438 閑話・10月のこと 王国編
「おーほほほほっ! ようこそお集まり下さいました、新メイドの皆様。今日からよろしくお願いしますの」
私の名前はトーノ。
15歳。
商家の三女。
王城のホールに集まった同僚と共に、今、新人のメイドとしてエリカ王女の話を聞いている。
エリカ王女は本当に堂々とした方だ。
私は今まで、高笑いなんて演劇でしか聞いたことはなかったが、なるほどこれが本物かと納得する。
「わたくしが皆様に要求するのは3つ。気品、勤労――」
エリカ王女の言葉は理解できる。
私達はこれから王女直下のメイドとなる。
常に気品を持ち、常に真摯に仕事をこなすのは当然だ。
「そして、武力ですの」
ただ、最後の1つはよくわからない。
いや、私達は全員、わかった上で今ここにいる。
わかってはいるが、では、本当にわかっているのかと言えば、実のところはよくわからない。
「もちろん、現段階において、皆様の大半が武力など持たないことは十分に承知しております。
ですがご安心を。
こちらにいる、わたくしの右腕たる最強のメイド長ハースティオが、皆様を精強なメイドに導いてくれます」
メイド長ハースティオ様の噂は嫌というほど聞いている。
まだ20歳前後にしか見えない美女。
しかし、その武力は、すでに王国で比類なきものとして知られている。
先日の暴動騒ぎもあっという間に鎮めたのは彼女だ。
本当に美しいお方だけど……。
エリカ王女に紹介されて、ハースティオ様が短く挨拶をする。
それに対して私達は揃った声で、よろしくお願いします、と一礼する。
一糸乱れぬ行為。
これについては事前に練習した。
「現在、わたくしのメイド隊は10名。これに今回、皆様20名を加えて、ここにわたくしは正式に、王女専属メイド隊――名付けて『ローズ・レイピア』の結成を宣言いたしますの」
エリカ王女の宣言に合わせて、先任のメイドが真紅の旗を掲げた。
赤いバラを背にした刺突剣。
それが私達のエンブレムだ。
もっともエンブレムについては、私達が今着ている制服にすでについているので知っていたけれど。
それにしても、よく私は合格したものだと思う。
私は完全に浮いている。
まず、見た目が地味だ。
特技はない。
魔力もない。
エリカ王女の専属メイドは、エリートの中のエリート。
ハースティオ様の活躍もあり、応募の時には更に人気は上がっていた。
年齢と性別以外は一切不問という応募条件もあって、私のまわりでもダメ元で大勢が応募していた。
その中で、書類選考を通ったのは私1人だった。
なぜ通ったのだろうか。
私はエリカ王女による面接の場面を思い出す。
「トーノクウネルというのは貴女ですのね。それは間違いなく、貴女の本名ですか?」
「はい。そうです」
正確に発音するならば、トーノ・ク・ウネル。
それが私の氏名だ。
「わかりました。貴女は合格です。もう帰ってくれて結構ですの」
思い出しても意味不明だ。
筆記も実技も、なんのテストも受けず私はその場で合格した。
他の皆は、厳しいテストを受けている。
上級貴族の子弟ですら例外はなかった。
だけど、合格したからにはそれなりには頑張るつもりだ。
商家の三女の私は、こんな奇跡でもなければ、父の決めた相手と結婚するだけの人生だっただろう。
私自身にも、別にやりたいこともなかったし。
そうして私は、メイド隊『ローズ・レイピア』の一員となった。
メイドとしての日々は……。
血反吐を吐くものだった。
初日から半殺しにされて、回復されて、また半殺しにされた。
ダンジョンにも連れて行かれた。
魔物と戦って死にかけた。
正確には何度も殺されて、だけど回復された。
どこからどう考えても、それはメイドの修行ではない。
だけどそれが、メイドの修行だった。
脱落者はいなかった。
何故なら、ハッキリと実感できるのだ。
ハースティオ様の容赦ない指導の下、成長を促進するという魔道具の指輪を身につけて死闘する度に――。
信じられないほどに自分が強くなっていくのが。
そして、ただの小娘だった自分が、わずか2週間の後には、単身で魔物を討伐できるようになった。
ありえない話だ。
これでやる気をなくす方が難しいだろう。
短い休暇で家に帰った時。
私はさらに、もう自分が過去の自分ではないことを実感した。
家に帰ると、ガラの悪い借金取りが来ていた。
父は騙されてしまったらしい。
必死に返済の猶予を頼み込むが、許してはもらえない様子だった。
私よりも3つ年上の姉が、「儲かる仕事」を紹介するという名目で連れて行かれようとしていた。
10秒とかからなかった。
私はガラの悪い連中を教わった通りに鎮圧した。
衛兵を呼んできてもらう。
私が王女専属メイド隊『ローズ・レイピア』の制服を着ていたことで、話はとても簡単についた。
ガラの悪い連中は違法な金利をかけていた。
それは法律で厳しく禁じられていることだ。
その夜は、大勢の人が集まった。
私が本当に『ローズ・レイピア』になったことを知って、町の権力者までもが私に挨拶をしに来たのだ。
私は本気で自重しなくてはいけないと強く思った。
常にハースティオ様には言われている。
絶対にいい気になるな、と。
どれだけ強くなったつもりでも、まだまだ私達なんて下の中。
ようやく最初の一歩を踏み出したところ。
帝国には、ハースティオ様ですら手も足もでない、本当の意味で最強と呼べる存在もいるという。
信じられない話ではある。
ハースティオ様は、人の域など超えた圧倒的な強さを持った方だ。
騎士が束になってもハースティオ様には勝てない。
そのハースティオ様が手も足も出ない相手がいるなんて。
しかし、冗談を言っている様子はなかった。
エリカ王女も同じだ。
つまりそれは、真実なのだろう。
帝国は現在、恐るべき勢いで力をつけているとエリカ王女は言った。
聖国もまた、聖女ユイリア様の下で力をつけている。
世界には悪魔が現れ、常に邪悪の機会を窺っている。
対して王国は――。
私達の肩にかかる期待は大きい。
いい気になっている場合ではないのだ。
でも、私のことを誇りだと言ってくれる家族の笑顔を見ていると、嬉しい気持ちは溢れてくる。
エリカ王女がどうして私を選んでくれたのかはわからない。
一体、私のどこに、なにを感じてくれたのだろう。
自分で考えても、さっぱりわからない。
だけど私は選ばれた。
それは、本当に本当の真実だ。
――全力で答えよう。
――その期待に。
嬉しい気持ちの中、私は今更ながらそのことを誓った。
なにを感じたのか……。
その答えは、第1話をご参照くださいっ!
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