475 芸の頂
さあ、気を取り直して「平和の英雄決定戦」の続きだ。
トリスティンの王子とはまだ揉めるかも知れないけど、とりあえず国に強制送還したわけだし、今日明日の話ではない。
まずは今日!
大会をしっかり盛り上げて、私も楽しまねば!
ユイはすでに席に着いていた。
私もリトに幻覚の魔法をかけてもらってから、ステージに戻る。
ふふ。
素の姿で戻ってしまうようなヘマはしませんよ!
さすがは私なのだ!
私が戻ったところでエリカが話をまとめる。
会場からは大きな拍手が起きた。
「エリカ、ありがとね。助かったよ」
「トラブルは片付きましたの?」
「うん。お陰様で。詳しくは後で話すよ」
では!
コホン、と、一息ついてから。
「さあ、みなさん!
お待たせしました!
では――。
次の方、どうぞー!」
いくらか時間が空いてしまったけど、エリカのトークがしっかりとウケていて場の空気は熱いままだ。
次の参加者は、白黒ストライプの服に身を包んだ大道芸人だった。
4本のたいまつを自在に操って観客を沸かした。
ジャグリングにヲタ芸を組み合わせたみたいな感じだった。
私も大いに楽しんだ。
さらに、ボケとツッコミの漫才を披露する人や、口だけで音楽を奏でる人、多様な参加者が登場した。
私は感動した。
大陸には、こんなにもたくさんの芸があったのだと。
どの芸も素晴らしかった。
大会を開催して本当によかったと思った。
そして。
ついに。
最後の1人となった。
「ああ……。
私は今、ほんの少しの寂しさを感じています。
楽しかったこの大会も、いよいよ次で最後の参加者です。
でも、その寂しさすら笑顔に変えて――。
私は叫びましょう。
さあ!
ラスト、30番目の方、どうぞー!」
私は盛大に呼び込んだ。
ステージ脇から、ゆっくりと最後の参加者が歩いてくる。
会場がざわめく。
私も正直、驚いた。
なぜなら――。
現れたのは、老年の神官だったからだ。
コスプレで神官服を着ているだけ――ということは、さすがにこの聖都ではありえないだろう。
それ以前に、老人の姿は堂に入っている。
どこからどうみても本物だ。
いや、うん。
私は、その人を知っている。
挨拶したことも、会話したこともある。
でも、え。
なんで今、ここに。
という思いは拭えなかった。
いやだって――。
帝国の人だし……。
私が混乱する内、マイクを受け取った老人が自己紹介する。
「帝国の都市アーレから参りました。
精霊神教で神官をしております。
ラルス・フォーンと申します」
さらに会場がざわめく。
その高名は、聖都でも知っている人が多いようだ。
私も知っている。
なぜならステージの上で柔和に微笑むその老神官は、私の親友アンジェリカのおじいさんだからだ。
「本日は精霊様の加護の下、こうして芸大会が開かれると聞き、老体に鞭を打って馳せ参じました」
芸……。
するんだろうか……。
いや、ここにいるということはするのか。
予選もあったわけだし。
フォーン神官は、とても芸をするような人には見えないけど……。
…………。
……。
はっ!
い、いかんっ!
私は司会者!
ちゃんと進めねばっ!
「で、では! フォーン神官さん、お願いしますっ!」
私はうしろに下がった。
会場が静まる。
みんな、想いは私と同じなのだろう。
妙な緊張感だった。
ステージ中央に立ったフォーン神官が、穏やかな低い声で語る。
「――芸とは、精霊様の御心です。
笑いの心は自然の心。
笑えば大地の花開く」
心に染みてくるような言葉だった。
まるで、あらかじめ心に存在していたかのような気すらする。
「――大地に咲く花に、皆様には、なってほしいと願います」
フォーン神官が一礼する。
つられて、観客のみなさんも頭を下げた。
思わず私も下げていた。
「美しく。
可憐に。
時に優雅に舞い。
時に儚く散る。
――そんな、花に」
私はやはり、既視感を覚えていた。
知っている――。
そんな気がする。
不思議だ。
フォーン神官の言葉は、まさに言霊なのだろうか。
私が精霊だからなのかも知れない。
「大地の息吹よ。
水の息吹よ。
光の息吹よ――。
今、我が身に宿りて、その形を成さん」
フォーン神官が直立の姿勢を取った。
足をそろえ、伸ばした腕を腰につけ。
そこからゆっくりと、膝を左右に広げていく。
脚で「O」の字を作る形だ。
作ったところで、腰を屈めていく。
背筋は伸ばしたまま――。
そんな脚の動作と同時に、自然に伸ばした腕が左右から上がっていく。
ただ上がっていくだけではない。
まるでそれは、芽吹いた花のつぼみのようだった。
腕が上がりきったところで――。
肘の力を緩めて――。
頭に触れるか触れないかのところで、無理なく両手を合わせる。
すべての動作は調和していた。
そして――。
フォーン神官の言霊が、静まり返った会場に、広がる。
「――聖なる山。
――ティル・デナ」
その言霊と同時に、フォーン神官の両膝が一気に深く落とされた。
あわせて、両腕が天を突いた。
指先はさらに鋭く。
まるで、空の彼方にまで届くかのように。
そう――。
それは本当に――。
他に表現などしようはなかった。
ああ、私にも見える。
見えた。
それは本当に、ザニデア山脈の最奥にそびえる聖なる山――。
ティル・デナの姿だった。




