481 ラムス王
そう言えば、なのですが。
私はまだ、トリスティン王国のラムス王って人を見たことがなかった。
ユイが言うには、
「見た目は高慢で傲慢でどうしようもなさそうだけど、ちゃんと人に頭を下げられる普通の人だったよ」
だけれども……。
普通の人という印象が、実に怪しい。
なんというか、アレだ。
悪党がちょっと普通の行動を取ったら、「この人、優しい」なんて感じてしまう系の勘違いを感じる。
もしそうならば、私としては、
いやそんなん優しさじゃないからね普通だからね!?
と、ツッコまねばなるまい。
というわけで、ソード様に化けたところではあるのですが。
いつもの『透化』と『浮遊』で、こっそり様子を見に行くことにした。
ユイが言うには、予定通りならば、ラムス王は今、ホテルを出て大聖堂に向かう道中とのことだ。
トリスティン王国の国旗を掲げていたので、ラムス王のご一行は簡単に見つけることができた。
私はこっそりと馬車の中に入る。
ふむ。
馬車には2人の男がいた。
1人は中年の騎士だ。
ガッチリした体格と、いかめしい顔つきをしている。
もう1人は長い髭をたくわえた初老の男。
こちらがラムス王だね。
良い言い方をすれば威厳に満ちている、悪い言い方をすれば高慢で傲慢でどうしようもなさそうな感じの人だ。
見た目的にはユイの言う通りだね。
果たしてここから、私の印象は変わるのか。
会話を聞いてみることにした。
「……それにしてもバカ息子めが。あれほど大人しくしておれと言ったのに、余計なことをしてくれたものだ」
「しかし、転移の魔術とは、本当なのでしょうか」
「かの盟友共を簡単に駆逐する連中だぞ。何でもありなのだろう」
「手に負えませんな」
「それ故に、ひたすら頭を下げて、何も知らなかったフリをして、とにかく聖女の心証を良くするのだ。良いか、ドラン、くれぐれも騒動を起こすでないぞ。とにかくまずは聖女の庇護下に入るのだ」
「心得ております」
敵感知に反応はない。
会話の通り、今、騒動を起こすつもりはないのだろう。
盟友とは、悪魔のことだろうか。
ドランと呼ばれた男は、うなずいてから小さく笑った。
「くくく……。その上で大惨事となるのですな」
「ああ、そうだ。我々は被害者として、堂々と聖女に泣きつくのだ」
「陛下の名演技、楽しみにしております」
「任せておけ。盟友共すら手玉に取った我であるぞ。世間知らずの小娘など、簡単に操ってくれるわ」
まあ、うん。
ですよねー。
素直に頭を下げて心から反省なんてするわけがないよねー。
さて。
どうしようか。
とりあえず、ユイに伝えにいく?
でもそれだと、面白くないよね……。
どうせなら面白い方がいいよね……。
うん。
それは確実だ。
ま、いっか。
やっちゃえ!
私は『透化』を解いて、馬車の中に姿を現した。
「話は聞かせてもらった。王国は滅亡する」
私は言った。
はい。
どこかで聞いたことのあるセリフですね。
他に思いつかなかったんだよー!
突然現れた私に、ラムス王とドランはさすがに驚いたようだ。
大声を出されたり襲われたりしたら――。
即座に眠らせて、転移。
ダンジョンの奥に連れて行こう。
と、思ったのだけど、意外にもそうはならなかった。
「――貴様が噂のソードか?」
ドランが静かにたずねる。
うーん。
どうしようかなー。
なんにも考えずに、とりあえず姿を現してしまったね、私。
ふむ。
これはアレだよね。
これから大切な祝福の儀式だっていうのに、下手な騒動を起こしたら大変なことになるよね、確実に。
ユイだけならまだしも……。
陛下やジルドリアの国王まで来ているわけだし。
ふむ。
せめて儀式がおわってからにするべきだったね、私。
なにかするにしても。
どうしよう!
よし。
とりあえず聞いてみるか!
「何故、我が姿を現したと思う?」
なんかそれっぽい、カッコつけた感じで聞いてみた。
「……警告かね?」
ドランが低い声で言う。
「確かに、山と山との間には、川が流れているものだ」
渓谷だけにね!
ザニデア山脈でバケツ水汲みしていた頃が懐かしいねえ。
もうすごい昔に感じるよ。
じゃなくて!
なにを言っているのだ私は!
バカですか!
はいそうですね私はバカですどうもすいませんでした!
じゃなくて!
私はかしこいんだから、ここは上手いこと言わないと!
しかし私はなにも思いつかなかった。
かくなる上は。
「――では、また後で」
うん。
なにも思いつかないから逃げよう!
さらば!
私は姿を消して、そのまま青空の中へと戻った。
…………。
……。
一体、なにがしたかったんだろうね、私。
まあ、いいか。
こういうのは、深く考えたら負けだ。
姿を見せただけで、十分に警告にはなった気もするし。
ユイのところに戻ろう。




