44 1人の夜
夜。
私は1人、新しい我が家にいた。
お店を軽く整えたところで、あらためて、家の中を軽く回ってみる。
カウンター奥のドアを開けて、工房に行く。
工房には、最初から壁際に大きな棚が設置されていた。
作業用のテーブルもあった。
テーブルと棚に鉱石とインゴットを並べてみた。
うん。
作業している感じが出た。
いいね。
工房からはドアを開けて庭に出ることもできた。
少し庭を見た後は、家の中に戻って、階段を上がった。
魔法の明かりの下、2階を見て回る。
リヒングに客室に……。
キッチンやバスルームもあった。
お客さんを招いたり、普段の生活をするスペースだね。
水回りは、すぐに使えるように整えられていた。
ありがたや。
最後は3階。
3階には、今のところ、私の部屋だけがあった。
他は空室だ。
私の部屋は、まるでホテルの一室のように無駄なく整えられていた。
生活感はない。
なにしろ、まだ暮らしていない。
部屋の照明をつけて、魔法の明かりは消した。
私は、窓際の椅子に座った。
手足の力を抜いて、だらんとした。
窓には私の姿が映る。
我ながら、いつ見てもどの角度から見てもかわいい女の子だ。
「…………」
静かだ。
正直、早くも寂しくなってきた。
これから先、私は、ここで1人で生きていくのか。
「竜の里、いこっかな……」
銀魔法『転移』で次の瞬間には到着できる。
うーん、でも、ナオにはあまり来るなと言われているし、お別れしてすぐに行くのは恥ずかしすぎるか。
「大人しく、セラのところでお泊りすればよかったかなぁ……」
…………。
……。
静かだ。
「うわああぁぁぁん!」
なんか喚きたくなったので喚いた。
「うわっ!」
そうしたら体のバランスが崩れて、私は椅子から転げ落ちた。
痛みはない。
真新しい天井を見つめる。
…………。
……。
心配してくれる人も、笑ってくれる人もいない。
静かだ。
寂しい。
よし。
帰ってきたばかりだけど、気分転換だ。
お腹が空いた。
何か食べに行こう。
早速、『浮遊』と『透化』で、壁をすり抜けて外に出た。
よく考えたら私、鍵いらないね。
久しぶりな夜の繁華街。
今夜も賑わっている。
五感で雰囲気を味わいたいところだけど、私は見た目11歳なので安全のために姿を消したまま移動。
『陽気な白猫亭』についたところで『透化』を解除する。
忘れずにショルダーバッグを身につける。
お金はバッグから出す設定だ。
おっといけない、ローブも身につけよう。
バルターさんにもらった綺麗な方のローブだ。
お店に入る。
賑わうフロアを猫耳のメアリーさんが大忙しで走り回っていた。
「メアリーさん、こんばんはー」
「あっ。クウちゃん! ひっさしぶりー!」
「お。祝福ちゃんか?」
「いつぞやの精霊の子か」
「元気だったかー!」
「うん。元気だよー」
私のことを覚えてくれていた人たちにも挨拶して、カウンター席に座る。
すぐにメアリーさんが来てくれる。
「クウちゃん、こんな夜に出歩いて」
「平気だよー」
「何か食べてくの?」
「お腹へってるので、オススメ料理と果実水ください」
「はーい! でもホント、久しぶりだねー。しばらく来れないって言ってたけど、用事はもう済んだの?」
「おわったよー。明日から帝都で暮らすんだ。またよろしくね」
「よろしくね!」
白い尻尾を揺らしてメアリーさんは仕事に戻った。
敵感知に反応はなし。
多様な種族の人たちが楽しく騒いでいる。
私ものんびりと雰囲気を楽しむ。
「はい、どうぞー! 果実水に、パンとトマトスープとスペアリブだよ。肉、クウちゃんには量が多いかな?」
「量はこれでいいよ! 挑戦するっ!」
「あはは。無理しないでね?」
スペアリブにかぶりつくと、肉汁があふれた。
宮廷料理はもちろん最高だったけど、こういうワイルドなのもよいっ!
「美味そうに食べるわねえ、エルフさん」
「美味しいしね!」
となりの席にいた人間のお姉さんが私に感心した目を向けてくる。
エルフ呼ばわりは気にしないことにしよう。
ゲーム時代、精霊はエルフの下位互換!と言われていた精霊の私としてはカチンと来るところだけど。
エルフは、大人でも幼い容姿なこともあるとオダンさんは言っていた。
エルフと思われたほうが自然にお店にいられそうだ。
「お姉さんは食べないの? お酒だけ飲んで」
「ちょっと考え事中でね……」
「どんな?」
「今度、うちの妹が結婚するんだけどね。なんかこう、お金がかからなくてよいものがないかと思ってねー。高いものは買えないからさー」
話を聞いていると――。
「精霊ちゃんだー! やっほー!」
酔っ払った猫耳のお姉さんが、ジョッキを片手に私に近づいてきた。
知らない人ではない。
最初の夜に、遊びで祝福してあげた人だ。
抱きつかれて頬を擦りつけられたので顔は覚えている。
また祝福してーと甘えてくるので、してあげた。
「きゃーありがとー! うれしー!」
「はーなーれーろー」
また抱きつかれて酒臭い息を間近で浴びて、私はもがいた。
お酒が飲みたくなっちゃうだろー!
「こらっ! キャロン! 何やってんの! クウちゃんが困ってるでしょ!」
メアリーさんが助けに来てくれて、やっと解放された。
「ありがとねー、精霊ちゃん!」
悪びれた様子もなく酔っ払いのキャロンさんは去っていった。
「まったくもう」
私は食事の途中だぞ。
私はとなりの席のお姉さんに、気を取り直して話しかけた。
「それでお姉さん、さっきの話だけど、アクセサリーなんてどう?」
「いいとは思うけど高いでしょ。私、出せても銀貨2枚だし」
「それくらいならあるよー」
「オモチャみたいなのは贈れないよ。ウェーバー商会にあるみたいな、ちゃんとした品じゃないと」
「試しに見てみない? 私のお店、すぐ近くなんだけど」
「エルフさん、お店やってるんだ?」
話はまとまって、お店に案内することになった。
お店の常連と親しいということで、信用してくれたようだ。
食事を取ってから、お姉さんを連れて私は我が家に戻った。
お店の照明はついたままだった。
それどころかドアの鍵も閉めていなかった。
今度から気をつけよう。
お姉さんには、完全に高級店と思われて怖じ気づかれたけど、背中を押して店の中に入れる。
「アクセサリーはこの棚だよ。特別サービスでどれでも銀貨2枚でいいよ」
我ながら自信満々に言ったけど……。
実は、相場なんて知らないので……。
銀貨2枚どころか、銅貨1枚の価値すらないのかも知れない。
アクセサリーは、竜の里での交換会で、竜の人たちが特に喜んでくれた品なので良質だとは思うけど……。
落胆されないか心配しつつ、私はお姉さんの様子を見た。
お姉さんは……。
大いに感動してくれた!
私のアクセサリーに、銀貨2枚以上の価値を見出してくれたようだった!
本当に銀貨2枚でいいのかと何度も聞かれてしまった。
買ってもらえました。
笑顔のお姉さんを、私も笑顔でお見送りした。
私、異世界で初めて商売をしました。
売上は約2万円。
これって、すごいことだよね。
すっかり気持ちよくなって、この夜、私は幸せに眠ることができた。




