45 お店のオープン準備
お姉さんにアクセサリーを売った翌日。
寝坊しがちな私だけど、きちんと朝に起きることができた。
身支度して朝食を取る。
ダンジョン町で買ったリザードの肉串、山脈で汲んだ爽やかな水、宮殿でいただいたパンと果実。
豪華だ。
たっぷり食べて工房に降りる。
今日は準備をする。
昨夜の勢いのままオープンしてしまおうかとも思ったけど、無謀な気がしたのでやめておいた。
まずは立て看板を生成した。
しっかりイメージして――。
とうっ。
完成した看板には、ふわふわ浮かんだ私のシルエットと、『ただいま営業中。いろいろ作ります。いろいろ売ります』の文字。
うん。
上手くできた。
次はちらし。
ちらしも看板と同じように作った。
こちらには住所も載せた。
私のお店はエメラルドストリートの11番。
これを冒険者ギルドやメアリーさんのところに貼ってもらえれば、1人くらいは見に来てくれるだろう。
あとは、商品につける値札なんだけど……。
これはなくてもいいのだろうか。
ダンジョン町の雑貨屋にもマクナルさんのお店にも町の屋台にも値札はなかった。
まずは作らないでおいて、となりのお店に挨拶に行った時に、他のお店がどうなっているのか確かめてみよう。
というわけで手土産を作る。
そう。
今日はこれからとなりのお店に挨拶に行こうと思うのだ。
やはり礼儀を欠いてはならないだろう。
手土産は何がいいかなぁと考えて、無難にクッキーにすることにした。
私は調理技能もカンストなのでハイクオリティで生成可能だ。
しかもプレゼントクッキーというアイテムがあって、ラッピングされた状態で完成させることができる。
ただ、材料の小麦粉と卵と牛乳がない。
外に出て探してみた。
全部、普通に市場で売られていた。
市場には他にも多くの品があった。
袋いっぱいに買っては物陰でアイテム欄に入れた。
爆買いした。
お金があるって素晴らしい。
ちなみに市場では商品に値札がつけられていた。
そして帰宅。
家の工房でクッキーを生成。
「よしっ! 行くかっ!」
のんびりしているとタイミングをなくしそうなので、すぐに挨拶に出かける。
となりのお店は、私のお店よりも大きい。
ショーウィンドウには綺麗なドレスが飾られている。
前世では一度もお世話になったことがないけど、わかる。
高級ブティックだ。
あれこれ、もしかして、クッキーを渡してよろしくね、とか、やれるお店ではないのではなかろうか。
そう思いつつもなにしろおとなりさまだし、顔だけは見せておこうと、おそるおそるお店の中に入る。
センス抜群の店内には、空間に余裕を持ってドレスやバッグが置かれていた。
どの品にも値札はない。
「いらっしゃいませ」
子供な私が来ても、店員のお姉さんは頭を下げて出迎えてくれる。
と思ったら、私の顔をしっかりと見るなり顔色を変える。
「え。あ、はいっ! 少々お待ちください」
お姉さんが慌てふためいて走っていった。
あれ、このパターン。
見覚えがある。
しばらくするとオーナーを名乗る中性的な男性が現れた。
自ら私を三階の応接室に案内してくれる。
部屋に入ってソファーに座ったところで、向こうから頭を下げてきた。
「わざわざお越しいただき恐縮でございます。オーナーのカーディ・エックルズと申します。そちらのオープンに合わせて、こちらから挨拶をさせていただく予定だったのですが……」
「いえ、そんな申し訳ない――」
「それで本日は?」
「これ、手作りのクッキーなんですけど、引っ越しのご挨拶にと持ってきました。よければお召し上がりください」
「光栄でございます、姫様。ありがたく頂戴いたします」
一体、どういう話になっているんだこれは。
高級店のオーナーが低頭平身だし。
しかも、姫様。
たぶん、バルターさんか誰か大宮殿の人が何か言ったのだろう。
「あの、カーディさん。私のことは気楽にクウと呼んでください。私、ただの子供なので敬語もいりません」
「いえ、貴族――それ以上のご身分の方に、そういうわけには」
「私、ただの平民ですよ?」
「……失礼いたしました。失念しておりました。それでは無礼ながらクウちゃんと呼ばせていただきますわね」
「はいっ!」
会話の途中で気づいたけど、遠い国のお姫様な設定になっているんだ、これ。
たしか、そういうことにしようと決めたはずだし。
なるほど納得した。
ならば、私もそんな感じにしておこう。
下に見られて横柄な態度を取られるよりずっと気楽だろう。
威張るつもりはないけどね。
「私のことは秘密でお願いしますね? 他言無用です」
「ええ、心得ているわ。伊達に貴族の女性方も相手に商売はしていないのよ。まかせてちょーだい」
「ありがとう。なるべく迷惑はかけないようにするけど、マナー違反があれば教えてください。私、町で暮らすのは初めてなので、わからないことが多くて」
「わかったわ。クウちゃんのことは内務卿閣下からもお願いされているしね」
「内務卿閣下って……?」
「あら、お知り合いではないのかしら。バルター・フォン・ラインツェル公爵のことよ」
「バルターさんか。執事さんだと思ってたけど、偉い人だったのか」
そうじゃないかなとも思っていたけど。
「ふふ。ラインツェル公爵を執事さん扱いして許されるのは貴女だけよ、きっと。帝国でも屈指の実力者よ」
それにしても、カーディさん。
中性的な感じの紳士だなとは思ったけど、素は女性しゃべりなのね。
「そうだわ! 閣下からは頼まれ事もしていてね。クウちゃん、これから2時間ほどお時間はいただけるかしら?」
「えっと。取れるといえば……。取れますけど?」
今日の予定はいろいろあるけど、約束しているのは午後の遅い時間にセラに会いに行くことだけだし。
「よかった。これから5着のドレスを作らせてちょーだい」
「ドレス……?」
なぜっ!
「お金なら平気よ。前払いでもらっているから」
「いえ、ドレスなんて必要ないというか……」
「あら、社交の場に出るなら絶対に必要よ? セラフィーヌ様のデビュタントに合わせて来月には出ると聞いたけど」
初耳だ。
と言いたいところだけど、そんな会話もあった気がする。
そういえば。
「さあ、みなさんっ! お嬢様を採寸部屋へお連れして。すぐに始めてちょーだい」
パンパンと手を叩いて、カーディさんが女性の職員を呼び集める。
解放されたのは昼だった。
体中を測られて、たくさんの布やデザインを見せられた。
疲れた。
しかし、社交の場か。
正直、ものすごく面倒くさそうだけど、興味がないと言えば嘘になる。
うん。
興味はある。
なので、拒否はしない。
いつものことながら成り行き任せにしておこう。
ブティックを出て、次なる目的地は『陽気な白猫亭』。
私は腹ペコだ。
ついた頃にはお昼のピークを過ぎていて、店内は空いていた。
「やっほー、クウちゃん。また来てくれたんだ」
「うん。ランチ、まだある?」
「あるよー!」
「1つください」
「はーい!」
すぐにメアリーさんが持ってきてくれる。
食べつつ、メアリーさんに話しかける。
「ねえ、メアリーさん。このお店にちらしって貼ってもらうことできる?」
「ちらし? なんの?」
「私のお店。工房を開いたんだ」
「へー。すごいね。クウちゃんのお店ならいいよー」
「メアリーさんが決めていいの? あとお店のこと、驚かないんだ?」
「ここ、私の親がやってるしね。あとクウちゃんは、どこからどう見てもいいところのお嬢さんでしょー」
話はあっさりとまとまって、メアリーさんにちらしを渡す。
「……エメラルドストリートって。本当にお嬢様なんだね」
「すごいの?」
「お貴族様でも来るような店があるところだよ?」
「あー。なるほどー」
「ちらし、このへんでいい?」
目に付きそうな場所をメアリーさんが選んでくれる。
「うん。ありがとうっ!」
「しかし、その歳でお店って。クウちゃんは、楽に生きてるのか苦労して生きてるのかわかんないねー」
「あはは。たしかにそうかも」
ランチを食べおえて、メアリーさんにお礼を言って、お店を出る。
次は冒険者ギルドだ。
さくっと貼ってもらおう。
「いえ、ダメですよ」
リリアさんにあっさり拒否された。
「なんでー!」
「ギルドが特定のお店に肩入れできるわけないでしょ」
「そこをなんとかー!」
「ダメなものはダメです。例外なんて作ったら、そこを突かれて、どんな連中が利益を貪ろうとしてくるか。ただでさえ大商人連中が、冒険者ギルドを取り込もうとあの手この手で絡めてくるのに」
「うう……」
相変わらずリリアさんが言うことは正しい。
「泣いてもイジケてもダメ」
「はい……」
私はあきらめた。
「まったく、心配してたのに、久しぶりに顔を出したと思ったらお店とか」
「いろいろあったんだよー。知りたい?」
「知りたくありません。上に報告するのが大変なだけだし。でも本当に心配はしてたんだからね。元気そうでよかった」
「ありがとう」
「お店は、オープンしたら一度は行かせてもらうよ。会話の中でオススメならしてあげられると思うし」
「ありがとうっ!」
リリアさん、やさしい。
「でもそうすると、せっかく登録したのに、冒険者は廃業かな?」
「ううん。やめないよ。ダンジョンにも入りたいし」
なんといっても転移陣がある。
探して登録せねば。
「なら、たまにでいいから依頼はこなすこと。一年間何もしないと自動的に登録が抹消になるから。抹消になると再登録は大変だよ」
「はーい!」
冒険者ギルドから出ると、すっかり午後も遅い時間だ。
まだもう片方のおとなりさんに挨拶をしていないけど、それは明日にしよう。
私はセラのところに行くことにした。
願いの泉には、『帰還』の魔法で行けるので簡単だ。
『帰還』の魔法の帰還地点は、そういえば我が家に変更するつもりだったけどしばらくは願いの泉でいいかも知れない。
夜の空をふわふわ浮かんで帰るのは、けっこう気持ちよくて好きだし。
「帰還」
暗転を挟んで、いつもの泉の上に出た。
ご覧いただきありがとうございましたっ!
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