449 閑話・アンジェリカはテスト中
教室には、巡回する先生の靴音と、ペンの音だけがあった。
静かだ。
窓から差し込む陽光は明るい。
でもそれほど暖かくはない。
今は11月の下旬。
いよいよ今年も、あと一ヶ月と少しでおわろうとしている。
私、アンジェリカは今、テストの真っ只中。
問題は難しくない。
しっかりと復習してきた内容だ。
ただ、集中しきれずに、問題を解くペースは遅めになってしまっている。
つい他事を考えてしまう。
今、城郭都市アーレでは、お笑い大会の話題で持ちきりだ。
アーレを治めるローゼント公爵様がいきなり主催を決めたそのお笑い大会で優勝すれば金貨100枚がもらえる。
そして、リゼス聖国で行われる『平和の英雄決定戦』というイベントの予選参加権が得られる。
聖国への旅費と滞在費も、別途で全額もらえるそうだ。
平和の英雄決定戦のことも、すでに神殿から告知されている。
主催は、なんと聖女様。
その聖女様いわく、優勝者には精霊様がどんな願いでも叶えてくれるという。
どんな願いでも……。
すごい話だ。
普通なら笑い飛ばされるだろうけど……。
聖女様が言っているのだ。
聖女様が嘘をつくはずがない。
だからそれは本当なのだ。
とはいえ、聖国は遠い。
ザニデア山脈の向こう側、ジルドリア王国の先だ。
気軽に行ける場所ではない。
さらに参加者多数の場合は、予選に出るだけでも抽選に当たる必要があるそうだ。
行ったところで門前払いの可能性もあるのだ。
だからみんな、ダメ元で参加してみたいとは思いつつも、本当に行こうとしている人はほとんどいなかった。
そんなところに、公爵様からの告知があったのだ。
町は盛り上がっている。
なにしろ金貨100枚。
大金だ。
そして聖国に行かせてもらえて、平和の英雄決定戦に出ることができる。
クラスメイトも、何人かが参加を決めていた。
…………。
……。
テストの問題を解きながら、私は思う。
精霊が、願い、ねえ……。
精霊と言えば、私は2人を知っている。
クウとゼノだ。
ゼノは、闇の大精霊。
見た目は私と同じくらいだけど、最上級の精霊だ。
クウは、精霊のお姫様だという。
ゼノが言うには精霊のトップ。
もっともクウ自身は、私はただのふわふわでかしこい精霊さんだよー、と否定していたけど。
ただ、精霊のお姫様ではあるようだ。
なので願いを叶えるとすれば……。
クウかゼノなのかなぁ……。
と思う。
そもそも「お笑い大会」という時点で、絶対にクウが関与している。
私にはその確信があった。
と、すれば――。
うーん。
願いねぇ……。
たしかにクウもゼノもすごいけど、「なんでも」というのは、いくらなんでも無理のような気がする。
誇張されちゃってるんじゃないだろうか……。
いつものように、その場のノリだけでテキトーに決めちゃって……。
まあ、いいけど。
私自身は、お笑い大会に出るつもりはない。
だって、さすがに恥ずかしい。
でも、うん。
セラやエミリーは出るのだろう。
クウが関わっているなら、特に。
んー。
そう考えると、出たい気もする。
ただ、うん。
でも、さすがに公衆の面前で芸をするのは……恥ずかしすぎる……。
そんなことを悩みつつも。
テストの回答はおわった。
完璧だ。
難しい問題ではなかった。
私の席は窓際だ。
私は窓越しに、青空に目を向けた。
え……。
えーーーーーっ!
あぶなっ!
あやうくテスト中に大きな声をあげるところだった。
だって――。
またも青空の中に、ふわふわと浮かんだ空色の髪の女の子がいた。
クウは魔力を感知できる。
私の居場所は、魔力の反応でわかるそうだ。
こちらに向かって手を振っている。
クウと合流したのは、テストがおわってからのことだ。
校門から外に出るとクウがいた。
「やっほー、アンジェ」
「来てくれて嬉しいわ、クウ。教室では驚いたけど」
「あはは。気づいてくれたんだ」
「まあね」
歩きながら話をする。
「――ねえ、クウ。もしかして来たのってお笑い大会のこと?」
「あ、知ってるんだ?」
「アーレでも大々的に告知されたわよ」
「そかー」
「クウなんでしょ? 聖国でお笑い大会なんて企画したの」
「うん。そだよー」
クウはあっさりと認めた。
やっぱりか、とは思いつつも、すごいことだ。
「……クウって、聖女様と知り合いなの?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
「なにを?」
「友達だよ。聖国に行ったらアンジェにも紹介するよー」
「してくれるんだ……? って、聖国に行くんだ?」
「うん。今日はアンジェも誘いに来たんだけど」
「行くっ!」
私は即答した。
「よし、決まりだねっ! セラとエミリーちゃんも来るから、久しぶりにみんなで旅行しよう」
「うんっ! 楽しみー! ありがと、クウ!」
「どういたしましてー」
「……あ、でも、セラとエミリーは大会に出るの?」
「ううん。出ないよー。見学だけー」
「そっか」
「アンジェは出るの?」
「さすがに恥ずかしいから私もやめておく」
私は肩をすくめた。
セラとエミリーが出るなら、考えたけど。
「クウは?」
「私は司会者だよー。正体は隠すけど」
「なるほど」
それは面白い大会になりそうだ。
聖国に行くのは、12月の下旬。
その頃なら学校は冬休みに入っている。
問題なしだ。
「あとアンジェ、今日これから時間は空いてる?」
「うん。空いてるけど……」
あらたまってなんだろう。
と思ったら、なんとまさかのダンジョンへのお誘いだった。




