479 喧嘩の理由?
胸ぐらを掴み合ったロックさんとメガモウは、まわりの人たちにも煽られて今にも殴り合いを始めそうだ。
さすがに知り合い同士が喧嘩するのは見たくない。
私は仕方なく間に割って入った。
「――双方、そこまで。
この勝負、私が預かった」
2人の手をそれぞれの胸ぐらから引き離して――。
カッコつけてみた!
次の瞬間、
「ぼえええええ……」
いかん……。
吐きそ……。
私は四つん這いに伏せた。
激しく動いたせいで、胃の中のものが……。
し、しかし、こんなところで嘔吐するわけにはいかない。
私は美少女クウちゃん。
さすがにゲロ吐きは看過できない。
耐えろ……。
耐えるんだぁぁぁぁ……。
「クウちゃんっ! しっかりっ!」
駆けつけたマリエが背中をさすってくれた。
す、すまねぇ……。
「おい、クウ。おまえ、いきなり出てきてどうした?」
「……クウ、てめぇ、まさかガキの分際で酔っ払ってるのか?」
ロックさんとメガモウもそれぞれに私を心配して、
それから目を合わせて、
「「は?」」
お互いに威嚇するみたいに声を上げてから、
「「なんだてめぇ、クウの知り合いか?」」
息ぴったりだね!
「なんだよ! それならそうと言えや! 俺は、帝都でこいつの面倒見てやってる兄貴分のロックってモンだぜ!」
「俺はこいつには――ハッ、迷惑しか受けちゃいねぇが。まあ、こいつの知り合いならもういいぜ。俺はメガモウってモンだ」
「「わっはっはー!」」
いきなりお互いに笑い合っている。
ふむ。
これが冒険者というか荒くれ者のノリとでもいうのかな。
あっさり打ち解けたようだ。
「おえっぷす……」
「クウちゃん、しっかり! まだまだ私たち、イケるよ! 私たち、まだまだ全然大丈夫だから頑張ろうっ!」
ちょ、マリエさん。
まさかまだ私に食べさせる気ですかその口ぶり。
ていうかマリエ、さっきまで私と一緒によろめいていた気がするけど。
もう回復したのね……。
「ほら、クウちゃん! あそこを見て! ラーメン! ラーメンがあるよ! 特濃とんこつ、超こってりスープだって!」
「……ごめん、マリエ」
許して。
ともかく道端にいては邪魔になると、さっきまで喧嘩していた大迷惑な2人に言われて、お店の中に入った。
椅子に浅く座って、冷たい水をもらう。
お店は食堂だった。
賑わしい。
ふう。
しばらく静かにしていると、やっと少し回復した。
食べ過ぎ、恐るべし。
まさか無敵のクウちゃんさまが、ここまで追い詰められてしまうとは。
「で、なにやってたんだ、おまえは」
様子を見ていたロックさんが呆れた声でたずねてくる。
「ただの食い倒れ。それより、なにやってたんだはそっちでしょ。なんでメガモウと喧嘩なんてしてたの? てかブリジットさんは?」
まわりを見てもいない。
「ビディならもう寝たぞ。今日は緊張して疲れたってな」
「そかー」
「おまえは元気そうだな」
「まあねー。満腹で死にかけたけど」
マリエはなにかを食べている。
すごいね。
私は今夜はもういいや。
「おう。もう回復したのか? ほら、食え」
メガモウが大皿いっぱいのカラアゲを持って私のところに来た。
いらないからね!?
「で、ロックさんとメガモウは、なんで喧嘩してたの?」
「「そんなもん、こいつが悪いからに決まってるだろ」」
またも息ぴったり。
一体、なにが悪いのかと聞いてみたところ。
なんと。
このお店でたまたま同席になって。
冒険者同士ということで気も合って一緒に飲んでいたんだけど。
カラアゲを頼んだところ。
なんと。
ロックさんが、メガモウに無断で……。
すべてのカラアゲに、ソースをかけたというのだ。
「あー、それはロックさんが悪いね」
いつもの『陽気な白猫亭』では、そんなことしないくせに。
なにを無駄に気を利かせたのか。
「だろ!」
「はぁ!? なんでだよ! ただの親切じゃねーか!」
「いや、まだレモン汁ならわかるよ? でも、いきなりソースは、ちょっとカラアゲ的に定番じゃない気がするなぁ」
「はぁぁぁぁ!? カラアゲと言ったらソースだろうがよぉぉぉ!」
「いや、うん。ロックさんの好みは知ってるけどね」
「あ、クウちゃん。元気になったのなら、一緒に食べませんか?」
マリエが声をかけてくる。
私たちはそちらに目を向けた。
お。
マリエは、ちょうど渦中のカラアゲを食べるところのようだ。
フォークでカラアゲを刺す。
そして、カラアゲをクリームシチューの中に沈めた。
くるくるとかき混ぜて。
ぱく。
「んー。美味しいですー」
頬張って満面の笑みを浮かべた。
食べたところで、ロックさんがバネが弾けたみたいに喚いた。
「おいっ! おいおいおいー! 待て待てー! いくらなんでも、さすがにそれは邪道ってモンだろー!」
続けてメガモウが語る。
「これだから帝国の連中は。いいか? カラアゲというのは、カラアゲであるが故にカラアゲ。つまり、カラアゲとは、それだけですでに完成された聖女様が生み出したひとつの芸術なんだよ。それをテメェらは、やれソースだのシチューだの、余計なモンをごたごたつけやがって。信仰心が足りねーんだよ! カラアゲに対する信仰心ってモンがよ!」
いや、うん。
さすがにカラアゲに信仰心はいらないと思うけど。
「……あ、あのお。
クウちゃん、私、どうすれば」
ほらもう、マリエが怯えて戸惑っちゃってるし。
「いいから2人とも座って! マリエは気にしなくてもいいよー」
私はロックさんとメガモウを強引に席に着かせた。
まあ、とにかく。
目の前には今、メガモウが持ってきた山盛りのカラアゲがあるのだ。
喧嘩するなら食べたほうがいい。
その方が幸せだ。
カラアゲとは、どう食べるのが至高なのか。
なにが合うのか。
ソース。
クリームシチュー。
レモン汁。
タルタルソースや甘酢だれも、私的には捨てがたい。
あるいは、そのまま食べるのが究極なのか。
試してみようじゃないですか。
結局。
この夜、私は限界を超えて、カラアゲを食べた。




