431 クウちゃんさま、立ち上がる
聖国から帰った翌日の午前。
「――と、いうわけなんですよ。よろしくお願いします」
早速、私はいつもの執務室におじゃました。
ユイと決めたことを陛下とバルターさんに報告して、ぺこりと頭を下げる。
「ちょって待て。順を追って確認していくが、まず、11月のお茶会に薔薇姫だけでなく聖女も来るというのだな?」
「はい。楽しみにしてるそうです」
「それで、なんだ。平和の――」
「平和の英雄決定戦、で、ございます。陛下」
名称の出てこなかった陛下に、バルターさんが言葉をつないだ。
「そう。それだ。それをおまえが主催するというのだな? 大陸東部の権力者が一堂に会する大祭の前日に」
「はい。私が仕切ります」
このクウちゃんさま、お笑いには自信があります。
任せてもらいましょう!
広報については、ユイとエリカに任せるけど。
「……おまえ、思いっきり目立つぞ?」
「ふふー。大丈夫です。リトの手を借りて、私の姿は光でぼやかしますので。なんかこう、いかにも精霊っぽい感じにする予定です」
「そもそもおまえは精霊だったな?」
「はい。精霊ですけど」
それがなにか?
「私が送迎するので、陛下たちもよかったらぜひ。ユイも来てほしいって言っていましたよ。あ、そうだ。せっかくなので、陛下も特別審査員しますか? ユイと一緒になっちゃいますけど」
「おまえはこの俺に、お笑いの祭りに参加しろというのか?」
「きっと楽しいですよー」
「――陛下、一考されてはいかがかと。あるいは良い話かも知れません」
「ふむ……。そうだな……。返事は少し待ってくれ」
「はーい」
そんなこんなで報告はおわった。
平和の英雄決定戦のお知らせもお願いしておいた。
帝国からもたくさん参加者が来てくれると嬉しい。
もっとも、聖国は遠い。
気楽に参加できるものではないのが残念だけど。
さすがに、参加者は全員送迎します! というわけにはいかない。
それはいくらなんでも無理がある。
報告の後は、セラと遊んでもいいということだったので私は奥庭園に出た。
セラは勉強がおわったら来るとのことだ。
今日は闇の日。
いわゆる休日。
なのに勉強があるとは、セラはすごいね。
まあ、陛下もバルターさんも普通に仕事をしていたけど。
ちなみに勉強の見学には絶対に行かない私です。
奥庭園に出て、私は願いの泉に向かった。
いつもの集合場所だ。
途中、アリーシャお姉さまを見つけた。
なにをしているんだろう。
しゃがみこんでいた。
「お姉さま?」
声をかけると、お姉さまが振り向いた。
お姉さまはクッキーをかじっていた。
お姉さまは、かじっていたクッキーを食べ終えると、何事もなかったかのように身を起こした。
「こんにちは、クウちゃん」
「こんにちはー」
「……ところでクウちゃん、先日の姫様ロールはあるかしら?」
「はい、ありますけど……」
私がうなずくと、お姉さまに手を引っ張られた。
花壇の影に隠れる。
「さあ、お願いします」
お姉さまが手を差し出してくる。
「あの、まさかとは思いますけど、ここで食べる気ですか?」
「ひとつだけ。ひとつだけでいいから下さいな」
「……お姉さま、今、ダイエット中ですよね」
「ええ。なので息抜きが必要なのです」
「あの、お姉さま、来月にはお茶会がありますよね? ディレーナさんやエリカも来るんですよ?」
「大丈夫です。その時までには元に戻っていますわ」
これはアカン。
アカンですよ、これは。
しょうがないこととはいえ、メイドさんたちでは、お姉さまから完全にお菓子を取り上げることはできていないようだ。
このままでは元に戻るどころか、完全にプヨってしまう。
ふむ。
ここはひとつ、このクウちゃんさまが心を鬼にするしかあるまい。
「お姉さま」
私はにっこりと笑って、お姉さまの手を取った。
「さあ、行きましょう」
「え。クウちゃん? まずは姫様ロールを……」
「いいからいいから。ささ」
強引に立たせて歩かせる。
願いの泉に到着。
ベンチに座って、しばし待つ。
もちろん姫様ロールはあげません。
やがてセラが来た。
「やっほー! セラー!」
私は手を振ってお出迎えする。
セラが駆け寄ってきた。
「クウちゃん! 今日もお会いできて嬉しいですっ!」
「うん。私もー」
2人で笑い合う。
「今日は、お姉さまとご一緒なんですね」
「うん。さっき会ってね。それで今日なんだけどさ、唐突だけど、ダンジョンで少し修行しようか」
ブレンダさんやメイヴィスさんたちは、また今度だ。
何故なら今日、やらねばならないのだ。
「ええ!? いいんですかっ!? ぜひともやりたいです!」
「お姉さまも一緒だけどいいよね」
「はい。それは構いませんが……」
セラが心配そうな顔で、お姉さまを見た。
「クウちゃん、わたくしもですか?」
ベンチに座ったままのお姉さまがキョトンとした顔をする。
「当然です。死ぬまで剣を振るってもらいますからね? あ、死んでも復活させるので安心してくれていいですよ」
「安心と言って良いのですか、それは!?」
「クウちゃんズ、ブートキャンプです。今日一日、お姉さまにはしっかりと汗をかいてもらいますからね」
「わたくし、やるとは言っておりませんが……」
「やらなきゃ魔物に襲われて、死ぬほど怖い思いをするだけですね」
私は肩をすくめた。
ちゃんと防御魔法はかけるので、死ぬことはない。
ダメージを受けることもないだろう。
でも、ぼーっと立ってるだけなら、魔物には襲われ続ける。
それはなかなかの恐怖に違いない。
ちなみに妖精のミルは、花の上で寝ていた。
気づかれる前に飛んでしまおう。
「はい。行きますよー」
「え!? ク、クウちゃんっ!?」
銀魔法の遠隔操作でお姉さまを引き寄せて、肩に担いだ。
「セラもはい」
「わたくしもがんばりますねっ!」
セラとは手を握った。
「あ、シルエラさんも来ますか?」
「いいえ。私まで消えては行方不明になってしまいますので、私はこの件を報告させていただきます」
「はーい。お願いしまーす」
ダンジョンに行くこと自体は、以前に許可をもらっている。
なので問題なしだ。
「お姉さま、今日は他国のダンジョンに行きますからね。逃げても絶対に帰れませんから覚悟してください」
「クウちゃん! わたくし、心と体の準備が!」
「転移、リザードの巣:隠し部屋」




