423 閑話・皇帝ハイセルは報告を受ける
「――結局、スオナ・エイキスはあるべき道に戻ったわけか」
報告書を読み終え、俺は書類を机に戻した。
俺、皇帝ハイセルの元には、今日も多くの書類が届いている。
その中でこの報告書に最初に目を通したのは、クウが関わっているとの前置きを受けたからだ。
今度は何をやらかしたのか。
最近では俺も、楽しみになってきた。
「はい。アロド公爵が陛下に願われた通り、学院生として心身を整え、その上で問題なければエイキス子爵家を継がせたいと。ただ、同時に進められていた婚約の話は白紙となるようです」
「それは構わん。しかし、スオナ・エイキスは、アロドが再び俺に頭を下げるほどに優秀なのだな」
「門閥派の若手貴族には、他に優秀な魔術師がおりません。アロド公爵としては手放すわけにはいかない駒なのでしょう」
「クウのヤツも肩入れしているようだしな」
偶然なのか運命なのかはわからないが、クウとスオナは本当にたまたま散歩の途中で出会ったようだ。
セラフィーヌも一緒だったのだからそれは間違いない。
影に潜んでいた護衛からの証言もある。
「現状、スオナ・エイキスには心に闇もあるようですが、クウちゃんの祝福を受けたのです。それは癒やされることでしょう」
「セラフィーヌにとっては、良い競争相手が生まれたものだな」
スオナの件の後――。
セラフィーヌは以前にも増して勉強に力を入れるようになった。
魔術の腕も加速度的に上がっている。
クウから、セラフィーヌとスオナ、どちらが主席になるのか楽しみだねと笑顔で挑発されたようだ。
スオナの件は、本当に良い刺激になったようだ。
「……ふむ。これはアレだな。あえてアリーシャのヤツを、舞踏会でディレーナにぶつけるのも手かも知れんな」
「それはまた――。陛下も過激なことを考えますな」
バルターが苦笑いする。
アリーシャは、ずっと帝室に恥じない令嬢として生きてきたが――。
甘い物の誘惑に負け続けた末……。
現在は節制生活の真っ只中だ。
ディレーナとの争いに勝利し、気が緩んだのだろう。
節制生活の結果は、あまり出ていない。
本人にもやる気が感じられない。
影でこっそりと、甘い物に手を出している可能性は、ある。
ここであえてディレーナとの社交の機会を設ければ、間違いなく危機感を覚えて必死になるだろう。
「そういえばクウが、太らないケーキを開発したと言っていたな」
「妖精郷で、砂糖よりも300倍は甘い素材を見つけたのだとか。それを使用しているようですな」
「……アリーシャに与えるべきだと思うか?」
「少なくとも、殿下がやる気になってからの方が良いかと」
「そうだな。俺もそう思う。クウには、それの提供は、しばらく待っていてくれと伝えておいてくれ」
「畏まりました。――そういえば陛下、舞踏会と言えば、薔薇姫との件はいかがいたしましょうか?」
「ああ、それもあったか」
これもクウ絡みの案件だ。
クウから、ジルドリア王国のエリカ王女を招いた、再びのお茶会を提案されていたのだった。
返事は保留してある。
クウも今回については、どうしてもというわけではなく、エリカ王女に頼まれたからとりあえず提案してみたという態度だった。
何故なら、アリーシャの件がある。
また今度の方がいいですよね……、と、クウにも言われた。
どうしたものか。
今は9月の下旬――。
「よし。決めた。11月の1日だ」
「とすると、主催されるのですな」
「ああ。もっとも、エリカ王女が来るかは疑問だがな」
今年12月、大陸東部では大きな出来事がある。
ジルドリア王国とトリスティン王国の国王が揃ってリゼス聖国を訪れ、聖女ユイリアからの祝福を受けるのだ。
それは聖大祭として、昨日、正式に三国で告知されたようだ。
昨日、俺のところにも聖女からの書簡が届いた。
書簡には聖大祭の告知と、帝国皇帝たる俺の参加を求める旨が記されていた。
ともかく、エリカ王女は聖女ユイリアとの親交が深い。
調整役として、11月は確実に多忙だろう。
もっとも――。
クウの手を借りれば、王都から帝都への移動も小一時間で済む。
俺の参加もクウの同行が前提となっているようだ。
「俺を聖大祭に誘うために、参加してくる可能性はあるか」
「左様でございますな」
「しかしクウは、聖大祭のことは、まだ知らないようだな」
「最近は薔薇姫や聖女ユイリアとは会っていないようです。舞踏会の話も以前のお茶会の時に頼まれていたとの事でした」
「なるほどな」
さすがのクウにも、そこまでの余裕はなかったか。
最近のクウには、闇属性の有魔力者アリス・ウェーバーや先のスオナ・エイキスの件があった。
更に、商人オダンの娘エミリーやフォーン神官の孫娘アンジェリカといった友人が帝都を訪れていた。
カイストたちの指導も行っていた。
それらに一段落がついても、オダウェル商会と妖精郷の繋ぎ役やふわふわ工房の経営といった仕事がある。
「では当然ながら、トリスティンとジルドリアで発生した暴動の件も、まだ耳には入っていないのだな?」
「はい。その様子でした。おそらく近日中には帝都にも噂が届いて、知ることにはなると思いますが。あらかじめ知らせておきますか?」
「いや、それには及ばぬ。あいつがどうするにせよ――。帝国が精霊をヒト同士の争いに関わらせた、などと思われる事実は残すべきではないからな。その部分では聖女に同意しておこう」




