412 黒髪の少女
「じゃあ、俺らはこれで。みんな帰るぞ。クウ、またな。……セラ様も」
「兄キって、そっちの金髪のお嬢さまとも知り合いなんだな! もしかして99人目のカノジョか!」
「ちげーよ! 断じて違うからな!?」
「ロック・バロットさん」
ロックさんの名を呼ぶセラは優雅な微笑のままだ。
「は、はい。セラ様……」
「その子たちには、自分から喧嘩など売ることがないように、しっかりと指導しておいて下さいね」
「はい! わかりました! 行くぞおまえら! 急げ!」
孤児院の子たちを引き連れ、ロックさんは空き地から出て行った。
まるで逃げるみたいにそそくさと。
いや、ちがうか。
皇女様モードのセラから明らかに逃げ出したね。
かくして。
決闘騒ぎはグダグダの内に終わった。
麻痺の解けた町の子供たちが身を起こす。
ダイルがぼやく。
「なんだったんだよお。せっかくロックさんが来てたのによお。急に体が痺れて挨拶もできなかったよ」
「ロックさんにも用があったんだ?」
私はたずねて、思い出した。
「あ、そうか。アニーを俺に下さい的な?」
てことなのかな。
「はぁ!? だーかーらー、誰があんなヤツに惚れるかよ! あんなヤツ完全なトラブルメーカーだろ! 俺らはアイツらに勝ったら、ロックさんに剣を教えてもらう約束だったんだよ」
「ん? そんな話、まったくなかったよね?」
奴隷話はあったけど。
どうやらお互いに、かなりの誤解が発生していたようだ。
まあ、いいや。
「なんにしても、無駄に怪我しなくてよかったね」
「はんっ! 怪我なんて怖くねーよ。俺らは将来、ロックさんみたいな一流の冒険者になるんだからよ!」
「ねーねー、話はおわったの? おわったなら、みんなであそぼーよー!」
ミルが私たちのまわりをくるくる飛ぶ。
「皆さん」
セラが皇女様スマイルをダイルたちに向ける。
「え? おまえっ! ……なあ、こいつってまさか」
あらためてセラと向かい合って、まだセラのことに気づいていなかったらしき1人が激しく動揺する。
「バカ野郎、こいつとか言うな消されるぞ……」
「お姫様だよな……」
「黒頭巾のボスだぞ……」
「やばいよやばいよ……」
「ええ。お久しぶりですね」
セラがとっても優雅な感じでうなずく。
うわぁ。
みんな、完全に固まった。
「喧嘩をしなかったのは良い判断でした。褒めて差し上げます。これからも良い判断をお願いしますね」
完全なる上から目線だけど、セラの態度は堂に入っている。
さすがは本物のお姫様だけはある。
私のようなナンチャッテとは、空気感が違うね。
しばらく硬直した後、ハッと我に返ってダイルたちは返事をした。
「はいっ! ありがとうございますっ!」
この後、即座にダイルたちは急用を思い出した。
我先にと空き地から逃げ去った。
まあ、うん。
彼らは以前、ミルの拉致事件で、サギリさんたちを引き連れたセラにキツイお灸を据えられたようだしね。
やむなし。
というわけで。
残るのは、私たちだけになった。
「なーんだ。みんな忙しいのかー。つまんないのー。ねー、クウ様。それならどこか別の場所に行こうよー」
「そだねー。もう少しぶらぶらしてみようかー」
「いいですねー。いきましょうっ♪」
あ、セラが元に戻った。
同じ笑顔なのに、皇女様モードの時とは、まったく雰囲気がちがう。
さすがだ。
殺風景な裏通りを歩きながらセラが言う。
「冒険者って人気なんですね。あの子たちも目指しているなんて」
「一攫千金が狙えるしね。この間の禁区調査でも、新人でも大儲けできてみんなウハウハだったよ」
「……命懸けなんですよね?」
「まあ、それはねえ」
なんだかんだ、私のまわりの冒険者は環境が整っている。
ロックさんには、ブリジットさんという天才水魔術師がパーティーメンバーとして常に共にいた。
タタくんとボンバーは、帝都中央学院という最高の環境で心身を鍛え上げてから冒険者になった。
ダイルたちもそうであればいいけど、現実的には難しいだろう。
彼らの中に魔力持ちはいなかった。
潜在的な魔力もなかった。
学院に入るには、学力やお金が必要だ。
というか、タタくんやボンバーって、学院に通っている時点でそれなりに良家の子なんだね、つまり。
特待生として無料で通っているのかも知れないけど。
いや、それはないか。
タタくんはともかく、ボンバーが特待生というのは有り得ない。
ボンバーは普通にタキシードを着ていることもあるし、実はお金持ちの息子なのかも知れないね。
ていうか、ボンバーって本名なんだろうか。
考えてみれば謎だ。
まあ、ボンバーのことはどうでもいい。
ゴミ箱にでも捨てておこう。
「せめて水魔術師の仲間がいればねえ……」
私はつぶやいた。
誰かいないかなーと思って、魔力感知はつけたままにしておく。
そして、驚いた。
いた……。
そう。
つぶやいて角を曲がったところで、目の前に魔力反応が現れた。
ライトブルー。
覚醒した水の魔力の色だ。
それは、ぼさぼさの黒い髪を腰にまで伸ばして、古ぼけた黒い衣服を身に着けた華奢な体躯の女の子だった。
年齢は、たぶん、私たちと同年代だ。
周囲に他の人影はない。
いるのは女の子だけだ。
女の子は柵ごしに、目の前にある2階建ての家をじっと見ていた。
小さいながらも庭のある家だ。
ただ、人はすでに住んでいないのだろう。
庭には雑草が茂っていた。
家も明らかに手入れがされていない。
廃屋だ。
と――。
女の子が柵を乗り越えて家の敷地に入った。
「クウちゃん、今の子……」
「うん。入って行っちゃったね……。見てみようか……」
私たちは近づく。
女の子は雑草まみれの庭を越えて、玄関の前で足を止めた。
玄関にはドアが付いている。
ドアは閉まっている。
女の子が、ドアのノブに手のひらを向けた。
小声で呪文を唱える。
魔力感知の発動中なので、女の子の魔力の動きは手に取るようにわかる。
女の子の手のひらから、まるで蛇のように水が伸びる。
水の蛇は、そのままノブの鍵穴に吸い込まれるように入っていった。
水の力で解錠しているのだろうか……。
たぶん、そうなのだろう……。
やがて女の子は水を収め、ノブに手をかけて回した。
家の中に入っていく。
思わず私は感心した。
器用で独創的な水の魔術の使い方だ。
「クウちゃん――。今のって、もしかして、泥棒なんでしょうか――」
セラがおそるおそるの様子でつぶやく。
「うーん。この家の持ち主ってわけではなさそうだねえ……」
どうしたものか。
さらに家を見て、私は気づいた。
家の二階には、かなり弱いながらも死霊の反応がひとつあった。
「……クウ様。この家、なにかいるね」
ミルも感じたようだ。




