422 スオナの明日
「ようやく、まともに話ができるようになったようだな」
アロド公爵が言う。
相変わらずの冷徹な声と態度だけど……。
「残念なことに、僕は基本、頭がおかしくてね。それで、この頭のおかしな僕の運命をお伺いしたいのだけど」
常軌を取り戻したのはいいけど……。
スオナ、ちょっと達観しちゃったのかな。
そんな態度だね……。
「それが君の言葉かね?」
「他に何を言えと。どうせ僕なんて、ただの政治の駒だろう?」
ああ、そうか。
スオナは、何を言っても聞いてもらえるわけがないと、そう自分で結論を出しているのだったね。
「スオナ、相手が話を聞くって言ってるんだから、言ってみたら?」
「クウ?」
「やっほー」
結局、私は出て行った。
こっそり見ているだけ作戦は終了なのであります。
「アロド公爵ってさ、実は、けっこう話のわかる人だと思うよ」
そう。
実際、私はそう思っている。
イメージ的には、敵側というか、怖い印象もあったけど……。
ずっと門閥派として皇帝派と仲が悪かったのに、精霊の祝福で時流が変わったのをきちんと見極めて、拳を置いた。
邪悪な力に取り込まれたディレーナさんにも、皇妃様からの取りなしがあったとはいえ、寛容な態度を示した。
公衆の面前で醜態を晒したガイドルにも、スオナとの婚約によって将来の道を与えようとしている。
まあ、もっとも、すべて自分の権勢を守るためなんだろうけど――。
いずれにせよ――。
ただ尊大なだけの人には、できないことだ。
「スオナも売り込んでみれば?」
私は笑った。
かしこいスオナのことだ。
きっとそれで、ピンと来ることだろう。
「ああ、そうかも知れないね」
よかった。
わかってくれたようだ。
「公爵、では、僕から少しだけ提案をさせていただきたい」
「何かね?」
「僕は心が弱い。ほんの少しの圧迫だけでも頭の中に過去が溢れ返って震えることしかできなくなる。これではどうしようもない。祖父の跡を継いだところで醜態を晒すだけのことだ」
ここで言葉を切って、スオナが私を見た。
「これはクウの仕業なんだよね?」
「うん。そだよー」
「君の魔力は、とても暖かいね。この暖かさは、きっと忘れないと思う。胸の奥にまでまるで光のように届いたよ」
「あはは」
なんか照れるね。
スオナがアロド公爵に向き直る。
「僕は今、こんな自分を克服したいと思う。だから公爵、僕に猶予期間をくれないだろうか。それで僕が変われないなら、その後は、政治の駒として自由に使ってくれて構わない。すべて受け入れるよ。でも、もしも僕が変われたなら、その時には僕の寄り親になっていただきたい」
「良かろう」
アロド公爵が即答した。
「……いいのかい?」
これには私も驚いたけど、スオナも驚いたようだ。
「それでは私が証人となりましょう。期間は、そうですな――。学院を卒業するまでというのは、いかがでしょう」
バルターさんが提案してくる。
「僕は構わないが……。そんなに長い期間をもらってもいいのかい? というか僕が学院に入る予定は――。いや、そうだね。では僕は学院で主席を取り、伝統ある門閥派が、決して皇帝派には劣らないことを証明してみせよう。第二皇女という最良の競争相手が同学年にはいるだろうしね」
「良かろう。示したまえ」
それがスオナの本心かはわからないけど。
少なくとも、アロド公爵が満足できる言葉ではあるよね。
明確に門閥派への所属を示し、その上で、皇帝派への勝利を宣言する。
しかも学院生になれば、それなりに自由を謳歌できる。
ボンバーやタタくんみたいに、在学中に冒険者にだってなれるのだ。
神秘の探求だって出来るはずだ。
しかし……。
スオナとセラの。
主席対決か。
間違いなくアンジェも絡んでくるだろうし。
うん。
はい。
セラもアンジェも間違いなく優秀だけど、スオナは確実に、まったく劣ることのない力の持ち主だ。
学院に入ったら大変なことになりそうだ。
私に入り込む余地はないね!
巻き込まれないように、遠くから応援していこう!
私は最強のクウちゃんさまだけど、最強だけど無敵ではないので、絶対に勝てない戦いもあるのだ!
いや、うん。
落第との戦いが、私には待っている気もするけど……。
いや、なにを言っているんだ私は!
なぜに前世で大学生だった私が、こんなにも弱気にやっているのか!
余裕に決まっている!
うん。
さすがに主席が無理なのは当たり前だけど。
いくらなんでも、落第とか赤点とか、そんなことは有り得ない。
だよねー!
ですよねー!
わっはっはー!
と、1人であれこれ考えている内に――。
話がおわって、アロド公爵とバルターさんは馬車に乗った。
スオナも同行することになったようだ。
「クウ、世話になったね」
「なに言ってるの、友達でしょ」
そういうのは、水くさいっていうんだよ。
「そうだっけ?」
「えー」
「はははっ! ああ。また会おう、友よ」
「うん。また。君に精霊の祝福を」
「ありがとう。君に幸を」
最後に私と握手して、スオナも馬車に乗った。
アクアも一緒だ。
馬車が動き出すと――。
孤児院の子供たちが、わっと外に出てきた。
話の成り行きはわかっているようだ。
アニーが大きな声を出す。
「スオナー! アタシ、ぜってーに強くなるから! 強くなったら、一緒に冒険しようなー! 約束したんだからなー! 忘れるんじゃねーぞー! おまえも負けるんじゃねーぞー!」
スオナは孤児院で、みんなと仲良くできていたようだ。
みんなが別れを惜しんでいた。
そこに町の子供たちが走って来た。
「おい! なにがあったんだよ! 大丈夫か、アニー!」
「なんだ、ダイルか」
「なんだ、じゃねーよ! 大丈夫か!?」
「はぁ?」
町の子供たちは、アニーたちのことを心配して様子を見ていたようだ。
特にダイルが。
「もしかしておまえ、心配でもしてくれたのか?」
「はぁ!? ちげーし! なに言ってんのおまえ! 誰がおまえみたいなオーク女の心配なんてするかよ!」
「なんだとぉぉ! このゴブリン野郎がぁぁ!」
また喧嘩を始めた。
困ったもんだ。
でも、まあ、とりあえずは。
これで一件落着だね。
雨の止んだ空を見上げて、私は背伸びをした。




