469 ハリー・エリック
聖歌隊の合唱は見事だった。
芸大会にはやや空気の合わない気もしたけど、ここは聖国。
しかも、精霊神教の中心地である聖都。
むしろ合わないと言えば芸大会の方かもしれないので、あまり深くは気にしないことにした。
さあ、いよいよ後半戦の開始だ。
「では、いってみよう! 16番の方、ステージにどうぞー!」
わー!
ぱちぱちぱち!
私の声に続いて、観客が拍手と歓声で出場者を出迎える。
会場の空気は上々だ。
これは後半戦参加者の方が有利だろうか。
ステージに上がったのはご老人だった。
黒服に身を包み、白髪をオールバックにまめとめた清潔な姿で、芸人というより歴戦の執事に見える。
「16番、ハリー・エリックと申します」
ご老人が実に美しい動きで挨拶をする。
私は見ていて、本当にこの人が芸をするのかと思ってしまう。
でも、ここは本戦会場。
厳しい予選を勝ち抜いてきた猛者しか上がることのできない場所だ。
私は静かに見守る。
一体、何が飛び出してくるのだろう。
「夕方の話」
ハリーさんが、身動ぎひとつしない直立の姿勢のまま、真顔で言う。
「私、見たんです。
昨日の夕方。
貝が、それはもう立派な二枚貝が、町を歩いているのを」
なんだろうそれは。
凄すぎる光景だ。
「そして、貝が、なぜか体を壁にこすりつけ始めて……」
私は思わず言いかけた。
かいーの?
と。
しかし私は我慢した!
偉い!
「私と目が合うと、貝がこう言ったんです」
ごくり。
私は息を呑んだ。
なんて言ったのだろうか。
わからない。
ハリーさんが言う。
「なーんて。
貝に目なんてあるはずないですよねー、ははは。
ジョークです」
ぷっ。
いかん思わず笑ってしまった。
いやジョークなんだから笑っていいんだけど、笑ったら負け的な本能がわずかにうずいてしまったよ。
「朝の話」
あ、話が変わった。
「私、実は目玉焼きが大好物なんです。
なので毎朝、目玉焼きだけは欠かせません。
サニーサイドアップに、ケチャップをたっぷり。
あ、サニーサイドアップってわかりますか?
片面だけを焼いた目玉焼きのことなんです。
目玉焼きには、実は、2つの派閥がありまして。
片面焼きのサニーサイドアップ。
両面焼きのターンオーバー。
私、こう見えて生粋のサニーサイドアップ派閥でして。
こう見えて生粋の武闘派なんです。
この間もレストランに行った時、
目玉焼きを注文したところ、
なんとターンオーバーが出てきたものですから激高して、
思わずお店を爆破してしまいました」
ええ……。
たかが目玉焼きのことで……。
さすがのクウちゃんさまもドン引きですよ、それは。
「あ、今、たかが目玉焼きのことでって思いましたね?」
くぅぅぅぅ。
クウちゃんだけにくぅぅぅぅぅ。
見抜かれたぁぁぁぁぁ!
「ちがうんです。
ここは、こう思うべきなんです。
えっぐ。
と。
エッグだけに、ね。
ジョークです」
ぷっ。
ぷははははは!
なるほど!
そう来ましたか!
これにはクウちゃんさま、思わず爆笑ですよ!
完全に不意を突かれました!
やりますね、ハリーさん!
「夜の話」
ぬ。
さらに次があるのか!
これは気合を入れねば引き込まれるぞ!
「皆さん、私はバーガーが好きです。
ジューシーな肉のバーガーが好きです。
野菜をたっぷり挟んだ爽やかなバーガーが好きです。
魚肉のバーガーが好きです。
鶏肉のバーガーが好きです」
こ、これは……。
まさかハリーさん、私と同じ転生者!?
まさかあの、伝説の少佐の演説をオマージュしているのか……!?
「ああ、バーガー。この夜も私は、バーガーを食べました」
む。
どうやら違うようだ。
では、なんだ。
なんだというのだ……!
わからない。
このクウちゃんさまを以てしても……。
話の流れを読むことができない!
思えばこの世界で、私はすでにバーガーに関わっている。
マクナルさん。
モスさん。
バーガーを愛するドワーフの兄弟。
そして、この世界の人間であるというのに……。
キングの名をお店に付けようとした、バーガー屋店長のシャルさん。
バーガー。
それは、大いなる海。
ハリーさんが言う。
「でも、起きたんです。
バーガーを食べている最中に……。
事件が。
皆さん、どんな事件だと思いますか?」
事件、だと……。
わからない!
わからないよ!
なんなんだよぉぉぉぉぉ事件ってぇぇぇぇぇぇ!
い、いかん……。
ふぅ、ふぅ。
はぁ、はぁ。
落ち着け、私……。
これ以上、翻弄されてはクウちゃんさまの名がすたる……。
まずは冷静にならねば。
その上で。
受け止めようじゃないか――。
そのオチを!
さあ、来い!
私は負けない!
私、バーガーなんかに、絶対負けないんだからっ!




