478 大会がおわって……。
「ねえ、マリエ。結局、ヤマスバって何なの?」
「山って素晴らしいですねって言おうとしただけだよぉぉぉぉ! 緊張しすぎて上手く言えなかっただけだよぉぉぉ!」
「でも2回目は、普通に言ってたよね? ヤマスバって」
「その時は頭が真っ白になってて、他に何も思いつかなかっただけだよぉぉぉ! 忘れてぇぇぇ!」
「私は忘れてもいいけど、聖都で流行りそうだよね」
ヤマスバ。
ユイまで使っていたし。
「やめてぇぇぇ!」
耳をふさいでマリエが顔を伏せるけど、現実は変わらない気がする。
今は夕方。
私とマリエは、2人でユイの家の客室にいた。
ユイとエリカと陛下はいない。
陛下は、聖国のお偉い様、聖王に総大司教と会談中だ。
さらには、ジルドリア王国のお偉い様やトリスティン王国のお偉い様とも会談する予定が詰まっている。
大陸を代表するお偉い様が、今、聖都に集まっているのだ。
すごいね。
ユイとエリカは、皇妃様と共に、お茶会からパーティーへと大忙しのようだ。
私とマリエは、特にやることがない。
会議にもお茶会にもパーティーにも出ないつもりだ。
だって、私は精霊様。
マリエは審判者マリーエ様。
その正体は秘密だ。
今は、なぜかユイの家にいるただの女の子。
ただのクウちゃんと、ただのマリエなのだ。
「ねえ、マリエ。そろそろ夕食に行こうか」
「私たちだけで?」
「うん」
「いいのかな? 勝手に動いちゃって」
「いいんじゃないのかなー。みんな、忙しそうだし」
ユイやエリカと夕食の約束はしていない。
もちろん陛下とも。
普通に考えれば、みんな晩餐会だろう。
マリエが顔を上げた。
「なら、行っちゃう……? 私、正直、お腹ぺっこりーなだよ。クウちゃんと一緒なら危ないこともないよね」
「うん。行こっ! 私もお腹空いたよー」
夜の聖都。
しかも、お祭りの夜だ。
賑わしいこと疑いなしだろう。
屋台もいっぱいのはずだ。
廊下で待機していたメイドさんに出かけることを伝えた。
そして、市街地にゴー!
まずは普通に家を出て、森の中で姿を消して飛行。
聖都の広場に着地した。
「……ねえ、クウちゃん。考えてみると役割はおわったんだから、もう私、おうちに帰ってもよかったよね?」
「たしかに」
言われてみれば。
「うう。まあ、いいけど。聖都なんて、たぶん、もう来れないだろうし。楽しまねば損だよね!」
広場は想像通り、大いに賑わっていた。
夜だけど人また人だ。
「食べ物も独特で美味しいんだよー」
「うん。いい匂いだねー」
近くの屋台から広がるソースの香りが鼻をくすぐっていた。
「さあ、マリエ! いろいろ食べよう! 食い倒れだー!」
おー!
「……えっと。あの、お安いところでお願いね?」
「今夜は奢るよ。いくらでも高いところでいいよ」
「えー。いいよー。そういうのはー。後が怖いしー。私は庶民として、なにか安いものでお腹が膨らめば十分だよ。あとは目と鼻で楽しみます。私、こう見えてそういうのは得意なのです」
自信満々に胸を張って言われた。
ふむ。
考えてみれば、マリエはタダ働きだったね。
私が司会するのと同じノリで連れてきてしまったけど、マリエにはアルバイト料を払うべきだろう。
とはいえ、私が払うと言っても遠慮されそうだ。
というわけで。
ユイの名前で渡そうとしたんだけど……。
すぐさま、やったー貯金が増えるー!と、喜ばれたので……。
それはジョークに変えて、
ユイから今日のお礼として、今夜の食費を預かっていることにした。
私は一緒にグルメしたいのだ。
ちゃんとしたアルバイト料は帰ってから渡そう。
マリエは大いにやる気になってくれた。
「そういうことなら!
このお腹、膨らんで裂けるまで!
食べまくりだね!
食べねばもったいないよね!
さあ、クウちゃん!
10年分だよ!
私たちが完璧に成長できるだけの栄養を、今、取ろう!」
「いやそれは無理だと思うけど」
「なにを言っているんですか! クウちゃんともあろう者が情けないことを! 気合だよ! 気合!」
というわけで。
マリエに手を引っ張られて、食べて食べて食べまくった。
おにぎり。
お好み焼き。
焼きそば。
このあたりで私の容量はすでに限界を迎えていたのだけど……。
いやホント。
聖都ってば和食天国だ。
今夜はお祭りとあって、普段の屋台では見ないものもたくさん出ていた。
天ぷら。
そば。
おでん。
もうダメ、となったところで……。
おすし!
食べねば……ならぬ……!
まさに食い倒れ。
「マリエ、私、もうダメかも……」
「なにを……言っているんですか……。ダメと思ったところが、本当のスタートラインなんだよ……」
どこのブラック企業ですか、それは。
というわけで。
満腹で酔っ払いみたいにフラつきながらも、次のグルメを目指し、私たちは繁華街を歩いた。
騒ぎに遭遇したのは、そんな中でのことだった。
「ああああああああ!? なんだとこの野郎!」
「よそ者がイキってんじゃねぇぞ! ぶっ飛ばすぞてめぇぇぇぇ!」
人の輪の中、怒鳴り声が聞こえる。
どちらも聞き覚えのある声だった。
野次馬が煽っている。
いいぞ、やっちまえ、暴れ牛!
帝国の若造も意地見せてみろやぁぁぁぁ!
うん。
メガモウとロックさんだね。
なにやってんだか。




