434 ダンジョンの奥から響く足音
トラブルを避けるならば、別の場所で狩りをするべきだろう。
みんなが狙っている獲物を奪うつもりはない。
だけど気になる。
とても気になる。
一体、なにがポップするのか。
どんな戦いになるのか。
というわけで。
セラとアリーシャお姉さまには少し待ってもらい、ネームド待ちをしているらしき冒険者に話しかけてみた。
水色メイド姿の私が歩いて近づいていくと、露骨に警戒された。
まあ、うん。
怪しいよね。
「こんにちはー」
私は陽気な笑顔で挨拶する。
声をかけたのは、ネームドのファーストタッチには関わらない後列にいた魔術師のお姉さんだ。
「……あなた、誰?」
「私、メイドです」
にっこり、お返事。
「なんでメイドさんがこんなところにいるの?」
「お嬢さまの付き添いです」
私はセラたちの方に目を向けた。
すると魔術師さんには、ますます警戒した顔をされた。
「……貴族?」
「いいえ。姫様です」
「姫様って……。まさかエリカ王女?」
そういえばここはジルドリア王国だったね。
まあ、いいや。
「それで質問なんですけど、ここってなにか出るんですか? みんな、妙に緊張して待ち構えていますよね?」
「それは……」
残念ながら、即答してはもらえなかった。
興味を持たれて参戦されては困るということだろう。
「ただの好奇心なので、教えてもらえたら後は見ていますよ。まわりのトカゲは狩りますけど」
魔術師さんが迷っていると、前にいたリーダーらしき戦士さんが、面倒だから教えとけと言ってくれた。
「この広場にはね、たまに真っ白なトカゲが出るの。私達はそれを狩るために張り込んでいるの」
「へー。いいものを落とすんですか?」
「まあね」
「どんなもの?」
無邪気にたずねると、渋りながらも教えてくれた。
魔力を帯びた皮がドロップするらしい。
その皮をなめしてマントにすると、高い防御効果に加えて、それはもう白く輝く優雅な品になるのだそうだ。
最後にお礼と情報料代わりに姫様からということで上級ポーションを渡して、私はセラとお姉さまのところに戻った。
その後は、通路の付け根に陣取ってトカゲを狩った。
ネームド釣りの邪魔になるといけないので、今回は私が石をぶつけて一匹ずつ連れてくるスタイルだ。
白いトカゲはなかなか湧かなかった。
一時間が過ぎた。
「……ねえ、クウちゃん。もう少しだけと言ってから、もうかなり経っている気がするのですが、まだやるのですか?」
すでにお姉さまはくたくただ。
くたくたなのに、敵を連れてくればちゃんと戦うあたりは、さすがというか生真面目というか。
なんにしても、運動量としてはもう十分だろう。
「そろそろおわりますか」
私は言った。
「ふうぅぅ。……わたくし、もう動けませんわ」
その言葉を聞いて、お姉さまがへたりこんだ。
「充実の時間でしたね、お姉さま」
セラは笑顔を見せるけど、とはいえ、体はさすがにふらついている。
「はい。どうぞー」
私は2人に水と姫様ロールを渡した。
「……うう。念願のスイーツなのに、口に入りませんわ」
「そうですね……。わたくしもです」
セラもしゃがむと、どっと疲れがきたようだ。
私は立ったまま水を飲む。
「それにしても、白いトカゲでしたっけ。現れませんね」
「だねー」
私はセラにうなずいて、広場を見た。
広場では、まだ冒険者たちが臨戦態勢を取っている。
ネームドのポップ待ちも大変だ。
と、その時だ。
低い音と共に、ほんの少しだけ地面が揺れるのを感じた。
ドスン――。
それは大きな魔物の歩く音なのだろうか。
通常状態の敵感知に反応はない。
「クウちゃん、これは……」
お姉さまが不安げにあたりを見る。
「なんでしょうね」
範囲を広げてみると――、いた。
強い敵反応が、洞窟の奥からこちらの広場へと近づいて来ている。
その速度はゆっくりとしたものだけど――。
これは危険ではなかろうか。
反応の強さからして、かなりの難敵だ。
「なにかわかりましたか?」
セラが聞いてくる。
「敵だね。強いヤツが奥に現れたみたい」
もちろん、最悪、私が倒してしまえばいいんだけど……。
いくら難敵とは言っても、ネームドモンスターを無闇に倒すのは憚られる。
難敵なればこそ、きっと価値は高い。
討伐隊が組まれてみんなで倒したりするのだろう。
通りすがりの私がさくっと倒すのは恨まれる行為な気がする。
ドスン。
再び地面が揺れたところで――。
広場に白いトカゲが現れた。
冒険者たちの反応は、地面の揺れのせいで一様に遅れた。
その中で、いち早く動いたのは、私がしゃべりかけたパーティーだった。
「よっしゃぁ! リリーリーンは俺がもらったぁ!」
占有権を得てリーダーの戦士が吠えた。
「やるの!? 危険じゃない!? 今の振動って、絶対にあいつ――。ここのヌシの地竜ググードよね!?」
魔術師さんが悲鳴みたいな声をあげた。
接近中の難敵は、地竜のググードという個体のようだ。
「来る前に倒せばいいんだよ! 行くぞ!」
他の冒険者たちが、リリーリーンという名称らしき白いトカゲとの戦いを始めた彼らに声をかける。
「おい、レック。俺たちは逃げるぞ」
「救援を出すなら手伝うが?」
「いらねーよ! 救援を出したら皮が落ちないだろうが!」
リーダーの戦士が他の冒険者の手助けを拒む。
「命あっての、だぞ?」
「ほっとけ!」
「無茶しやがって……。ググードに見つかったら確実に殺されるぞ」
「その前に倒すさ!」
占有権があって、救援を出せばアイテムが落ちなくなるあたり、ダンジョンのシステムはゲーム的だ。
白いトカゲをあきらめた冒険者たちの行動は素早かった。
トカゲを避けて、足早に広場から出ていく。
占有権を得たパーティーが果敢に白いトカゲに挑んだ。
白いトカゲは、さすがにネームドだけあって、他のトカゲよりも遥かに強い個体のようだ。
剣を表皮で弾き返し、強烈に尻尾を振るってくる。
さらには――。
目が光った。
特殊攻撃だ。
ただ、その攻撃はわかっていたようで、冒険者たちは素早く目を反らした。
しかしそれが隙になった。
白いトカゲが、鋭い牙でリーダーに噛み付いた。
すぐに頭を叩いて強引に離したけど、腹に重い傷を受けた。
「レック! そうだ、姫様にもらったこれを――!」
おお。
私のあげた上級ポーションが役に立った。
傷にかけると、みるみる回復する。
「クウちゃん、彼らは苦戦しているようですが、手伝わなくてもいいのですか?」
アリーシャお姉さまが彼らを心配する。
「ネームドモンスターには占有権があるから手出しできないんですよ」
「そうなのですか……」
激戦だった。
焦るあまり、いつものように連携できていないのだろう。
まわりにいたトカゲにも絡まれてしまって、すぐさま、魔術師のお姉さんが睡眠の魔術で眠らせた。
うん。
弱いパーティーでないことは確かだ。
しばらくすると冷静さを取り戻して、そこからは白いトカゲにじわじわとダメージを与えることができた。
ドスン――。
ドスン――。
――足音は、どんどん広場に近づいてきていた。




