470 クウちゃん、思考す。それは哲学か
さあ、こい……!
心拍音が聞こえてきそうなほどの緊張感の中――。
ハリーさんが言った。
「実は、すべり落ちてしまったんです。
そう――。
パティが。
バーガーを口に含み、食べようとした瞬間、するり、と。
あれは本当に、おそろしい事件でした」
たしかに……。
肉の消えたバーガー。
それは果たして、バーガーなのだろうか。
あるいはもう、バーガーの形をした、ただのサンドイッチか……。
絶望しかない大事件だ。
「ああ、無常……」
ハリーさんが天を仰いで嘆く。
レ・ミゼラブル的な?
銀食器を盗んで捕まって許されて、人生変わる的な……。
パティを落としたことで、ハリーさんの中で、なにかが変わったのだろうか。
かもしれない。
人生とは、無常なのか。
私にはわからない。
私の人生も、思えばあっけないものだった。
それはさながら、落ちたパティのようだ。
しかし……。
私は今、ここにいる。
私の人生は、無常ではなかった。
私もまた、救われたのだ。
ああ……。
私は祈ろう。
パティを落とした彼の人生に、幸多からんことを……。
「私は一瞬、パティを手でつかみかけました。
でも、とどまりました。
皆さん、考えてみてください。
パティを手でつかみ、バーガーに戻せばどうなるのか。
そう。
パティにはたっぷりとソースがついているのです。
つかめば、手はべとべと。
バンズの表面にも、きっと指を経由してソースがついてしまいます。
その時、バーガーはどうなるのでしょう。
私の手は?
果たしてそこには、私の愛した穏やかな夕食はあるのでしょうか」
私には答えられない問題だった。
何故ならば、気にしない人もいれば、気にする人もいる。
人それぞれだからだ。
私なら――。
気にする。
汚れてしまったバーガーは、もはや――。
いや、ちがう。
ちがう!
そんなことはないっ!
ないんだ!
その程度のことで、なぜバーガーの価値が下がると!
そう思ってしまったんだ、私は!
ちがうよね!
なぜならバーガーとしての味は、なにも変わっていない!
変わっていないのに!
私はなんて小さく、なんて狭量な人間だったんだ!
あ。
うん。
そうだね。
私は人間じゃなくて精霊だったよ。
ならいいのか。
あはは。
「まあ、箸でつまんで戻したんですけどね」
その手があったかぁぁぁぁぁ!
やられたぁぁぁぁぁ!
そうだよね!
べつに素手でつかむ必要はないよね!
「ちなみにその後、バーガーを箸で食べようとして落としてしまい、すべてを台無しにした私です」
バーガーを箸で!?
それは無理というものでしょうよー!
「まあ、それはジョークですが」
そかぁぁぁぁ!
会場が笑いに包まれた。
「バーガー、おいしゅうございました」
一礼してハリーさんの芸はおわった。
うん。
素直に面白かった!
「さあ、それでは、まずは審査員の皆様、得点をお願いしまーす!」
一斉にパネルが上がる。
「9点、8点、10点、8点、10点!
これは高得点です!
ありがとうございましたぁぁ!
つづいて、特別審査員のお三方、得点をお願いしまーす!
エリカさん、18点!
皇帝陛下、17点!
さあ……。
悩んでいるようですか、ユイさんはどうでしょうか――。
ユイさん、17点!
ありがとうございましたぁぁ!
さあ、そして――。
最後に!
最高審査員、マリーエ様、評価をお願いしますっ!
果たして!
今回はどうでしょうか!」
私は結果を待つ。
しかしマリエは動かなかった。
「マリーエ様、動かず! 審判は下されず! 世界は平和でしたぁぁぁ!」
動く気あるのかぁぁ!?
ない気がするぞぉぉぉ!
まあ、仕方がない。
そもそも冷静に考えてみれば、100万ポイントなんかを自由に使われたら審査にならないよね。
誰だそんな無茶なポイントを与えたのは!
たしかクウってヤツだよなぁぁぁ!
私か!
私ですねごめんなさい。
その時には、面白いと思ったのです。
まあ、うん。
動かないマリエは、とてもとても賢明ということだね。
とてとてだ。
おわったら感謝しよう。
もっとも、まだ大会は続くのだ。
もしかしたら、100万ポイント大爆発の可能性はあるのかも知れない。
すべてはマリエ次第。
ちょっと不安を覚えつつも、期待しておこう。




