝福だけどよ、見覚え、あるよな?」
「さあ」
ブリジットはそっけない。
「いや、あるよな?」
俺が繰り返すと、今度はどうだろうねと言った。
あまり興味はないようだ。
まあ、気にしてもしょーがねーか。
いいモンを貰ったんだから、ありがたく貰っておけばいいか。
いよいよ儀式は佳境だ。
祭壇の前に、ジルドリアの国王とトリスティンの国王が現れた。
どちらも威風堂々とした高年の男だ。
両者と比べると、我が帝国の皇帝陛下はさすがに若く感じる。
実際、若いのだが。
たしか皇帝陛下は、まだ30代のばずだ。
そんな2人の男が聖女の前に立つ。
聖女ユイリアは、2人と比べれば遥かに背が低く小柄だ。
それも当然、まだ11歳なのだ。
それなのに、スクリーンごしに見ているだけの俺にも、ハッキリとわかる。
悠然とした態度で微笑む聖女ユイリアに対して、聖女の前に出た2人の国王は明らかに全身が固い。
どちらが格上なのか、ハッキリとわかる光景だ。
とはいえ、それは当然のことか。
これから2人の国王は、膝をついて聖女の祝福を受けるのだ。
それはつまり、聖女に恭順を示すことに等しい。
「……なあ、ビディ」
話しかけると、「し」と小さく言われた。
おっと。
いつの間にか広場が静かになっている。
ホント、聖国の人間はすげーな。
粗暴を絵に描いたような大男のメガモウも、ずっと静粛にしているし。
2人の国王は、何も語ることはないようだ。
聖女ユイリアの合図に合わせて、無言のまま膝をついた。
聖女が神官から杖を渡される。
身の丈よりも大きな杖だ。
その杖を両手に持ち、聖女が祝詞を唱える。
それは、数多の精霊へと感謝を伝える、歌うように美しい調べだった。
聖女の体に輝きが満ちていく。
それは本当に――。
聖女に幾多の精霊が寄り添っているかのような光景だった。
他国の人間で、信仰心なんてたいして持っていない俺ですら見惚れる。
祝詞の最後と共に聖女が杖を掲げた。
聖女の体に満ちていた輝きが、杖を通じて天へと突き伸びて――。
消えた。
そして――。
天から降りてきた光の柱が、跪く2人の国王を包んだ。
その光の柱は、俺は目で見るのは初めてだが、話では何度も聞いたことのあるものと同じに思えた。
皇帝陛下の演説会の時に降りたという、精霊の祝福と――。
聖女がよろめいた。
さすがに力を使いすぎたのだろうか。
すぐに白仮面のソードが横から聖女の身を支えた。
聖女はそのまま、脇の扉の奥へと連れて行かれた。
ソードと聖女の姿が消えて、祭壇の前には沈黙が降りた。
2人の国王は跪いたままだ。
聖王も総大司教も動こうとはしない。
誰も動かない。
聖女が倒れるのは、きっと、打ち合わせにはなかったのだろう。
……どうすんだ、これ。
と、思った時だ。
審判者マリーエが、静かに席から身を起こした。
「祝福を受けし者、見届人、立ちなさい」
審判者が言う。
その声は、聖女と同年代に思える少女のものだった。
言われて、2人の国王が身を起こす。
皇帝陛下も席から立ち上がった。
聖王と総大司教は、どうしていいのかわからないという様子だった。
審判者が前に出てくる。
合わせて、もうひとりの白仮面――セイバーも前に出た。
「――立ち上がった者は、うしろに下がるように」
さらにそう審判者は言った。
一体、どうしたのか。
審判者は平然としているが、身構えた白仮面の方の雰囲気は普通ではない。
まるで、俺たちで言えば、接敵直前――。
そんな緊張感が見える。
……まさか、何かが来るのか?
その時だ。
祭壇の脇に、不気味な――。
泥のような闇が渦巻いた。
渦巻く闇の中から――。
コウモリのような翼と曲がった角を持った、紫色をした人型の何かが現れる。
「……悪魔、なのか?」
人々がざわめく広場の中、俺はつぶやいていた。
「――うしろに下がるように」
審判者が繰り返す。
次の瞬間、紫の人影――悪魔の体から――。
何本もの触手のようなものが伸びた。
それは鞭のようにしなって、白仮面と審判者と2人の国王に襲いかかる。
国王たちの悲鳴が響いた。
審判者マリーエは微動だにしていない。
白仮面セイバーが、自らに向かってきた触手を無造作に斬り捨てる。
国王たちと審判者に触手が迫る。
セイバーは動かない。
助けないのか!?
広場で、スクリーンの向こう側で、悲鳴が起きた。
だが、俺たちの心配は杞憂だった。
審判者マリーエは、触手の直撃を受けても平然としていた。
むしろ触手の方が消滅した。
国王たちを貫こうとした触手は、接触する刹那、光の壁に弾かれた。
触手は消滅する。
何が起こったのか……。
それはきっと――。
聖女の祝福の力なのだろう――。
俺にはそう思えた。
広場にいた観衆も俺と同じように思ったのだろう。
一拍を置いて、聖女を称える大きな声が上がった。
「――うしろに下がるように」
審判者が繰り返す。
悲鳴を上げて国王たちが逃げていく。
聖王、総大司教、皇帝陛下も、神官たちと共に祭壇近くから離れた。
その後で審判者は言った。
カメラ目線だった。
「映像を止める必要はない。
皆、安心して、『ホーリー・シールド』の真髄を刮目せよ」
緊急事態だが、正直、俺は思った。
これは面白くなってきた!
聖女が最強と言い切ったその実力、見せてもらおうじゃねーか!




