473 閑話・村娘アイシアは見た 後編
ソード様と騎士たちが向き合います。
「どうぞ。来なよ」
ソード様は先手を譲るようです。
だけど騎士たちは、すぐには動きませんでした。
聖剣の光を正面から直視しているのです。
もしかしたら動けないのかも知れません。
「なにをしている! 早くやれ!」
王子が怒鳴ります。
その声に合わせて、騎士の1人が前に出ました。
「俺は天翔騎士、六翼が1人、ラズイア。俺が相手をしよう」
「どうぞ。来なよ」
私は少しだけほっとします。
どうやら一騎打ちみたいです。
戦いが始まります。
私たちは、その様子を呆然として見ていました。
それは、戦い……。
なのでしょうか。
ラズイアという騎士の攻撃を、ソード様がまるで踊るように躱します。
ひらり、ひらり。
まるで、風に舞う木の葉のようです。
どれだけ剣が振るわれても、当たる様子がありません。
「ふーん。まあまあだねー。悪魔に支配されていた国で、よくここまでちゃんと鍛えたもんだねー」
ソード様は息ひとつ切らしていません。
「だからこそだ――! 我々は――! 何も知らなかったわけではない!」
ソード様の言葉に騎士が応えます。
「その結果がバカ王子のお供だなんて、救われないねえ」
「殿下は国王陛下が、今度は聖女に洗脳されたのだと考えておられる! それは当然の懸念である!」
「だからって、他国で好き勝手していいわけじゃないでしょ。自国でも好き勝手していいとは思わないけどさー」
「王族には権利がある!」
「あっても、無駄に使わないのが賢さでしょ」
「黙れ!」
「黙らせてみなよ」
「殺せ! 何をしている! 早く殺せ!」
王子の怒鳴り声が響く中、騎士の攻撃が続きます。
もう、でも。
素人の私でもわかります。
ソード様の強さは圧倒的です。
英傑と呼ばれた騎士が、まるで相手になっていません。
すごいです。
すごいです、ソード様……!
私はいつの間にか戦いに見入っていました。
あ。
騎士の振った剣が、また空回りしました。
あ。
騎士が距離を詰めて、小柄なソード様に組み付こうとします。
ソード様はするりと横に抜けて――。
でも、その刹那――。
ソード様が抜けた方向に騎士が剣を薙ぎます。
危ない!
でも剣は当たりませんでした。
狙い澄まされたその攻撃をも、ソード様はやすやすと避けます。
剣は渾身の力で振り抜かれていました。
振るった剣の勢いに圧された騎士がバランスを崩します。
大きくうしろに、一歩、足を踏み下ろします。
それで転倒は免れましたが――。
あ。
流れた剣の切っ先が、私の目の前でギラリと輝きました。
私は軌道の先にいました。
私は呆然と、ただそれを見ています。
逃げなきゃいけないのに、咄嗟には体が動きませんでした。
理解はできます。
このままでは……。
ううん。
もう、今……。
私は、剣に斬られます。
ああ……。
私はこんな時なのに、ぼんやりと思いました。
私、これから頑張るところだったのに。
私、これから人生が始まるかもしれなかったのに。
死んじゃうんだなぁ……。
頭の中が真っ白になりました。
目を開けているのに、なにも見えなくなります。
風を、感じました――。
気づいた時――。
「大丈夫?」
何故か、フードの中に隠れていたソード様の顔が私の目の前にはありました。
とても綺麗で、可愛らしい顔です。
戦っていたはずなのに、汗ひとつなく、優しく微笑んでいます。
とても綺麗で、可愛いのに――。
思わず頬が染まってしまうほどに、凛々しくてカッコよくもありました。
私はソード様に助けられたようです。
お姫様抱っこされていました。
しかも……。
え。
私のまわりには、なにもありませんでした。
まるで空の上です――。
いいえ、空の上にいました。
だって見下ろすと、5メートルくらい下に王子や騎士やみんながいます。
私、空に浮かんでいます。
「大丈夫? どこか痛いところはある?」
「あ。いいえ! 平気です! ありがとうございました!」
急に恥ずかしくなって、私は思わず叫びました。
顔が真っ赤になるのがわかります。
「あ、君。水の魔力が眠っているね。――はい」
「……え?」
ソード様が私の体に触れた瞬間――。
私の中で、なにかが弾けました。
力が溢れてくるようです。
それは――。
きっと、魔力です。
神父様の元でひたすら勉強してきたので、知識だけはあります。
「覚醒しておいたから、頑張ってみて」
「…………」
そんなこと、できるんでしょうか。
未覚醒の魔力を覚醒させることは、大変なことです。
できなくておわってしまう人もいます。
それを、触っただけで?
こんなに一瞬で?
でも実際、私の体の中には、今、新しい力が溢れています。
「あ、ありがとうございました……」
私はどうにかお礼を言いました。
「どういたしまして」
「あの、私、アイシアと言いますっ! せせ、聖女様に紹介状を書いてもらって聖都に来ましたっ!」
私は必死に、懐から手紙を取り出しました。
「そうなんだ。私はソード。よろしく」
「は、はいっ! よろしくお願いしますっ!」
ソード様が地面に降ります。
聖女様の前です。
私も自分の足で地面に立ちました。
「ユイ、この子、ユイに用があって来たんだって。ユイの紹介状もあるみたいだけど覚えてる?」
「はい。もちろんです。お久しぶりです、アイシアさん。すっかり大きくなって見違えましたね」
ああ……。
聖女様が私のことを、覚えていてくれていました。
ひと目見て、名前まで言ってくれました。
私は必死に紹介状を渡しました。
「あのっ! こ、これ……! 私、あれから勉強して……! 今は文字も読めるし計算もできます! だから――。だから――!」
「ようこそ、聖都に。これからよろしくお願いしますね」
聖女様が私の手を取ってくれます。
「はいっ! はいっ!」
私は何度もうなずきました。
流れる涙は、止めることができませんでした。
「さて」
ソード様が騎士に向き直ります。
まだ戦うようです。
王子が早く殺せと叫びます。
「決着つけないとおわれないだろうし。申し訳ないけど、やるね」
次の瞬間。
ソード様の姿が消えて――。
と、思ったら、騎士の向こう側にいました。
聖剣の青い光の残像が、長い尾のように揺らめいていました。
信じられません。
騎士の剣と鎧が、砕けて散りました。
合わせて、騎士が倒れます。
勝負、あったようです。
ソード様の圧勝でした。




