41 皇妃様と一緒
  
夕食の時間になる。
私とセラはメイドさんに案内されて食堂に向かった。
今夜は再び、皇帝一家とのお食事なのだ。
「何が出るんだろうね、楽しみー」
「ふふ。そうですね」
竜の里での宴会もよかったけど、食事はシンプルなものが多かった。
今夜は間違いなく手の込んだ豪華絢爛なメニュー。
期待も膨らむというものだ。
「セラのお父さまっていい人だよね」
「そうですか?」
「うん。だって、私にこんなによくしてくれるし」
ぽっと出の謎の子なのに。
「クウちゃんの出生を考えれば、そんなことはないと思いますけど?」
「そうかなぁ?」
「はい。むしろ信じ過ぎちゃダメですよ。お父さまは、あれで怖い人ですから。クウちゃんを取り込もうとしているだけです」
「あはは。おかげで助かってるよー」
「……クウちゃんがお店をやっていけるのか、少しだけ心配です」
「安心してください。私もそう思います。あっはっはー」
自分のことながら笑ってしまう。
食堂に入る。
まだ誰も来ていなかったので、セラと着席して待つ。
「本当ならわたくしがお手伝いしたかったんですけど、公務や社交や来年からの学校に向けた勉強があって、あまり自由に動けなくなるみたいで」
「セラは皇女様だしねえ」
やむなしだろう。
特にセラは、今まで呪いのせいで隔離のような生活を送ってきたわけだし。
「あ、でも、学校って、帝国中央学院ってとこ?」
「はい。そうですよ」
「おお。旅の途中で知り合った子がね、来年からそこに行くって言ってたんだ。努力家のいい子だし、魔術の才能もすごいから、セラとは気が合うかも。て、あ。その子は平民だから一緒にはならないのかな?」
「どうなんでしょうか。そのあたりのことはよく知らなくて。でも、クウちゃんのお友だちなら、ぜひ紹介してほしいです」
「アンジェリカ・フォーンって言ってね、同い年の、城郭都市アーレの偉い神官のお孫さんなんだー」
「もしかして、ラルス・フォーン神官でしょうか?」
「そうそう! その人!」
「フォーン神官とは面識があります。わたくしの呪いを診てもらったことがあって」
「そうなんだー」
「――クウちゃん様、セラフィーヌ様、皇妃様が参られます」
シルエラさんに告げられて、私たちは会話をやめて身を正した。
ドアが開く。
現れたのは皇妃様と弟くんの2人だった。
今夜、兄と姉はそれぞれ宮殿の外で食事会らしい。
陛下は会合とのことだった。
「また会えて嬉しいわ、クウちゃん」
皇妃様が友好的な笑みを私に向けてくれる。
「ありがとうございます」
「また少しだけ髪に触ってもいいかしら?」
「えと。はい。いいですけど……」
ダメとは言えない。
「お母さまはそんな失礼な人じゃなかったはずですけれど」
セラが不満げに唇を尖らせる。
「あら、いいじゃない。精霊さんに触れる機会なんて、他にないですもの。セラばかりズルいと思いませんか?」
「ズルくありませんっ! お友だちなんですからっ!」
「今夜はハイセルもカイストもいないし、無礼講といたしましょう」
ハイセルが皇帝陛下で、カイストが兄の名前だったかな。
皇妃様の名前がアイネーシア。
すでに着席している弟くんの名前がナルタス。
私、けっこう覚えてる。
えらい。
「クウちゃん、ちょっと立ってもらえるかしら」
「はい?」
言われるまま立つと、ぎゅーっと皇妃様に抱きしめられた。
「お母さま!?」
「本当はこうしたかったの。ああ、精霊さんを抱きしめちゃった。気持ちいい」
「むぐっ……」
まさに、胸に顔を埋める。
それが私です。
「お母さま、何をやっているんですかっ!」
「あらいいじゃない。女同士なんだし」
「そういう問題ではありませんっ! お父さまにも言われたじゃありませんかっ! 今はお食事の前ですっ!」
セラに引き剥がされて、私は一息をついた。
「そうですね、では食事としましょう。クウちゃん、食事がおわったら一緒にお風呂に入りましょうね」
「お母さまっ!」
「あら、もちろんセラも一緒よ?」
「……もう」
私に選択権はないよね、うん。
大人しく席に着こう。
すると弟くん――ナルタスくんと目が合った。
微笑むと、ナルタスくんも無邪気に笑顔を見せてくれる。
いい子だ。
「そうだ。ナルタスとクウちゃんが婚約するというのはどうかしら」
「お母さまっ! お父さまに怒られますよっ!」
「ふふっ。冗談よ」
皇妃様、実はお茶目な人なんだね。
なんにしても、私はけっこう気に入られているようだ。
ありがたく思っておこう。
さあ、豪華なお食事だ。
まずは一口サイズのお洒落な小物がいくつか並んだ。
皇妃様が最初に食べたのを見てから、お上品にパク。
「クウちゃんは、以前にも思ったのだけれど、こちらの世界に来たばかりなのにマナーがしっかりしているのね」
「むこうと似ていたので助かっています」
前世でエリカと食事マナーの練習をした甲斐があるというものだ。
「精霊の世界でも、精霊さんはお食事をするものなのね」
「個体にもよりますが、私はしていました」
精霊界で出会った光の玉みたいな子たちは、こういう食事はしないだろう。
「そういえばお母さま、クウちゃん、遠い国のご令嬢になる予定なんですけれど、お父さまから話は聞いていますか?」
「ええ。セラフィーヌの発案だそうですね」
「はい。どうでしょうか? お父さまは何か言っていましたか?」
「問題はないと思いますよ。わたくしも、その方がクウちゃんを抱きしめる機会が増えるので賛成ですし」
「またもうっ」
「というのは冗談ですが、平民待遇では困ることも多いでしょう。クウちゃんがあまりに特別な存在であればこそ」
「いやー、そんなに特別でもないですけどねー」
私、ふわふわしているだけの子なので。
む。
そういえば最近は働いてばかりだった。
ふわふわしていないな。
ふわふわせねば。
うーむ。
これから工房を開きつつ、いかにふわふわするか。
これは難題だ。
「わたくしのデビュタントで紹介することは可能でしょうか?」
「目立ちすぎることは避けるべきでしょうが、帝室の客として正式に紹介しておくのも手ではありますね」
「はい。立ち位置を明確にしたほうが逆に安全ではないかと思いまして」
「社交の場に出るなら礼儀作法の練習が必要になりますね。ドレスの準備と含めてわたくしが手配を進めましょう」
「あの、お母さま」
「ああ、セラフィーヌと一緒にやればよいことでしたね」
「はい。クウちゃん、一緒に頑張りましょう」
「ん?」
小物を食べつつどうふわふわするかについて考えていたら、何やら期待を込めた目でセラに見つめられていた。
「嬉しいです。クウちゃんと一緒なのはっ!」
「うん、そうだね」
まあ、何でもいいか。
何にしても一緒いるしね、うん。
事実だね。
ついでにサラダが来たし。
色とりどりの野菜が盛られていて、芸術品みたいだ。




