432 リザードの巣
さあ、やってきましたダンジョン『リザードの巣』。
リザードの巣は、ジルドリア王国の王都近郊にあるダンジョンだ。
中の探索は、ほとんどしていない。
ボスも未討伐だ。
以前来た時には、ボス部屋よりも先に隠し部屋を見つけたので、そこだけ解放して済ませた。
なので私も探索は楽しみだ。
飛んできたのは、というわけで隠し部屋だ。
隠し部屋の構造は、どこのダンジョンでも変わらない。
転移陣と、左右二本の柱に支えられた漆黒の板が置いてあるだけだ。
殺風景なものだった。
ゲーム的思考でいけば、黒い板は多分、周囲の魔素を吸収してダンジョンを形成しているという『コア』にアクセスするための端末なんだろうけど、今のところ使い方はわからない。
「じゃあ、セラにお姉さま。まずは剣をどうぞ」
アイテム欄からミスリルソードを取り出す。
「ありがとうございますっ!」
セラが元気に剣を受け取る。
早速、素振りを始めた。
初めてのダンジョンにも臆する様子はない。
さすがはセラだ。
「ほら、お姉さまも」
「……本当にやるのですか? わたくし、面倒なのですが」
「もー。面倒ってなんですかー。いい加減に覚悟を決めてダイエットしないと大変なことになりますよー?」
「お姉さま、一緒に頑張りましょうっ!」
「はぁ……。わかりました……。クウちゃんの言う通りですわね……」
「あと、今日は防具をつけましょう。今日は魔物を退治して回る予定です。他の冒険者と遭遇すると思うので」
防具は、革の脛当て、革の腕当て、革鎧。
セラもお姉さまも素早さ重視の戦い方をするので、重量のある防具は身に着けないほうがいい。
剣は両手で使うこともあるので、盾はなし。
ダンジョンを探索する冒険者として考えれば軽装すぎるけど……。
それを言ったら、少女3人組という時点でアウトだ。
なんちゃってスタイルで十分だろう。
お嬢さまのお遊戯的な?
陰に護衛がいるっぽい的な?
そんな感じに思ってもらえる雰囲気があればいい。
冒険者として本気で訓練するなら駄目だけど、今回はお姉さまの脂肪を燃焼させるのが目的だ。
セラも冒険者になるわけではないしね。
ちなみに私はメイドさんになった。
お嬢さまの付き添い的な?
学院祭の時に着た水色の服だ。
頭には布を巻いて髪を隠した。
「さあ、行きますよー!」
最後に防御魔法をかけて、私は隠し部屋のドアを開けた。
すると目の前で――。
砂が、まるで雪のように降っていた。
さらさら、さらさら……。
細やかな砂が、上から静かに優しく落ちてきている。
「……クウちゃん、これは」
セラが呆然とたずねる。
忘れていた。
「そう言えばここ、砂の滝の裏側にあるんだった。大丈夫、滝を抜けて歩けば狩場の広場に行けるよー」
「……最初から波乱万丈ですのね」
砂の滝を抜けると、そこには狭めの空間があった。
落ちてきた砂が溜まっている。
片側が崖になっていて、溜まった砂はさらにそこから落ちていた。
「崖から落ちますよー」
「落ちるのですか!? 歩くのではないのですかっ!?」
「歩くのは落ちた先ですよー」
崖の高さは3メートルほど。
見下ろすと、高い。
でも、下にも砂は溜まっていて、クッションがわりになっている。
怪我をすることはないだろう。
「やー!」
「セラフィーヌっ!?」
怖気づくお姉さまの前で、セラが勢いよく跳んだ。
どさり。
「お姉さまー! 平気ですよー!」
砂まみれになりながらも、セラが元気に下から手を振った。
「うう……。クウちゃん、わたくしには魔法で……」
「駄目です。さあ、どうぞ」
行かなければ押しちゃうつもりでいたけど、下からセラに呼ばれて、おそるおそるお姉さまも落ちた。
最後に私も落ちる。
落ちた先は、さらに広い空間になっていた。
「あーもう。髪まで砂まみれですわ」
「そうですね。これは帰ってから綺麗にするのが大変そうです」
「気にしない気にしない。さ、行きますよー」
髪を気にする2人の背中を押して、私は空間の奥に向かった。
「あ、砂が窪んでいるところは気をつけてくださいねー。かなり深い穴になってて落ちると大変なので」
「ひぃぃっ!」
「大丈夫ですよー。ほら、わかりやすいですよね」
穴はアリジゴクの巣のようになっているので、見ればわかる。
まず落ちることはないだろう。
お姉さまは私にひっついて、ほとんど目を閉じてしまっているので、油断すると危なそうだけど。
「……でも、ここがダンジョンなんですね。洞窟の中なのに明るさがあって、砂が流れていて不思議です」
セラは大丈夫そうだ。
興味津々で周囲の様子に目を向けている。
「だよねー。まさに、魔法の空間だよねー」
「魔物も倒せば消えるんですよね?」
「うん。だから、けっこう戦うのも平気だよー」
「……楽しみです。わたくしの力がどこまで通じるのか、ついに確かめる時が来たのですね」
剣の柄に手を当てて、セラは言う。
セラにとっては初の魔物戦だ。
急に実感が湧いてきたのか、顔つきが真剣なものに変わる。
しばらく歩くと、足元が砂から岩になった。
進む先にリザードの群れが現れた。
身の丈2メートルほど。
茶色の鱗に覆われた凶悪そうなトカゲが4体だ。
「――クウちゃん、いました」
「うん。いるね」
「あの敵の強さは、どれくらいなんでしょうか?」
「んー。そうだねー。ここは中層だし、雑魚ってことはないけど、新人でも頑張れば倒せる程度かなー」
たぶん。
「クウちゃん、クウちゃんの防御魔法を解いてもらってもいいですか?」
「いいけど。自力でやるの?」
「はい――。自分自身の力で挑みたいと思います。フェアリーズリングの力は借りてしまいますけど」
「わかった。でも突撃しちゃ駄目だからね。光魔法で遠隔攻撃して一匹だけ引き寄せて戦うんだよ」
「はい。やってみます」
私はセラの防御魔法を解いた。
それは危険ではとお姉さまが悲鳴を上げるけど、大丈夫。
即死しなければ、即座に助けることはできる。
即死しても、蘇生魔法がある。
セラは強くなった。
もう昔みたいに、魔法一発でへたりこんでしまうことはない。
剣の修行も頑張っている。
私が教えた基本形は完全に身についている。
強化魔法も、淀みなく綺麗にかけることができた。
私には確信があった。
セラは勝てる。
怖気づくことなく、平常心さえ保てれば。
セラがリザードの単調な攻撃に不覚を取ることはないだろう。
そう。
怖気づいたりしなければ――。
「先鋒、セラフィーヌ、行きますっ!」
セラが駆ける。




