448 クウちゃんの午後 完結編
お医者様による検査の結果、私に異常はなかった。
はい。
それはそうだろう。
なにしろ私、自作自演なのです。
本当にごめんなさい。
「じゃあ、あのー。私はこれで……」
とにかくおうちに帰ろうとすると、皇妃様に引き止められた。
「クウちゃん、今夜は大宮殿に泊まっていきなさい。検査に異常がなくとも記憶を失うほどの衝撃を頭部に受けたとなれば、油断は禁物です」
「あ、なにかあっても魔法で……」
「店長、ここは大事を取るのがよろしいかと。頭部への損傷となれば魔法の発動も危うくなります」
「そうだよっ! クウちゃんになにかあったら大変だもん!」
ぬぐぐ。
ヒオリさんとエミリーちゃんが私をベッドに押し戻す。
「クウ――。それで一体、何があったのだ?」
陛下が私にたずねる。
私の嘘に仕方なく付き合ってくれている――という様子はない。
真顔だ。
「それは――」
私が返答に迷っていると……。
今度はバルターさんが……。
「クウちゃんでも不覚を取るほどの敵が現れたのですか?」
なんてことを言う。
「クウちゃん……まさか……。それは巨大な『闇』ですか……? 前にクウちゃんが負けたっていう……」
セラがつぶやく。
「負けた? クウちゃんが負けたのっ!?」
エミリーちゃんが大きな声を上げて、セラに詰め寄った。
「あ、いえ……。それは……」
セラが口ごもる。
うしろにいたローゼントさんとお兄さままでもが、私が負けたという言葉に驚愕している様子だ。
なんだか急に、場の空気が重くなった。
巨大な闇ってゼノのことだろうか。
闇の大精霊だし。
でも、ゼノに負けたことはない。
あ、ゲームではあるか……。
連想ゲームで不覚を取ったことは何度かあるね……。
「……クウちゃん、それはやはり、昨今、クウちゃんが気にしていた魔王という存在なのでしょうか?」
バルターさんが私にたずねる。
真顔だ。
「いえ、あの……。なんていうか……」
そもそも私は負けていないですよ。
と、言おうとしたところで。
思い出した。
巨大な闇。
それは以前、セラに語った私の前世での最後だ。
「クウちゃん……」
涙目のセラと目が合った。
「あ、えっと。セラ、大丈夫。今回のはそれとは違うから」
「違う敵なんですか!?」
「敵というか、まあ、敵だけど……」
学問という難敵……。
敵ではある……。
場がざわめく。
いかん。
なにやら深刻な雰囲気を作ってしまっている。
これでは本当に帰れない。
もういっそ、やっちゃう……?
もうヤケで。
まずはスリープクラウドで全員眠らせて……。
ゼノを連れてきて……。
記憶を操作して……。
すべてをなかったことにしちゃう……?
いや、ダメダメっ!
それをやっちゃあおしまいだよ、クウ太くん!
信用がなくなるよ!
ボクはクウえもんだからね、さすがにそれは止めるよ、うん!
そもそもそんなことしたって……。
また勉強が襲いかかってくるだけだ……。
そう。
私は記憶を失わねばならないのだ!
そして、なんでもできちゃう天才クウちゃんという至高の称号を守りつつ、質問から逃れるのだ!
し、しかし……。
「クウ、教えてもらえないだろうか? 我々に出来ることであれば、協力は惜しまないと約束する」
陛下が真顔でそんなことを言ってくる。
ちがうのー!
そういうのじゃないのー!
協力してくれるのなら、もうおわらせてー!
という私の心の叫びは届かない。
みんな、真剣に、私からの返答を待っている……。
あ。
お兄さまと視線が合った。
マズイ!
お兄さまは危険だ!
お兄さまは、私の見栄っぱり事情をすべて知っている!
私の計画がバレる可能性がある!
私はあわてて視線を逸らした。
…………。
……。
いくらかの間を置いて、お兄さまが言う。
「父上、母上、お祖父様、皆――。ここは俺に任せてもらえないだろうか」
「……カイスト、いきなりどうした?」
「クウと2人きりで話をさせて下さい」
「だから、何故だ?」
問いかける陛下の声は厳しい。
「理由があるからです」
「それを言えと言っている」
「言えません。ですが――。なあ、クウ――」
お兄さまが、私が身を起こしているベッドの脇にしゃがんだ。
そして、にっこりと笑う。
「おまえも俺に話したいことがある。そうだろう?」
この笑顔。
この態度。
まさか……。
バレた……。
「ちがうのなら、俺からここで言ってもいいが――」
「ありますよっ! ありますからー!」
ここで言うのは許してー!
というわけで。
お兄さまと2人きりになった。
「あのお……」
私はおそるおそる、話を切り出そうとした。
「記憶を失ったというのは嘘だな? どうせエミリーに勉強のことを聞かれて誤魔化したのだろう?」
「う」
ど、どうする私……。
しかし、もはや万策は尽きた……。
「は、はい……」
私はあきらめてうなずいた。
「おまえというヤツは……。素直に知らないと言えばいいだろうに」
お兄さまがため息をつく。
「今更言えませんよー……! 私にも沽券ってものがあるんですー……!」
小声で反論する。
「それで、どうするつもりだ?」
「どうすると言われても……」
「このまま記憶喪失で誤魔化し切るつもりか?」
「協力してくれます?」
「してほしいというならするが――。本当にそれでいいのかおまえは? 友を騙したままで過ごすのか?」
「う」
それは、たしかに……。
結局。
見栄を張っていてごめんなさいすることになりました。
みんな許してくれました。
エミリーちゃんには少し怒られました。
「もー。クウちゃんってばー。わたし、そんなことでクウちゃんを嫌いになったりしないよ! だってクウちゃんは、勉強なんて出来なくたって、かわいくって美人で可憐で清楚で……。クウちゃん、あとなんだっけ」
「優雅で最強、とか?」
「うん、それも! とにかく、わたしの一番の憧れなんだからー!」
ともかくこうして。
エミリーちゃんに気を張る必要はなくなりました。
これからはまた、自然に付き合えそうです。
よかったです。
見栄なんて張るもんじゃないねえ。
「店長! 今からでも遅くありません、家に帰って勉強をしましょう! 某どこまでも教える覚悟です!」
「あ、それはいいです」
いや、ホントに。




